八王子市民なら知らない人はいない「100円ラーメン」が、「100圓ラーメン」として復活した(筆者撮影)

八王子市のソウルフード「100円ラーメン」が、「100圓ラーメン」として復活したことが大きな話題になりました。

復活に導いたのは、地元で障害者を中心とした就労支援事業を営む男性。どのような経緯があったのか、ラーメンライターの井手隊長が取材しました。

東京・八王子市にかつてあった地域のソウルフード「100円ラーメン」が、「100圓ラーメン」として11月26日、市内の複合施設「桑都テラス」内で復活を遂げた。

八王子市内にある障害者雇用に取り組む会社「めだかやドットコム」(青木崇浩社長)が店を運営する。

多くの人のソウルフードだった「100ラン」


(筆者撮影)

「100円ラーメン」はJR西八王子駅近くにあった八王子市民なら知らない人はいないお店(正式名称は『満福亭』)。

通称「100ラン」と呼ばれ、長く愛された。

1970年代から約40年間愛された地域の憩いの場で、創業者が1990年代中盤までお店を続けていたが、その後後継者にバトンタッチしお店は存続。しかし、2011年に閉店している。

「オヤジさんが市内の散田町の少年野球チーム・散田ファイターズの監督で、私が隣町のチームにいたこともあり、よく話しかけてくれました。

小学校3年生ぐらいの頃から行き始め、野球の練習の後にみんなで100円を握りしめて食べに行ったのを覚えています。週に一度の楽しみでしたね」(「めだかやドットコム」青木崇浩社長)

子供でも食べられる「100円」という価格もあり、地域の小学生がたくさん集まる場所でもあった。

ここで友達ができ、時には周りのお客さんにごちそうしてもらえることもあった。ラーメンとタンメンが100円と、1970年代としても考えられない値段である。

店主が監督を務めていた散田ファイターズには滝沢秀明さんも当時在籍していて、タッキーのソウルフードとしても知られる。

閉店と、そこから復活させるまで


青木さんにとっても、100円ラーメンはあの頃を思い出す「青春の味」だ(筆者撮影)

中学時代も近くの中学に通っていたので、青木さんとしては「100円ラーメン」は常に近くにあった存在。閉店を聞いたときは本当に寂しかったという。

「『美味しかったよね』というよりも『あの時代は良かったよね』『面白かったよね』という空気感で当時の八王子市民は『100円ラーメン』を記憶しています」(青木さん)

八王子への愛をそう語る青木さんだが、彼自身は大学卒業後も地元に残り、事業家になる道を選んだ。1998年春に黒めだか(野生)を購入、飼育した際にめだかが繁殖したことがきっかけで興味を持ち、独自に飼育方法を確立。2004年にWEBサイト「めだかやドットコム」を発表すると、後に法人化。めだか専門家として専門書も複数冊執筆した。その後は、2016年に株式会社あやめ会を設立し、「めだか×福祉」で事業展開を開始。「地元に貢献したい」という思いだった。

だからこそ、青木さんが「100円ラーメン」を復活させたいと願ったのは、ある意味、自然なことであった。

「現代の美味しいラーメンを一から作り上げるというよりも、35年前の『100円ラーメン』の雰囲気を取り戻したいと思い、復活に向けて動き始めました」(青木さん)

「100円ラーメン」復活の話は5〜6年前から構想があったという。

もう一度復活させたいという思いで当時の店主のご子息にも会い、レシピなどが残っていたら受け継ぎたいと思っていたが、当時のものはまったく残っていなかった。お店の復活は完全に一からの作業になったのである。

「そんな頃、1年前に開業した『桑都テラス』との縁があり、1周年の目玉として『100円ラーメン』を復活させないかと私が提案に上げました。『桑都テラス』は新しい老舗を作ろうというコンセプト。まさに復活にふさわしい舞台だと感じました。私が座右の銘としている『継往開来』の精神を表現したお店にしようと心に誓いました」(青木さん)

「継往開来」とは文化や技能を引き継いで今に落とし込み未来を切り開いていくという意味。

長くめだかの関連事業、就労支援事業を展開してきた青木さんとしては新たなチャレンジだが、ここしかない舞台が用意された。

100円で採算は取れる?


こちらが100円ラーメン。「原価はもちろん100円以下」とのことで、様々な工夫で成立させている(筆者撮影)

復活は素晴らしいことだが、まず疑問に思うのは100円で採算が取れるのかということだ。

カップラーメンでも300円、400円は当たり前の時代。ラーメン店は「1000円の壁」と戦う時代だ。その中でどうやって100円でラーメンを提供しているのか。

現在「100圓ラーメン」は平日は一日100杯、土日は200杯のラーメンを提供している。単純計算で平日は売り上げは一日1万円、土日で一日2万円となる。これでやっていけるのか。

「原価はもちろん100円以下になるように設定しています。『100圓ラーメン』はボランティア事業ではありません。持続可能な形でずっと続けていくことができる形を模索し作り上げたものです」(青木さん)


子どもから大人まで、多くの人が不思議と「懐かしい」と思える味になった(筆者撮影)

まずはラーメンの作り方だ。

青木さんは三大うま味成分の掛け合わせや醤油を徹底的に研究し、ダシを取らずともうまいと感じるスープを開発した。

キリッとした酸味を感じる醤油をメインに、お湯で割ってもおいしいカエシを作り上げた。チャーシューの煮汁に酸味やちょっとした苦みなど、いろいろな成分を調合して、攻撃的でなく優しい味ながらも印象に残るスープを仕上げることができた。試食には社員の子供たちを集め、小学生が美味しいと思える味に仕上げたという。


麺はなんと自家製麺だというから驚きだ(筆者撮影)

慈善事業ではなく、みんなで作る「持続可能なお店」に

麺はなんと自家製麺だ。

青木さんの会社「めだかやドットコム」が運営する日野市にあるカフェ「メダカフェ」で製麺をしている。

この店では障害者を雇用しており、障害のあるスタッフが日々製麺を行っているそうだ。

「100圓ラーメン」においても、精神疾患などを抱えるスタッフが一般就労の形で働いている。そう、「100圓ラーメン」は障害者の就労支援事業も兼ねているのだ。


100円とは思えないクオリティ。取材当日は寒空だったが、身も心も温まる味わいだった(筆者撮影)

「うちの会社がやってきたことのすべてを応用して『100圓ラーメン』を持続可能なお店にしていきます。私が死んだらお店が終わりというのでは困るんです。

慈善事業ではなくみんなで作る100円ラーメンを目指していきます。100円ラーメンという爆発的なコンテンツで行列を作り、この事業を成功させることが次への道となります」(青木さん)

企業としてのプロモーションの意味合いもある


(筆者撮影)

「100圓ラーメン」はめだかやドットコムにおいても企業としての大きなプロモーションになる。

障害者が働くお店で社会も喜ぶという全てにおいてプラスの形を作り上げたのだ。慈善事業ではなく、民間にある自然な形で社会の役に立ちたいというのが青木さんの考え方なのである。

「百円は百縁なり」

近所づきあいもなく、人間関係が薄弱になりつつある今、ここに縁を作りたいというのが青木さんの考えだ。

オープンを聞きつけた地元の仲間が集まったり、地元のラーメン店のオーナーがタンメンの作り方を教えてくれたりした。それをもとに来年には「100円タンメン」の復活も考えているという。


(筆者撮影)

「評価されたいのではなく私がやりたいからやっているので、偉いねと言われると若干違和感があるんですけどね」(青木さん)


(筆者撮影)

青木さんはそう照れながら、八王子のお客さんに100円でラーメンを提供し続ける。


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)