早稲田の名物誌「マイルストーン」の凄い仕組み化
幹事長の藤間真由さん(2年生)と、『EXPO』編集長の中嶋健人さん(2年生)/筆者撮影
『マイルストーン』。
早大生、そして早大の出身者であればピンとくる名前ではないだろうか。そう、早大生のための総合情報誌の名前だ。正式には『Milestone Express』という。
早大生なら誰もが知る『Milestone Express』。現在でも毎年約2万部を発行する/筆者撮影
授業情報や早稲田・高田馬場のおすすめ飲食店、サークル情報などを掲載した、早大生なら誰でも知っている存在と言っていいだろう。
早大生はこの本を見ながら履修する授業やサークルを選ぶのがお決まりだ。筆者も早稲田出身で、『Milestone Express』に4年間お世話になったのだが、こういう本は意外と他校にはないのだという。
約15年かけて、サークル情報誌から総合情報誌へと進化
『Milestone Express』はマイルストーン編集会というサークルが作っている。1978年に創立し、現在47期まで在籍。
ミニコミブームの流れに乗って、数人で集まって作られたサークルで、もともとは文芸誌を作っていた。それがいかにして、今のような形になったのか。幹事長の藤間真由さん(2年生・46期)は次のように説明する。
「1982年から『Milestone Express』を刊行し始め、最新号は42号となります。『Milestone Express』も刊行当初はサークル情報のみを掲載した雑誌でしたが、1996年から授業情報や飲食店情報を掲載し始めました」
早大はサークルが多く、1981年の時点でも5000ものサークルがあったそうで、それを掲載するだけでも十分な価値があったそうだ。
今でも文芸誌は作っており、こちらをサークル内では「通常号」と呼んでいる。それぞれが持ち寄った自由なコラム、記事が並ぶ。なお、上記は貴重な「通常号」第1号/筆者撮影
マイルストーンと言えば、青空と大隈講堂。貴重な過去号が、今も大切に保管されている/筆者撮影
「発売は毎年3月で、サークル内にある販売部署が、取り次ぎを介さずに各書店と直取引をしています。早稲田・高田馬場エリアにある文禄堂、成文堂、芳林堂書店のほか、附属高校の最寄り駅付近の書店にも営業をかけ、自分たちで本を運び込んでいるんです。実店舗での販売がメインですが、一部書店のECサイトで通販も行っています」(藤間さん)
なんと最盛期の発行部数は2万部に上る。学生数が減った現在でも、約2万部を発行し続ける、モンスター雑誌である。
「非公認」ゆえ、忖度なしレビューが可能に
そんな早大生には欠かせない雑誌を発行するマイルストーン編集会だが、実は大学公認サークルではない。
授業の面白さ、単位の取りやすさがレビューされている。人気授業や必修科目は「情報多数」のマークが/筆者撮影
逆に非公認ゆえ、授業の口コミはオブラートにいっさい包まない歯に衣着せぬ内容で、自由度が保たれている。むしろ、一度も公認サークルになることを検討したことはないという。非公認なため、現在は学校内の生協にも置かれていない。
「サークルの活動としては、春に新歓合宿、夏にも合宿を行い、公式サイト向けの文章を書いたり、別の冊子を作ったりしてAdobeなどの経験を積み、10月から11月にかけて授業の口コミレビューを集めます。そして、年明けから2月にかけて追い込みをかけ、3月に発売となる流れです」(藤間さん)
昔から疑問だったのが、なぜこんなに授業の口コミレビューが集まるのかだ。口コミをする生徒側のメリットがないと思っていたのである。
この仕組みが斬新で驚いた。なんと、40の授業レビューなどを集めれば、サークル情報を無料で掲載できるシステムになっているのだ。
早大に入る1年生は『Milestone Express』を読んでサークルを選ぶ伝統がある。ここにサークル情報が載らないと、検討の俎上にも載らない。何としてもサークル情報を載せたい幹事長は、サークル員から必死で授業レビューを集める。それによって『Milestone Express』に豊富な情報が集まるという仕組みだ。
サークル側は多少の労力と引き換えに『Milestone Express』に無料で掲載でき、学生たちは700円(本体価格)という価格で忖度のないレビューに触れられ、マイルストーン編集会自身も大学と距離を取ったうえでの活動が可能になる。まさに三方良し。
この仕組みを最初に考えた人は天才だ。そして、授業レビューが始まる前に約15年間、サークル情報を掲載してきた実績とコネクションがあったからこそ成功したのだろう。
「『Milestone Express』は、多くのサークルさんの協力のもとに成り立っています。中には、お願いしたその日にレビューを提出してくださるところもあるんですよ。たぶん、『どのサークルよりも早く授業レビューを提出する!』と思っていただけているんだと思います」(藤間さん)
「組織作り」も柔軟かつ丁寧
「仕組み」に加え、組織体制もかなりしっかりしている。
まず、マイルストーン編集会には11もの部署があり、それぞれ役割を持って動いている。部員は全学年で200人ほど。メンバーは出版業界志望の人やデジタル系に興味のある人が多く、全学部の中でも文学部・文化構想学部のメンバーが多い。制作はなんと1、2年生のみで行う。
