大谷翔平がドジャースと10年7億ドル(約1015億円)という破格の契約を結び全米を震撼させたが、それからわずかな期間で今度はポスティングによるメジャー挑戦を表明していた山本由伸までもが12年総額3億2500万ドル(約471億円)という大型契約を交わした。さらに、DeNAからカブスに移籍した今永昇太、楽天からパドレスに移籍した松井裕樹も日本でプレーしていた時よりも破格の金額で契約した。それにしてもなぜメジャーはこれほどの巨額の契約を結べるのか。『野球の経済学』(新星出版社)の著者であり、スポーツマーケティングに詳しい桜美林大学教授・小林至氏に聞いた。


ドジャースと10年7億ドル(約1015億円)の大型契約を結んだ大谷翔平 photo by AP/AFLO

【ドジャースの莫大な放映権】

── まず今回の大谷選手の契約は、2023年のNPB年俸ランキング1位の山本由伸投手(オリックス)の6億5000万円、2位の柳田悠岐選手(ソフトバンク)の6億2000万円(いずれも推定)と比べると、想像できないほどの金額でした。

小林 それだけMLBにお金があるということです。おもな収入源は、放映権、チケット(球場内の物販を含む)、スポンサー、マーチャンダイジング(ライセンス)の4つで、いずれも日米で大きな差があります。たとえばメジャーでは、グッズなどのライセンス収入に関しては、MLB機構がすべてコントロールしています。グッズで言えば、多くの商品について"卸値の12%"がMLB機構に入ります。たとえば、大谷選手の背番号入りTシャツの卸値が1万円だとします。すると、卸値のライセンスフィーは12%ですので、1枚につき1200円がMLB機構に入り、それらの総額を30球団に均等に分配します。

── 放映権収入も大きいと聞いたことがあります。

小林 MLB機構が各大手テレビ局と結んでいる全体契約と、各チームが地方テレビ局と結んでいるチーム限定契約の2つの放映権契約があります。前者はMLB機構から全30球団にほぼ均等に分配しています。その放映権収入の金額ですが、MLB全体で約6000億円、NPBは多く見積もったとしても250億円くらいです。

── この差が、すなわち年俸の差になると。

小林 球団の"支払い能力"が全然違ってきます。NPBの一軍選手の平均年俸は1億円前後。それに対してメジャーの選手は平均年俸6億円程度。NPBで1億円を超えている日本人選手は100人程度ですが、メジャー契約している選手の最低年俸は1億円です。単純計算すると、メジャー契約をしている選手は1チーム40人、それが30球団あるので、1200人が年俸1億円を超えていることになります。

── それにしても今回の大谷選手の契約はすごいとしか言いようがありません。

小林  "二刀流"で投打ともに圧倒的なパフォーマンスを見せている大谷選手は、現役ではもちろん、歴史上でも比較対象がいない、まさに"ユニコーン"です。それだけの選手を獲得したければ、前代未聞の金額が必要だったということですが、MLBの年俸制度が実質、青天井の制度になっていることも要因として挙げられるでしょう。

 ほかのアメリカのプロスポーツにはサラリーキャップなど、チームの年俸総額に厳しい規制を設けているのですが、MLBにはそれがない。年俸抑制策として、一定額を超えた場合は罰則金を支払う"贅沢税"という制度はありますが、今回の大谷選手のように後払いなら適用されません。

── そんな多額の年俸を放映権収入、入場料、スポンサー代、グッズ代などで回収できるものなのでしょうか?

小林 そもそもアメリカは、スポーツコンテンツにお金が回る仕組みができているのです。たとえば、アメリカでナンバーワン人気を誇るNFLの公式戦の数は1チーム17試合で、MLBの10分の1程度ですが、年商は倍の3兆円です。

 またドジャースに限って言えば、地元の放送局と放映権料として2038年までの間、毎年3億3400万ドル(約484億円)の契約を結んでいます。長期にわたり安定した収入を得られることが、これだけの大型契約を後押ししているのかもしれないですね。

── MLBの球団は"資産"との考えで、投資家が転売すると聞いたことがあります。

小林 MLBの球団は、基本的に投資資産です。そして、その資産価値は猛烈に上がっています。雑誌『Forbes』によれば、ドジャースの資産価値は約6700億円と試算されています。ドジャースは2012年にオーナーが代わっていますが、その時の買収価格が2800億円でしたので、資産価値は10年で2.8倍にはね上がりました。

