NYダウが史上最高値を更新するなど「株高」「債券高」に沸くアメリカ。2024年も続くのだろうか(写真:ブルームバーグ)

つい先日、日頃から情報交換しているアメリカのヘッジファンドからメールをもらった。短期的な運用者全般について、どんな雰囲気なのかを教えてもらったのだが、そのメールには、まずひとこと「totally in confusion」(完全に当惑の中にある)と書かれていた。

短期スタンスの投資家が大混乱するワケ

足元、アメリカの株式や債券の価格は極めて堅調だ。そのため「買い持ちしている向きは儲かっていて、少しも当惑などしていない」などと思ってしまう。

もちろん、売り持ちして損失を被っている投資家は大変なのだが、買いによって大いに利益が上がっている投資家も、「あまりにも相場の勢いが強すぎる。このまま上昇基調を保つのか、それとも一気に反動が生じるのか、見極められない」と先行きの不透明さを案じているようだ。

株式や債券以外はどうか。例えば国際商品市場では、原油の国際指標であるWTI原油先物価格が1バレル=70ドルをたびたび割り込むなど変調が見られる。

とりわけ急激に動いたのは外国為替相場で、ドル円相場は11月半ばの1ドル=151円台から、先週は一時141円割れも生じた。円高の進行は、円キャリートレード(低金利の円で借りて、高金利の他通貨で運用する)において、外貨で測った要返済額の膨張を招き、損切りのポジション巻き戻しが膨らむ(それがまた円高を推し進める)ことが懸念される。

またユーロドル相場も、先々週の8日あたりまではユーロ圏経済の低迷観測からユーロが弱含んでいた。だが14日のECB(欧州中央銀行)理事会後のクリスティーヌ・ラガルド総裁の発言が、思ったよりインフレに対峙する姿勢が強いタカ派的なものだったとして、ユーロがドルに対して巻き返すなど、不安定な状況となっている。

このように、世界市場の波乱によって、短期投資家が右往左往する展開となっている。このため、運用者が市場の材料というよりは足元の損益の都合で「(空売りの)投げ買い」「投げ売り」を激しく繰り返すおそれがある。それらの影響で、目先の世界市場の振れは上にも下にも大きなものとなるだろうし、本来は買い材料なのに市況が下落したり、またその逆の状況が訪れることも頻繁に発生するだろう。

ただ、より大きな流れをつかむには、実態面に着目することが肝要だ。2024年の世界市場の最大の材料としては「遅れてやってきたアメリカ経済の悪化」が挙げられる。

アメリカの消費が今後悪化すると読む3つの要因

「遅れてやってきた」と言ったが、いったい何から遅れたのか。それは、筆者が当初見込んでいた「2023年中にアメリカは景気後退に陥り、それが同国株のみならず、日本株も含めた世界株を2023年央にかけて下落させる」というシナリオだ。このコラムの読者ならよくご存じであろう。

アメリカの景気後退が見込みよりも大きく後ずれした背景としては、最大の需要項目である個人消費が想定外に堅調なことがある。さらにその要因としては、以下の3つが指摘できる。しかし、いずれの要因も、これからは消費悪化の方向へと働くだろう。

(1)コロナ貯蓄の取り崩し

2020年以降のコロナ禍を受けて、アメリカ政府は景気を支えるため、家計向けの補助金や失業保険給付金の上乗せなどを行って、家計に現金をつぎ込んだ。

しかしコロナ禍の間は、旅行、スポーツ・音楽ライブ・演劇などのイベント参加、外食や店舗での買い物などが難しくなり、手元に現金が積み上がった。この現金を「コロナ貯蓄」と呼んでいる。連銀の試算では、コロナ貯蓄の額は、2021年9月末に2.28兆ドルでピークに達したとされている。

コロナ禍が沈静化し、行動制約が緩むと、家計は可処分所得(収入から税金や社会保険料を引いた手取り)にコロナ貯蓄の取り崩しを乗せて、背伸びした消費を続けてきた。これが最近まで消費、ひいてはアメリカ経済全体を支えてきたわけだ。

しかし取り崩しを続けた結果、2023年11月にはコロナ貯蓄は全体としては底をついたと試算されており、「背伸び消費」は終焉したとみられる。

(2)「贅沢はやめられない」

こうして、これまでは身の丈に合わない過剰な消費が維持されてきた。しかし、毎月の受け取り賃金は増えてはいるものの、インフレ分を考慮するとパッとせず、手元の貯蓄も取り崩してしまった。金づかいが荒いため、すでにコロナ貯蓄が消え失せた家計も多いだろう。

