写真左から、大原侑也さん、浅井公一さん、前川孝雄

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「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング〜人を活かす先進企業に学ぶ」では、「上司力(R)」提唱の第一人者、FeelWorksの前川孝雄さんが、ユニークな取り組みをしている企業を訪問。経営者や人事責任者への対談インタビューを通して、これからの人材育成のあり方について考えていきます。

第1回は、NTTコミュニケーションズ株式会社を訪問しました。

経営戦略と人事戦略を、がっぷり組み合わせる

<社員の活躍とキャリア自律を大きく進めた『本物の1on1』の力/NTTコミュニケーションズ【人を活かす先進企業に学ぶ 第1回(3)】(前川孝雄)>の続きです。

●《お話し》大原 侑也さん(NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 部門長)/浅井 公一さん(NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 キャリアコンサルティング・ディレクター)●《聴き手》前川 孝雄(株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師)

前川孝雄 インタビューの最初でお話のあった、会社と社員のベクトルをシンクロさせていくためには、もちろん現場の上司や人事部署の役割が大きいものです。 しかし、これをさらに延長して考えていくと、経営ボードの改革も必要になると思います。会社としての方針を打ち立て、それを社員に腹落ちさせていくという、そのあたりはどのように考えていますか。

大原 侑也さん これまでは、経営と人事がやや離れていたという課題がありました。 そこで、2023年7月に、これまではなかった人事戦略部門を新たに立ち上げました。これまでの積み上げ型の人事ではなく、経営戦略と人事戦略をがっぷり組み合わせるためです。そのうえで、人材戦略会議というものを新たに立ち上げようと考えています。 弊社は、始めた事業を止めるのが下手な会社なんです。インフラの魂があるので、一度提供したサービスはユーザーが一社でも残っている限り続けねばならぬと考えてしまう。一度手を出したものの、畳む判断を出来ずに不採算事業が残るケースがあります。 そこで人材ポートフォリオを活用し、経営ボードが集まって、「次にこの事業を立ち上げ、100人を投入しよう」「そのためには、その分の事業を止めよう」と、判断もしやすくなります。

前川 そこで経営戦略と密接に関わらせながら、人事方針も決めようということですね。 私は昨今注目される「人的資本経営」への取り組みでも、企業として情報開示項目をどうするかなどに関心が向いており、根本である経営戦略と人事との関係などが疎かになっているように感じていました。御社の場合は、新しい人材戦略会議でその点がシンクロしていくことが期待されますね。

上司が「働く目的」を語れるようになること

前川 では、会社の経営戦略と人材育成方針が結び付いてくるならば、あらためてこれからの上司はどのような役割を自覚し、果たすべきでしょうか。

浅井 公一さん いかにして社員に働きがいを持たせるかだと思いますが、考えなくてはならないのは、働きがいとは何かです。 キャリアの話でよく引用される、レンガ職人の話がありますね。「私はこの会社で部長をやっています」ではダメですし、「私はSEでアプリ開発をしています」というのもダメです。たとえば「私はスマホ一つあれば、海外どこへでも行ける、そういう世界をつくっています」などと言えなければいけない。そういう考え方を管理職に定着させていくことが必要ですね。 また、それを、誰にでも分かりやすい言葉で言えないかと考えています。他社のキャッチフレーズに「あったらいいな、を形にする」とか「地図に残る仕事」といったものがありますけれど、とてもわかりやすいですよね。そうした言葉なら社員に響くし、それを聞くと働きがいが感じられる。そうしたものが欲しいですね。

前川 とても共感します。一時的なバズワードと誤解されがちですが、最近の言葉で言うとパーパスということかもしれません。 私は10年以上前から常々、働きがいのためには仕事の目的が重要と言っています。私たちが開講する「上司力(R)研修」で受講管理職に「あなたの仕事の目的は何ですか?」と尋ねると、目先の業績の数値目標を答える上司がまだまだ多いのが現実です。しかしそれは目的ではなく目標ですよね。長年組織の上から目標を示されて、しゃにむに取り組んできたため、「働く目的」を語れるようになるには、なかなか難しい場合があります。

浅井さん そうですね。目標は一度達成すればなくなりますから、永遠に続くことを目的にしないとだめです。

前川 また、社会問題に関心が高くなってきている今の優秀な若い人ほど、目的を重視していますからね。

理想の会社は「給料が安くても、ここに居たい会社」

前川 日本型雇用とされてきた企業の形は大きく変わりつつあり、個と組織の関係は大きな転換期に差し掛かっています。そうした中で、これからの人を育て活かす理想の会社像はどのようなものだとお考えですか?

浅井さん 「給料が安くても、ここに居たい会社」でしょうか。そのためには、繰り返しになりますが、本人の成長実感に対して、どういう投資ができるのか。また、「他へ行っても、また戻りたい会社」ということでしょうか。まさに、経営課題ですね。

前川 「うちは大企業ですよ」とか「これだけの社会的なステイタスがあります」では、もはやリテンションマネジメントができなくなっています。そうなった時に、いったい会社とはどうなっていくのがよいのでしょうか。

大原さん おそらく、心地よい居場所のようなものではないでしょうか。事業の柱のようなものはあるにせよ、冒頭に言った、社員が自分を自分らしくプロデュースできる会社であってほしい。そして、会社側が社員個人の側に寄り添い、個人の能力を最大化できるように後押ししてあげる必要があると思います。

前川 おっしゃるとおりですね。私も常々、人が育ち活躍する職場は「安心して働けるホーム」であるべきだと主張しています。梯子を外されたり、後ろから刺されるリスクがあったり、足の引っ張り合いが起こるアウェーな職場では思い切ったチャレンジができませんから。いわゆる心理的安全性です。

大原さん つまり、「誰もが、自己最高の体験ができる会社」でありたい。さきほど紹介した里親をされた方のように、自分が自己最高の幸せで楽しい状態になれば、自然と仕事の成果も上がります。プライベートにどこまで介在するか判断が必要ですが、その好循環を作り出してあげられるとよい。 社員の組織エンゲージメントと業績との明確な相関関係は誰にも測れません。でも、エンゲージメントが高まれば生産性が上がると経営幹部も信じているから、それを追いかける。結局そこに帰結するのかなとも思いますね。

部下から人気ナンバーワンの上司の取り組みとは?