 ソフトバンクが2004年にホークスを買収した際に支払った額が200億円でした。またDeNAが2011年にベイスターズを買収しましたが、あの時DeNAは株式の67%を取得するために65億円を支払いました。つまり球団の資産価値は約97億円だったということになります。もし阪神や巨人などの老舗名門球団が売りに出されたら、1000億円くらいの値段はつくと思うのですが、日本のプロ野球には価値を高めて転売するという考えはありませんから、現実には起こらないと考えたほうがいいでしょうね。

【数字的根拠が契約金に影響を及ぼす】

── ドジャースと大型契約を結んだ山本投手ですが、小林さんは活躍すると見ていますか。

小林 野茂英雄をはじめ、黒田博樹、ダルビッシュ有、田中将大、大谷翔平、千賀滉大と、メジャーでも結果を残した投手は落ちるボールを武器としていました。昨年メジャー1年目の千賀も"お化けフォーク"が威力を発揮し、12勝と実績を残しました。山本もスプリットという落ちるボールを得意としています。このボールをうまく使うことができれば、結果は残せると思います。

── 山本投手に関して、メジャーでまだ1球も投げていないのにこれだけの契約になった理由は何だと思いますか。

小林 日本人投手の評価が非常に高まっているということです。MLBのFAは希少価値のある商品を巡ってのオークションの仕組みと同じですから、獲得したければ他球団より高い金額を提示するしかありません。

 もうひとつ、25歳という年齢も価値を高めたと思います。ちなみに、25歳というのはMLBの制度のなかで重要な年齢です。2016年にMLBと選手会が結んだ新労使協定により、海外選手の獲得に伴う契約金制限の適用年齢が、23歳未満から25歳未満に引き上げられました。25歳未満の選手との契約に使える金額は制限され、マイナー契約からスタートします。大谷が23歳でエンゼルスに入団した際はまさにそうで、契約金3億2400万円、年俸7630万円でした。一方、山本はそのルールが適用されなくなる年齢に達しての渡米です。

── ちなみに日本人打者はどうなのでしょうか?

小林 2001年にイチローがメジャーで首位打者、盗塁王に輝き、新人王、MVPも獲得しました。そして2003年には松井秀喜がヤンキースに移籍し、本塁打は減りましたが、勝負強い打者として活躍しました(2009年のワールドシリーズでMVP)。

 このふたりの活躍もあって、2004年に松井稼頭央がメッツ(3年=約23億円)と、2008年には福留孝介(4年=約53億円)がカブスと大型契約を結びました。ただ、結果はそこまで芳しくありませんでした。このあたりから日本人野手の評価が厳しくなってきました。

── 結局、野手で10年以上活躍したのは、イチローさんと松井さんだけです。

小林 投手に比べて、野手で活躍した選手は数えるほどしかいません。ほとんど活躍できずに日本に帰ってきた選手もひとりやふたりではありません。これまで日本人でメジャーに挑戦した投手は40人を超えますが、野手は20人ほどです。MLBスカウトは、日本プロ野球のレベルは3Aより上でもメジャーよりは低い「4A」などという表現をよくするのですが、サンプルが少ない。メジャーは"数字的根拠"を重要視する世界ですので、少ないサンプルをもとに価値は乱高下するのです。

── そう考えると、昨年オリックスからレッドソックスに移籍した吉田正尚選手はすこい契約(5年=約126億円)だということですね。

小林 正直、驚きました。日本人野手に対して、そんなに高評価するとは思っていませんでしたので。そして、それなりの成績を残しました(140試合/155安打/打率.289/15本塁打/72打点)。今後、吉田の活躍度合いが、メジャーを目指す日本人野手の評価にもつながっていくでしょうね。


小林至(こばやし・いたる)/ 1968年生まれ、神奈川県出身。1991年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位指名で入団。94年から7年間米国在住、コロンビア大学でMBA取得。2002〜20年、江戸川大学(助教授/教授)、2005〜14年、福岡ソフトバンクホークス取締役を兼任。パ・リーグの共同事業会社「パシフィックリーグマーケティング」の立ち上げや、球界初「三軍制」の導入等に尽力した。立命館大学、サイバー大学で客員教授。経産省『地域×スポーツクラブ産業研究会』委員、スポーツ庁『スタジアム・アリーナ推進官民連携協議会』幹事、スポーツ庁『スポーツ産業拡大に向けた潜在分野検討会』委員、ジャングルX株式会社顧問。近著『野球の経済学』(新星出版)など著書、論文多数。博士(スポーツ科学)、学校法人桜美林学園常務理事/桜美林大学教授/大学スポーツ協会(UNIVAS)理事