とくに、誌面に掲載する広告の営業を担当する渉外部署は難易度の高い仕事になるが、ビジネス的な社会経験を積みたい人はここを選ぶ傾向にあるのだという。
ただ、教育については、決して堅苦しいものではない。確固たるマニュアルはなく、2年生が1年生を指導しつつ、完成まで全部署が分担して仕事を進めている。
「あくまでも、サークル員の自主性を重んじる気風があります。やりたい仕事があれば、次の号では別の仕事を担当することも可能ですし、サークル活動への関わり方も人それぞれなんです」(藤間さん)
ところでラーメンライターである筆者が今回取材したのは、早大出身だという以外にも訳がある。
私は大学3年の頃からラーメンの食べ歩きを始めたのだが、大学の周りの早稲田・高田馬場エリアのラーメン店を回り始めたのがその原点である。当時はノートに食べ歩きの記録をしていたが、大学の周りのほぼ全店を食べ歩いたその実績とレポートを何かに残したいと考えたのだ。
そこで見つけたのが『Milestone Express』の飲食店の口コミレビューの募集だった。
当時の『Milestone Express』にはラーメン店の紹介ページが贅沢に何ページも割かれていて、ここにレビューを投稿したのが私のラーメンライターとしての原点なのである。
当時のマイルストーンの写真。今回の取材で当時の『Milestone Express』を見せてもらったが、懐かしくて涙が出そうになった/筆者撮影
現在は飲食店情報を別冊に掲載
現在、飲食店情報は別冊の『EXPO』に掲載されている。
小冊子の『EXPO』は、『Milestone Express』に挟み込まれる。封入作業はサークル員たちで行っており、なかなか大変な作業だったんだとか/筆者撮影
大学から近く、価格が手頃なお店を中心に、新店から老舗までしっかりカバーされており、食のジャンルも、ラーメンから居酒屋、カフェ、イタリアンなど、早稲田・高田馬場エリアの店を幅広く押さえている。
筆者の在学時は口コミレビューを集めていたが、現在はサークル員が全店食べ歩いてレビューを書いているのだという。これには頭が下がる。
そして、その『EXPO』で非常に興味深いのが、掲載されている人気ランキングだ。『EXPO』編集長の中嶋さん(2年生)は次のように語る。
「サークル員が中心となって選出している一般ページと異なり、人気ランキングは600人の各サークルの幹事長から、投票を募って決定しています」
それゆえ、マイルストーン編集会とお店の癒着はまったくなく、開票までどんなランキングになるかわからない。清き1票から成り立つランキングで、どこまでもクリーンだ。
約2万の部数を誇る雑誌のため、影響力も大きい。お店にポスターを貼るなど、ランキングに一喜一憂する店主も少なくないようだ。
ちなみに、ラーメン店はなんと1位から4位までがすべて油そばのお店という意外な結果だった。昔から早稲田には油そばのお店が多くあったが、今はさらに新店も増え、早大生のブームとなっている/筆者撮影
”書かれる側”教授たちの反応は…
とはいえ、飲食店情報は、基本的に早大生が好みそうなお店が選ばれる。だが、『Milestone Express』の授業情報はそうではない。
そこで、気になってくるのが、『Milestone Express』に、言いたい放題の口コミを書かれる教授たちの反応だ。さぞ嫌なはずに違いない……と思いきや、必ずしもそうとも言えないようだ。
「人気授業に選ばれた教授の中には、そのことをSNSで発信される方もいます。また、自分の授業への反応を見ることで、エゴサーチ的に使っている教授もいるようです」(藤間さん)
つねに読者のことを思って活動しているマイルストーン編集会だが、当然ながらミスもある。中嶋さんは次のように語る。
「『EXPO』の飲食店ランキングで、1位と2位の内容を逆に載せてしまったんです。完成まで8人でチェックしているので、まさかこんなミスを犯すとは……ミスが判明した翌日には、公式X(旧ツイッター)でお詫びの投稿をしました」(中嶋さん)
まさに、灯台下暗し。一番目立つ部分で間違えてしまうというのはプロでもよくあることだ。
メンバーたちが「自然と本気になっていく」
ただ、それでも1・2年生だけで、ずっと伝統をつないできたというのは、素直にスゴい。
「長い間続いているマイルの看板の大きさが、『ちゃんとしてる』感につながっているんだと思います。最初は小さな興味から入ってきた新入生も、制作に関わるなかで、『マイルストーンを絶やしてはいけない』と、自然と本気になっていくんです。
とてもやる気のあるメンバーが多く、落ち着いた性格でマメな人が多いというのも制作に向いていると思います。
また、編集から制作、販売と最後まで作り上げた達成感は何物にも代えがたいですし、周囲にいる学生がマイルの話をしているのを聞くと、とても嬉しいですね」(藤間さん)
性善説に基づいたすばらしい「仕組み化」と、伝統に基づいたしっかりとした「組織作り」。これには筆者もメディアの人間として襟を正した。
藤間さんによると、「今後はデジタル化も検討していきたいですね」とのこと。まだまだ『マイルストーン』は進化していく。
性善説に基づいたすばらしい「仕組み化」と、伝統に基づいたしっかりとした「組織作り」。ふたりから学んだことは多かった/筆者撮影
(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)