「九州じゃんがら」の看板メニューの1つ、「こぼんしゃん」をヴィーガンで再現した焦がしニンニク入りの香味油であるマー油「こぼんしゃん」が特徴の「ヴィーガンこぼんしゃん」(1180円)(撮影:梅谷 秀司)

「九州じゃんがら」と言えば、濃厚な豚骨ラーメンを思い出すだろう。が、そんな肉肉しいラーメンのチェーンを展開するタスグループが実は、原宿駅そばの「九州じゃんがら」店舗2階でヴィーガンレストランを営業しているのをご存じだろうか。

コロナが5類へ移行したのは今年5月だが、「ヴィーガンビストロ じゃんがら」ではまだ原宿に人流も戻らない2月に一気に客が増え、花見シーズンはすぐに満席になるほどに。今も時間帯や曜日によってムラはあるものの、順調に集客している。

外国人客が7、8割を占めている

特徴は、外国人のリピーターが多いことだ。「長期滞在する観光客の来店者さまには、5日間連続で来られたご家族や、全国を回る最初の東京滞在中に当店で食べ、地方を回って戻ってきてからまた来店される、という方が多いです」と、安西和生副店長は話す。取材日も11時の開店時間になると、次々と外国人と思わしき人たちが訪れていた。

外国人は客の7、8割を占め、ブラジル、スウェーデン、スイス、ドイツ、インド、台湾など「ワールドカップをやっているのかな」と、安西副店長が感じるほど多彩だ。そのうち7割程度が観光客で、老若男女が訪れる。

一方、日本人客は20〜30代の若い女性が中心。だが、この店が九州じゃんがらの2号店だった頃の常連客で、年齢を重ね、とんこつラーメンを食べられなくなった人が訪れ「昔食べていたのは、こんな感じの味だった。自分も食べられるから、ヴィーガンにしてくれてうれしい」と言われることもある。「日本人には、当店で初めてヴィーガン料理を食べた、という方も多いです」と安西副店長。

同店の看板料理で唐辛子を利かせた「ヴィーガンからぼん」(1180円)と、焦がしニンニク入りの香味油であるマー油「こぼんしゃん」が特徴の「ヴィーガンこぼんしゃん」(1180円)は、出汁素材を含む多種類の野菜で作ったヴィーガンスープが特徴だ。

この2品はもともと、九州じゃんがらの看板メニュー。片やとんこつ出汁、片や野菜出汁と、材料がまったく違うのに味は同じという点から、両店で食べ比べる客もいるそうだ。


人気の「ヴィーガンからぼん」(撮影:梅谷 秀司)

なぜラーメンチェーンがヴィーガンに挑戦?

九州じゃんがらと言えば、バブル期のとんこつラーメンブームの立役者の1つ。とんこつラーメンを全国的に有名にしたチェーン店が、あえてヴィーガン料理を始めた背景には、世界中で親しまれる日本食の代表、ラーメンならではの事情があった。

同チェーンの下川高士社長は東京出身だが、熊本県玉名市で育ち、とんこつラーメンに親しんでいた。1979年から進学補習塾「ブルカン塾」を始めた下川氏は、授業料を払えなくなった子どもたちを支援しようと、新たに開業したのが九州じゃんがらだった。

1号店は、秋葉原で1984年開業。原宿店は2号店で1986年開業。現在は、同じビルの1階に九州じゃんがら原宿店、2階がヴィーガンビストロ じゃんがらが入るが、当初はこの2階だけが九州じゃんがらだった。

下川社長がヴィーガン料理店を開いた理由は、4つある。

1つ目は、インバウンドの来店客が増えたこと。よく知られているように、日本のラーメンは今、世界的に人気が高い。九州じゃんがらにも、十数年前から中国、韓国、タイなど、世界各国の観光客が来るようになっていた。

「ツアーのルートに当店が入っていまして、何十人かいらっしゃるお客様の中には、とんこつがダメという方が1人、2人いる。そうした方に食べていただける料理はないか、と私たちも考えていました」と安西副店長。

そこで、同チェーンでは2012年に期間限定商品として、野菜出汁(ベジブロス)の「全部野菜の醤油らあめん」を開発し提供し始めた。今は九州じゃんがらの店で、3種類のヴィーガンラーメンを食べられる。

自らもヴィーガンを食生活に取り入れた

2つ目の要因は、翌年、日本航空(JAL)からの依頼で、長距離の国際線のビジネスクラスに出す機内食として、「JAL特製九州じゃんがらヘルシーラーメン」を共同開発したことである。

