エムバペは「移籍するする詐欺」? レアル移籍騒動の下に隠れている思惑の数々
キリアン・エムバペの周辺がまた騒がしい。
エムバペのパリ・サンジェルマン(PSG)との契約は今年の6月に切れることになっている。そして昨年末からまた、まことしやかにレアル・マドリードへの移籍話が再浮上しているのだ。
「エムバペ、レアルに移籍か」
だがこのニュースは実際に起きていることの氷山の一角にすぎない。その下には多くの人間の思惑が隠れている。
もともとレアル・マドリードは今回、エムバペを積極的に獲りにいく気はなかった。それが変わったのは、カルロ・アンチェロッティが2026年まで監督の契約を更新したからだ。彼はブラジル代表監督の座を蹴って、レアルのベンチに座り続けることに決めた。その時にアンチェロッティはフロレンティーノ・ペレス会長にこう語ったと言われている。
「残るからにはチャンピオンズリーグ(CL)優勝を目指したい。そのためには優秀な選手が必要だ」
そして、獲得してほしい4人の選手の名を挙げたという。その4人が誰かはわからない。だがそのなかにエムバペが入っていたことは容易に想像できる。アンチェロッティは以前から一貫してエムバペを高く評価していた。そこでペレス会長はフランスに人を送り、エムバペの代理人である彼の母ファイザ・ラマリに接触させた。
ちょうどその頃、エムバペはチーム内でちょっとしたいざこざを起こしていた。ことの子細は不明だが、彼は怒ってそのことを母親に報告し、それを聞いて母親もまた腹を立てた。そこにレアルからの使者が来た。ファイザ・ラマリはこれを使わない手はないと思ったのだろう。
去就が注目されるキリアン・エムバペ(パリ・サンジェルマン) photo by Reuters/AFLO
それにしてもこの報道が世に出たのはなぜか。
最初に報じたのはスペインのスポーツ紙『アス』と『マルカ』。どちらもマドリードに本拠地を置くレアル・マドリードの"御用新聞"だ。ネタをもらしたのはほぼレアル側と思っていいだろう。「我々はすでにエムバペと話をしている」という姿勢をいち早く公にし、他のチームを牽制したかったのかもしれない。
【PSGなら好きなことができる】
ただし母親側が、PSGもしくは他のチームが設定するエムバペの値段を吊り上げるためにやった可能性もある。ファイザ・ラマリはエムバペのここ3年間の「移籍するする詐欺」の張本人だ。2022年の6月、エムバペは限りなくレアル・マドリードへの移籍が近いとされていた。しかし、ファイザ・ラマリはフランス大統領エマニュエル・マクロンに「息子はフランスの宝だから、国外のチームにやってはならない」と吹き込み、大統領に「エムバペがフランス以外のクラブでプレーするのは恥だ」と発言させた。
彼女の目的はただひとつ、各チームを競わせて、1ユーロでも多くの金を引き出すことにある。今回もレアルに大金でオファーさせ、PSGもしくは他のチームと天秤にかけるつもりだろう。
ただ、フランスの記者の大多数は、それでもエムバペはパリに残ると見ている。
リオネル・メッシもネイマールも去ったPSGには、今やエムバペしかいない。エムバペがいなければ、PSGはただの普通のチームに戻ってしまうのだ。エムバペ側の希望を飲むしかない。
ルイス・エンリケは優秀な監督だ。そして彼には野望がある。去年の夏はメッシとネイマールの去就に振り回されていい補強ができなかったが、今年の夏は違う。エムバペが望む、エムバペと合う、エムバペが輝くための選手を獲得することができる。とにかく金はあるのだ。ネイマールとメッシは世界最高の選手だが、エムバペが望む選手ではなかった。
一方のエムバペも、PSGでは自分の意見を取り入れたチーム作りがなされ、彼は王様のようにふるまえる。レアル・マドリードではこうはいかない。彼にとって居心地がいいのは紛れもなくPSGだろう。
元フランス代表でPSGの監督も務めたルイス・フェルナンデスはこう言っている。
「現在、キリアンはPSGで好きなことができる。チームは彼のためにプレーする。おまけにルイス・エンリケは世界で最高の監督のひとりだ。これで出て行くならバカだ」