前川 そうした理想の会社像を持つなかで、御社のような大組織であればなおさら、現場を束ねる管理者のあり方がとても重要になると思います。最後に、改めてお二人が考えるこれからの管理職に期待される役割や、理想の上司像について伺えますか。

浅井さん 以前にある部署で、AKBのように理想の上司の選抜総選挙をやりました。上位3人の上司だけを公表しましたが、一人、ぶっちぎりの人気ナンバーワン上司がいたのです。

前川 ぶっちぎりとはすごい。どういうタイプの方なのでしょうか。

浅井さん その人は早い時期から、自ら部下との1on1面談をやっていました。しかし、部下によって上司と距離を置きたい人や、頻繁に相談したい人などさまざまです。そこで、面談も月に1回15分の部下と、1日置きに30分行う部下など、相手に応じて変えているのです。部下面談となると、全員一律の頻度や時間にして、それが「平等」と考えがちです。そうではなく、相手の希望や状況に応じて「公平」に行うわけです。

前川 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(以下、DEI)で重視されるようになってきたエクイティ(公平性)を実践されていたのですね。

浅井さん また、その人は各地のコールセンター業務を本社の立場で指導する立場で、毎週地方センターに出張に出ます。その際、半日は会議などの用事を済ませ、もう半日は自らオペレーター席で第一線の顧客対応にあたるのです。 ですから、現場にアドバイスをする際も、現場スタッフが日々当面する実務や困りごとなど、すべて分かったうえで行います。「この仕事をこうしなさい」と言うのでなく、「私がこう行ったように、こうしては」と言える。だから、スタッフが信頼して「この人について行こう」となるのです。 さらにその人は、スタッフに研修をさせたり、飲み会をするなどは一切しません。それなのに、部下が自然と自己研鑽し、コミュニケ―ションを取り合い、成果を出し、成長していくのです。

前川 上司自身が率先垂範しながら、部下への内発的動機づけもできているのですね。

幸せとは?...人としての生き方に気づかせてくれる上司が求められている

浅井さん もう一例ですが、弊社のラグビーチームに外国人の名監督がいて、チームメンバーは皆その人について行きたいと言う。しかし、その監督は選手にラグビーの話は一切しないらしいのです。メンバーに訊くと、「人間たるものこうあるべし」との話は時々聞くが、ラグビーの指導は受けたことがない。でもそれが、自分たちの生き方にとって、とてもためになっているというのです。

前川 スキルを教えるのではなく、人としていかに充実して生きるかを支援できる上司ということですね。

浅井さん それが、究極の理想の上司像かなと思いますね。いろいろな人と面談を通じても、そう感じます。
大原さん 浅井さんの発言や姿勢に通じるのですが、それは「部下と本気で向き合うこと」に尽きるのではと思います。 「一生懸命、いい仕事ができていますか」「どんなことで悩んでいますか」と個別に、親身に問いかけられれば、ついて行きたくなりますよね。褒めて伸びる人もいれば、怒られて伸びる人もいる。さきほどの1on1の話しのように、多くかまってほしい人と、放っておいてほしい人がいる。そうした部下一人ひとりの特性を見極めながら接し、適切なフォローをしてあげられることが重要だと思います。

前川 お二人のお話は、共通していますね。部下は一人ひとり異なりますから、それに寄り添い、本人自身に気づかせて、幸せになれるよう支援する。それも、仕事だけではなく、人としてもということですね。 長年人材育成に取り組んできた私自身共感することばかりですし、実際に実践されているので、読者の管理職や人事、経営者の皆さんに勇気をもたらすことを確信しています。 本日は、本当にありがとうございました。

【プロフィール】大原 侑也(おおはら・ゆうや)NTTコミュニケーションズ株式会社ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 部門長2001年NTTコミュニケーションズ(株)入社。主にプロジェクトマネージャーとして公共分野のICT活用を推進。その後、飲食業界のITコンサルティング、ソリューションサービスの企画を経て、スマートエデュケーション推進室長として、学校教育・企業教育のDX化に従事。2023年7月より現職。社員のキャリア自律と対話協働する組織開発に取り組む。

浅井 公一(あさい・こういち)NTTコミュニケーションズ株式会社ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 キャリアコンサルティング・ディレクター企業内キャリアコンサルタントとして、ミドルシニアを中心に約3,000人のキャリア開発に携わり、面談手法を指導したマネージャーも1000人を超える。圧倒的面談量をもとに築き上げた独自のキャリア開発スタイルにより75%の社員が行動変容を起こす。共著に「ビジトレ」(金子書房)、キャリア支援者のための私塾「浅井塾」(HRラボ社)を開講。

前川 孝雄(まえかわ・たかお)株式会社FeelWorks代表取締役青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力〜「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。