3つ目は、下川社長自身がヴィーガン料理を食べるようになっていたことだ。実は、下川社長は過去に体調を崩し、食生活を変えようと食事をヴィーガン料理に切り替えたところ、1年もたたないうちに健康を取り戻した経験がある。

その3年前、2009年に妻の下川祠左都(まさこ)氏が自由が丘でヴィーガン料理の「T’s レストラン(ティーズレストラン)」を開業していたので、自身も妻が作るヴィーガン料理を食べるようにしたのだ。

生活スタイルも見直し、車移動を徒歩と電車に切り替えるなどしたところ、1年も経たないうちに体重が減り、体調も回復した。下川社長は、ヴィーガン料理をもっと広めるために、いずれはヴィーガン料理店を開きたい、と考えるようになっていた。

4つ目の要因が、コロナ禍。2020年、コロナ禍に巻き込まれた日本では、飲食店は軒並み休業し、人流は大幅に減り、海外旅行客もほぼ日本に来なくなった。九州じゃんがら原宿店舗も2フロア開けているのは意味がない、と2階店を休業していた。

しかし、家賃はかかる。好立地の店を手放すかどうか選択を迫られたが、「原宿店開業が、九州じゃんがらの飛躍のきっかけだった、という思いが下川にもありました」と安西副店長は話し、「とんこつラーメン人気を全国に広げたように、ヴィーガン料理の文化を日本に広めたい、とヴィーガンビストロ じゃんがらを開業することになったのです」と説明する。

「肉っぽい食べ応え」をいかに再現するか

そして2021年3月21日に、ヴィーガンビストロ じゃんがらを開業。当初は昼夜合わせて15種類ほどだった品数も、現在では倍増。ラーメンと並ぶ看板料理が、大豆ミートチャーシューを使った「ジュージューグリル」(1200円)だ。


大豆ミートチャーシューを使った「ジュージューグリル」は、肉料理で得られるボリューム感や肉肉しさを再現した(撮影:梅谷 秀司)

大豆ミートはここ数年、メディアでもよく取り上げられ、冷凍加工食品の食材としてスーパーにも並ぶようになった。大豆由来の代替肉、代替乳製品は、ヴィーガンが話題になる前から、マクロビオティック料理の材料などとして使われてきた。しかし、そうした代替食材は、大豆臭さが立ってくるケースが少なくなかった。

大豆っぽさを感じさせない大豆ミートチャーシューは、祠左都オーナーがティーズレストランで10年来、菜食用食企業と共により品質の高い製品を開発してきた蓄積がある。そこで生まれた独自の製品を、九州じゃんがらおよびヴィーガンビストロ じゃんがらでは提供している。

九州じゃんがらの場合、ガッツリ肉を食べたい人も多く来店する。いかに大豆臭くなく、肉っぽい食べ応えを再現するかは大切なポイントだった。また、ヴィーガン料理自体を広めるには、ノンヴィーガン(ヴィーガンではない人)にこそ「おいしい」と思ってもらうことが必要だ。

ヴィーガンビストロ じゃんがらも、安西副店長をはじめ、店のスタッフの多くがノンヴィーガン。「私たちだけでなく、九州じゃんがらの店のスタッフにも来てもらって、皆が試食してOKと言ったものだけを提供してきました」(安西副店長)。

渾身のチャーシューの出来栄えは?

そして提供されたチャーシューは、豚肉と見まがう食感と見た目。味は高級薄揚げに近いものの、ラーメンの場合は汁、他の料理はソースの力もあるのか大豆臭くない。実際、「ヴィーガン料理のイメージが変わりました」と言う客は多い、と安西副店長は言う。

安西副店長のヴィーガン料理をノンヴィーガンの人にも、という思いは本物だ。何しろ、長年できなかったダイエットが、同店の賄いを半年食べ続けただけで成功し、10キロもやせたのだから。

日本人の来店者も、今では北海道から沖縄まで全国に及ぶ。東京ではヴィーガン料理店の選択肢もできつつあるが、地方ではほとんどない地域も珍しくない。わざわざ上京して食べ、地元への出店を望む客も多いが、「まずはこの店でしっかり土台を固めてから」と安西副店長は慎重に話す。

日本は、諸外国に比べヴィーガンの広がり方が少ない。もちろん、もともと日本人は欧米人ほど肉を多く食べるわけではない、という事情もあるが、そもそも日本はSDGsへの取り組みなど、環境意識が高いとはあまり言えない。そんな中、飲食業は海外旅行客を通して、世界の情勢を肌で感じてきた業界と言える。

ヴィーガンラーメンも、九州じゃんがら以外にも商品化している店がある。もしかすると、程遠かったように見える肉食文化の飲食店の現場から、日本は変わり始めているのかもしれない。

(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)