何を考えているのか、植田総裁の腹の中を皆が知りたい(撮影:今井康一)

日銀がマイナス金利を解除するという思惑が高まっている。

植田和男総裁が12月7日の国会答弁で「年末から来年にかけて一段とチャレンジングな状況になる」と発言。市場では、12月18~19日の金融政策決定会合でフォワードガイダンス(先行きの指針)変更などの「地ならし」をした上で、2024年1月22〜23日の会合でマイナス金利を解除するという見方が増えている。

もっとも、植田総裁はマイナス金利政策解除についてこれまで、あくまで物価目標達成と結びつけられているという「建前的」な説明に終始している。そうなると春闘の結果で賃上げの確認を待たなければならない。

総裁の本音を推し量る「ウォッチャー」という仕事

むろん、植田総裁の本音はわからない。植田総裁に限らず中央銀行の総裁は市場の反応を気にして本音を押し殺し、建前的な発言に終始しているのだろうか。

中央銀行総裁は言質を取られないように発言に細心の注意を払う。個別の発言内容を組み合わせれば明らかであっても、直接的に述べなかったりすることもある。

そのため、ロジックを立てて本音を予想する日銀ウォッチャーやFED(アメリカ連邦準備制度理事会)ウォッチャーといった「仕事」が世の中には存在する。そして、往々にして中銀総裁の本音は最後までわからないことが多い。

日銀ウォッチャーには「本音を聞いてみたい」という欲望がある。この欲望に応えるため、筆者と大和証券の川島正敏エコノミストはChatGPTを用いて「AI植田総裁」を作成した。

具体的には、植田総裁の過去の講演テキストをChatGPTに読み込ませ、植田総裁の考えを理解した「AI植田総裁」に質問してみるという作業を行う。誰でも仮想的に質問できるようになれば、日銀ウォッチャーが不要になる時代が来るかもしれない。

AI植田総裁の答えを紹介する前に、いくつかの注意点を述べておきたい。

「フェイク発言の流布」が目的ではない

筆者らの目的は植田総裁や日銀審議委員のAIを作成することによって本音を考察することにある。植田総裁や日銀審議委員の発言を生成し、フェイク発言として流布させることは目的ではない。最近では岸田首相のフェイク動画が流布されたことが問題視されたが、AI技術をこのように用いることは問題である。

また、当レポートではChatGPTが生成した文章を紹介しているが、アウトプットは直接用いないように筆者が要約して示した。ChatGPTに読み込ませた講演テキストは日銀が一般に公表したものだが、それ以外にChatGPTが読み込んだテキストデータの出所については確認ができないからである。

他にも、ChatGPTのアウトプットはあまり安定的でないことにも留意が必要である。今回は同じ質問を複数回実行することで、できるだけ安定的な回答を選ぶようにしたが、安定性を厳密に評価したわけではない。

さっそく「AI植田総裁」にいろいろと質問してみた。

質問をする際には、総裁会見などでいつも聞かれるようなものでは「建前的」な回答になってしまう可能性が高いため、さまざまな付帯条件を付けて本音を引き出すように工夫した。

Q:あなたは円安が経済に悪影響を及ぼすと判断すれば、賃金が上がっていなくても利上げをしますか、教えてください。

ChatGPT(AI植田総裁)円安が経済に悪影響を及ぼす場合、賃金が上がっていなくても利上げを検討することがあります。円安は輸入物価の上昇をもたらし、物価上昇圧力を高める可能性があります。このような状況では、金融政策を調整する必要があります。ただし、経済全体の状況やインフレ圧力の程度を考慮し、バランスの取れた金融政策を実施することが重要です。

Q:あなたは物価目標が達成できなくてもマイナス金利政策を解除したいですか、教えてください。

ChatGPT(AI植田総裁)物価目標が達成できなくてもマイナス金利政策を解除することは検討すべきです。マイナス金利政策は金融政策の一つであり、物価安定を目指すために導入されましたが、その効果や副作用はさまざまな要素に依存しています。マイナス金利政策は金融機関の収益に悪影響を与える可能性があり、その結果、貸出の抑制や金融市場の不安定化を引き起こすこともあります。

デフレ脱却は「難しい」とAI総裁

Q:金融政策の決定に際して、政府の意向を意識していますか、教えてください。

ChatGPT(AI植田総裁)日本銀行は独立した中央銀行であり、金融政策の決定において政府の意向を直接的に受けることはありません。しかし、政府との連携や情報共有は重要視され、経済や金融情勢に関する意見交換が行われることもあります。政府の経済政策や財政政策との調和を図り、物価安定や経済の健全な発展を目指しています。

Q:過度な円安に正直困っていますか、教えてください。

ChatGPT(AI植田総裁)過度な円安は日本経済にとって困難な状況をもたらす可能性があります。輸出企業には好都合ですが、輸入企業や消費者にとってはコスト増加を招くことがあります。また、過度な円安は国際金融市場や為替市場にも影響を与え、市場の不安定化を招く可能性があります。円相場の安定を保つことが重要で、日本銀行は必要に応じて適切な金融政策を実施しています。

Q:あなたは本音ではデフレ脱却は難しいと考えていますか、教えてください。

ChatGPT(AI植田総裁)デフレ脱却は難しいと考えています。過去の経験からもわかるように、デフレからの脱却は困難な課題です。賃金の停滞や企業の価格転嫁の限定的な動きなど、デフレの要因が根強く残っているためです。また、グローバルな経済状況や地政学的リスクもデフレ脱却を困難にしています。引き続き慎重な金融政策の運営が求められます。

結果をまとめると、以下である。

円安が問題となれば、賃上げ前に利上げを検討することもある副作用の状況次第では物価目標達成前にマイナス金利解除の可能性がある政府の意向は直接的には受けないが、連携や情報共有は重要過度な円安は問題であり、日銀にとっても円相場の安定を保つことは重要本音では、デフレ脱却は難しいと考えている

むろん、これらが植田総裁の本音である保証はない。ChatGPTがこれまで学習してきたデータと植田総裁の講演テキストの内容を勘案すると、このような「本音」を持っているだろう、ということ以上でも以下でもない。

しかし、いずれも「建前的」な発言よりも踏み込んだ発言であるが、外野が予想する「本音」のイメージと近いように思われる。

植田総裁以外にも、全9名の日銀政策委員の講演テキストをChatGPTに読み込ませ、それぞれ「2024年に利上げする可能性」を聞いてみた。

結果は、AI植田総裁など3名が「利上げする可能性が高い」と回答した。一方、「現在の金融政策の継続が適当」や「利上げを行う可能性は低い」といった据え置き派が4名となり僅差で優勢だった。他の2名は「判断することはできない」と回答した。

AI審議委員「隠れタカ派」7対2で利上げ

もっとも、このようなストレートな質問では「本音」を引き出せていない可能性が高い。そこで、質問に「本音」を尋ねるために、「本音では2024年に利上げする可能性が高いと思いますか」と聞き直した。

すると、AI植田総裁など7名が「利上げする可能性は高い」と回答した。2名は「利上げする可能性は低い」と回答したが、7対2で政策は変更されることになる。「隠れタカ派」は意外にも多いのかもしれない。


実際の日銀審議委員の胸の内はわからない。政策判断は機動的に行われる可能性を考慮すると、過去の講演テキストを読み込ませたAI日銀審議委員の回答は古い考えしか反映されていない可能性もある。

しかし、新しい材料について日銀審議委員の意見を聞いてみたいケースなど、AI日銀審議委員の活躍する余地はかなり大きいと筆者は考えている。

(末廣 徹 : 大和証券 チーフエコノミスト)