しかし同時に、私は思う。ゴールデンボーイだったエムバペももう25歳。そろそろ大きなタイトルが欲しい頃だろう。CLを制するのに、PSGではあと何年かかるかわからない。昨年夏には「このチームでは難しい」とエムバペ自身も言っている。
【サポーターからは不要論も】
それにしても、エムバペ自身は何を望んでいるのか。母の野望は聞こえてくるのに、彼の心の声は聞こえてこない。この騒動の核心は、エムバペがいつまでも沈黙を守っていることにある。「パリに残りたい」とも「レアル・マドリードに行きたい」とも、はっきり断言しない。レアル行きの噂が出ても、否定もしなければ、肯定もしない。だから周りはニュースに振り回される。彼がひと言、どうしたいかを述べれば、全ては収まるのに、エムバペは口をつぐんでいる。
人々はまた、あの夏の茶番が始まるのかと、うんざりしている。母のファイザ・ラマリはこのやり方を賢明なものと思っているかもしれないが、それは違う。こんなことを続けていたら、エムバペは確実にリスペクトを失ってしまう。
すでにPSGのサポーターは彼に嫌気がさしてきている。ネットで一度、スタジアムで一度「エムバペなんていらない」のキャンペーンが張られた。それはそうだろう。移籍市場が開くたびに、他のチームに出て行く話が出る選手を人々は愛せない。
PSGの幹部はエムバペに残ってもらわないと困るが、一方で彼のためにメッシを追い出し、ネイマールを追い出し、監督を変えてきたにもかかわらず、満足しないエムバペの態度にはうんざりしている。
2022年に契約更新した時、エムバペの年俸は7200万ユーロ(約100億円)となったがPSGのアル・ケライフィ会長はエムバペに8000万ユーロをオファーしていた。その代わり、今後の数年間はどこにも行かないという約束を(契約ではない)してほしいということだった。しかし、エムバペはこれを断った。つまり、いつかは出て行く気満々だったのだ。チーム内では「エムバペじゃなく、ナポリからヴィクター・オシムヘンを獲ればいい」という意見も上がってきている。
レアル・マドリードも、ラブコールをしているのに一向に煮え切らないエムバペに不満だ。天下のレアルがオファーしているのに、それを受け入れないのは侮辱とも感じている。
【公にセリにかけ始めた】
はっきり断るならそれでいい。ヴィトール・ロッキは、バルサに行きたいという気持ちがあったため、レアルの誘いを断った。それは理解できる。しかしエムバペは「レアルに行きたい」とほのめかしながらも、一向にやってくる気配がない。始めは歓迎ムードだったサポーターも、最近ではすっかり白けている。「来たくないなら、別に来なくてもかまわない」と思うのだろう。
またエムバペに断られても、カリム・ベンゼマの抜けた穴をどうするかで悩んでいた去年の夏ほどは、レアル側の失望は大きくないだろう。今、レアル・マドリードにはジュード・ベリンガム、ヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴがいる。17歳ですでに世界に名前の知られるエンドリックも加入した。ここにエムバペが加わったら鬼に金棒だが、彼がいなくても十分に強い。レアル幹部のなかからも、「(アンチェロッティは望んでいるが)わざわざエムバペを獲らなくてもいいのでは?」という声が上がっている。
ちなみにフランスとスペインの間で話が停滞しているうちに、漁夫の利を得ようとしているのがイングランドだ。なかでもリバプールはエムバペへの興味を公にしている。確かにパリでもマドリードでもサポーターはエムバペに複雑な思いを抱いているが、イングランドではまだ純粋に喜んで迎えてもらえるだろう。
エムバペの事務所はつい先日、「エムバペは6月にフリーになる。我々はすべてのチームと交渉する用意がある」と正式に声明を出した。つまりエムバペを公にセリにかけ始めたわけだ。
だが、エムバペにはそろそろ移籍市場の主人公ではなく、プレーで主人公になってもらいたいところだ。「エムバペ」と検索してみると、ヒットするのは移籍についての記事ばかりというのは、正直、残念すぎる。