それでも人間は、なかなか贅沢は「わかっちゃいるけどやめられない」。お金がないのに贅沢したければ、借りるしかない。借りる方法は、消費者ローンもあるだろうし、クレジットカードで買い物する(とくにそれをリボ払いで返す)という形もある。こうした借り入れにより、最近の個人消費が「延命」してきたといえる。

しかし、四半期の延滞率(返済予定日から30日以上返済が遅れているローンなどの割合)は直近の7〜9月期にかけて急上昇している。つまり、借り入れによる消費も限界に達してきていることが示唆されている。やはり、今後のアメリカの消費は悪化しそうだ。

(3)「コロナ禍後のトラウマ」による余剰雇用

雇用情勢の先行指標として、労働時間が注目される。労働者1人当たりの週間労働時間を前年比で見ると、2023年1月の「プラスマイナスゼロ」を除けば、2022年3月以降はずっと前年比マイナスが続いている。つまり、残業時間や休日出勤などが前年水準を下回り続けているわけだ。

これは、今の労働者数に比べて仕事量が少なすぎる(企業が余剰雇用を抱えている)ことを示している。従業員がみな暇そうにしていれば、経営者にとっては賃金コストが負担になるので、通常は遅れて雇用削減が進展する。その点で、労働時間は雇用情勢の先行指標だと考えられているわけだ。

ただ、一部IT大手企業などでは先行してリストラの報道が増えたし、派遣社員の削減も2022年3月以降進んではいるものの、例えば雇用統計における雇用者数は減ってはいない(前月比増加幅は縮小傾向)。

では、なぜ経営側は雇用削減を大胆に進めないのだろうか。それは、コロナ禍後の「トラウマ」のためだ、と聞いた。つまり、コロナショック直後は、大不況に陥るとの見通しから企業が大量の解雇を行った。しかし、景気の戻りが想定以上に急速で、企業は再度人員採用を進めようとしたが、なかなか人が集まらず、大変な苦労をした。

そのため、最近の経営は「ここで余剰人員を一気に解雇したら、万一景気が強くなった場合にまた採用で苦労する」と恐れ、多くの人員を抱えて我慢しているとの指摘だ。

ところが、筆者が11月に訪米した際、「さまざまな業界の集まりで、『余剰人員を抱えたまま高い労働コストを負担するのは、そろそろ限界だ』との愚痴が多く聞こえるようになった」との話があった。このため、どこかの企業が耐えきれず、雇用削減を進める動きを始めると、この流れが一気に広がるのではないか。

2024年前半は「株安」「日本以外の金利低下」「円高」へ

このため、すでに悪化の様相を示している中国や欧州の経済に加え、2024年はアメリカの景気も悪くなるだろう。

今の同国の株式市場は「景気悪化→金利低下→株高」と都合がよい解釈に溺れており、そうした浮かれすぎは同国では「rate cut euphoria」(利下げ観測の多幸感)と皮肉られている。だが、景気悪化の様相が深刻化することで、金利低下期待は景気悪化懸念へと、どこかで一気に変化しそうだ。世界的な株安が予想される。

欧米など主要国の長期金利は、景気の先行き悪化を反映して、もう一段低下しそうだ。そうした諸国の政策金利は2024年に利下げが見込まれている。

一方、日本はどうか。日本銀行は異次元の緩和の「正常化」を慎重に進めそうだ。このため、為替市場では円高が進み、日本株についてはそれが輸出株の重しとなるだろう。

日本株については、以前から予想している安値時期の見通しをずるずると先送りしており誠に恐縮だが、日経平均株価は2024年前半に2万7000円あたりまで下落すると予想している。それでも、現水準から2割も下落しないという、極めて楽観的な見通しだ。

最近、筆者は読者や会員などから「株価下落を予想するのはわかった。では、どんなタイミングで下落が鮮明化するのか」というご質問をよくいただく。それに対しては、11月にアメリカで聞いた以下の言葉をもって、お答えしたい。

「アメリカ経済はどこかで雪崩を打って急激に悪化し、同国株は崖を落ちるように下落を始めるだろう。ただ、どこに崖があるかは、崖から落ちてみるまでわからない」

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)