「アラウホが不正義を"食らわせた"」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』の見出しは、バルセロナがレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)を終了間際のロナウド・アラウホの一発で0−1と下したゲームを皮肉っていた。

 この見出しには、伏線がある。前節、バルサはレアル・マドリードとのクラシコで、好ゲームを演じながら、1−2と終了間際に逆転されて敗れていた。指揮官シャビ・エルナンデスは、「敗れはしたが、いいゲームをしたのは我々で、勝ちに値した」と強がっていた。ところがこの日のバルサは、常に後手に回って敵陣に踏み込むのもままならず、終盤の一発でノックアウトに成功したのだ。

 言い換えると、ラ・レアルは勝者に値する戦いぶりだった。バルサを引き回し、攻め立て、バルサ中興の祖であるヨハン・クライフが唱えたように「無様に勝つな、美しく散れ」という伝統のお株を奪っていた。

「美しき敗者」

 常勝精神の持ち主である久保建英は、そんなフレーズを好まないかもしれない。しかし、その哲学があったからこそ、バルサは伝説的スペクタクルを生み出せた。少年時代をバルサの下部組織ラ・マシアで育った久保は、ラ・レアルの一員としてボールプレーで観客を沸かせ、皮肉にも、誰よりもバルサの理念を体現していた――。


バルセロナ戦にフル出場し高い評価を得た久保建英(レアル・ソシエダ)photo by Nakashima Daisuke

 11月4日、レアレ・アレーナ。久保は右サイドアタッカーで先発している。開始早々からチームが主体的な戦いでバルサを押し込み、久保もゴールに迫った。15分には、早くも決定機を迎えた。左サイドのアンデル・バレネチェアのクロスに、久保はファーから飛び込んで右足で合わせる。逆サイドをぶち抜いたかと思われたが、敵GKマルク・アンドレ・テア・シュテーゲンの神がかったセーブに遭った。

「テア・シュテーゲンが窮地を救った。久保のシュートに対し、素早く足を反応させた」

 スペイン大手スポーツ紙『マルカ』は、端的に試合の潮目に捉えている。

 ラ・レアルはこの後もペースを握っていた。24分、久保は右サイドでミケル・オヤルサバルが収めたボールを受ける。一度は行く手を遮られたが、巧みにターンして左へ展開。これで一気にゴールに迫り、バレネチェアのシュート性クロスがファーポストをかすめていった。

【ガビ、ギュンドアンも加わり包囲網を】

<左で作ったら右で仕留める、右で作ったら左で仕留める>

 ラ・レアルが信奉する変幻自在の攻撃の中心に、久保がいたことは間違いない。30分前後には、久保が3度、4度とたて続けにコーナーキックを蹴り、際どい機会を作っている。対面したスペイン代表サイドバック、アレックス・バルデに対しては常にアドバンテージをとって、自慢の攻撃力も封じていた。つまり、「攻撃こそ最大の防御なり」で、これこそバルサイズムの根幹だった。

「タケにボールを持たれたら、アドバンテージをとられてしまう。サイドバックとしては、とにかく距離をとって、彼のアクションに反応するしかないよ」

 ラ・レアルの伝説的サイドバックだったアイトール・ロペス・レカルテは、そう言って久保と対峙するサイドバックたちの気持ちを代弁していた。

「自分は両方のサイドバックをやったけど、左サイドでタケと対戦することがあったら悩ましいだろうね。一発目でどう向き合うか、は大事で、勢いを止めないと後手に回る。でも、無理にいけばいきなりカードでハンデを背負う。難しい相手だよ。左利きだけど両足で繊細で大胆なプレーできるし、たくさんのオプションがあるからね。サイドバックの立場から言えば、周りと連携して守るしかなく、"タケ包囲網"を作るしかない」

 事実、バルサもガビ、イルカイ・ギュンドアンというMFが常に久保のカットインのコースを切ってきた。ファンタジスタのジョアン・フェリックスまでがプレスバック。包囲網を張っていた。

 だが後半も、久保はその網を突き破った。相手2人を引きつけ、中央で空いたブライス・メンデスのシュートを演出。また、マルティン・スビメンディの裏へのパスに呼吸を合わせ、左足ボレーでゴールを狙う。ショートコーナーからはダイレクトで速い軌道でストンと落ちるクロスを合わせる。あるいはバレネチェアが右でキープしたボールを拾い、そのままドリブルでゴールラインから折り返したクロスも惜しかった。

 ラ・レアルが作り上げた仕組みのなかで久保は躍動していた。スペースやタイミングを味方とし、連動のなかで高い技術を出す。プレーがオートマチックに展開し、バルサを凌駕した。

「タケはラ・レアルのベストプレーヤーのひとりだった。バルサディフェンス陣にとっては終始、"厄介者"だった」

 バルサ寄りのメディアである『エル・ムンド・デポルティーボ』も、そんな表現で賞賛するほどほどだった。

 終盤、ラ・レアルはオヤルサバル、バレネチェアを下げ、新たに2人を投入したが、これで流れを失った。交代選手も実力者が揃うバルサの物量作戦を浴び、たじたじとなる。最後は押し込まれて相手の技術の高さを出させてしまい、豪快にネットを揺らされた。

 久保は最後までピッチに立っていただけに、忸怩たる思いだろう。

「相手のほうが決定的チャンスを作っていた。でも、これがフットボールだ」

 一撃で試合を制したアラウホの言葉も、ひとつの真理と言える。バルサのスペクタクル伝説も、劇的な勝利を伴ったことで完結した。美しき敗者、というのはあくまで理念だ。しかしクライフなら、どちらの戦いを賞賛し、誰を褒めるだろうか。

 久保はレアル・マドリードに続いてバルサも苦しめており、進むべき道は示している。今はひとつひとつの戦いを踏み越えてくしかない。11月8日は、本拠地レアレ・アレーナでチャンピオンズリーグ、ポルトガル王者ベンフィカとのリターンマッチだ。