トゥールーズで愛されるラグビーバー「Club Des Supporters Le Rouge & Noir」と名物ママ、ユゲットさん【写真:イワモトアキト】

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ラグビーW杯フランス大会 カメラマン・イワモトアキト氏のフォトコラム

 8日(日本時間9日)に開幕したラグビーワールドカップ(W杯)フランス大会。「THE ANSWER」は開幕戦から決勝戦まで現地取材するカメラマン・イワモトアキト氏のフォトコラムを随時掲載する。今回は日本代表のベースキャンプ地、トゥールーズにあるラグビーバーの名物ママの話。

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 壁や天井を埋め尽くすカラフルなジャージーやチームマフラー。棚にはサインボールや往年の名プレーヤーたちとの写真が飾られている。絶え間ない笑い声と紫煙の先に、この街のラグビーとともに生きる女性がいた。

 ラグビーの街トゥールーズ、地下鉄A線Saint Cyprien-Republique駅から徒歩1分、にぎやかな街中にポツンとラグビーバー「Club Des Supporters Le Rouge & Noir」はある。クラブチームのステッカーが無数に貼られたガラス戸を開き、中を覗き込むと小さなカウンターの向こうで女店主のユゲットと目があった。何かを思い出すかのように天を仰ぐ彼女の顔がパッと明るくなった。「久しぶり! よく来たわね」と、カウンター越しに笑顔で抱きしめてくれた。

 バーを訪れるのは2度目。昨年11月の日本代表欧州遠征の際、取材を兼ねて恐るおそるそのドアをくぐった夜が懐かしい。片言のフランス語とスマートフォンの翻訳機能を駆使して何度も質問を試みた。ユゲットは地元の強豪ラグビークラブ「スタッド・トゥールーザン」のサポーターズクラブの代表であり、この街のラグビー文化の生き字引。来るフランスW杯への展望や彼女自身の物語を聞くつもりだった。

 ただ、そのすべてが野暮だった。ラグビー取材のつもりが、話題はいつしか私の身の上話に。仕事のこと、家族のこと、将来のことを常連客とともにビールを飲み、語り合った。フランスの片田舎にいるのに、なぜかClub Des Supporters Le Rouge & Noirは行きつけの居酒屋やスナックのような、素の自分でいられる不思議な場所だった。

 自然とバーの空気に心と体が馴染んでいく。母親のように客たちを優しく見守るユゲットの姿に、彼女がこの店や街、そしてトゥールーズのラグビーに欠かせない存在であることを感じた。お互いが自然体でいられるときこそ、本当の姿が見えてくるもの。互いを知り、認め合う。ラグビーの本質がそこにある気がした。

 約10か月ぶりの再会を果たしたユゲットが、嬉しそうにカウンターの奥から何やら紙束を持ってきた。「日本のお客さんのために日本語のメニューを作ったの。これであってる?」と、和訳されたメニュー表を手渡された。『ビール』『マティーニ』『サングリア』。片仮名で書かれたメニューから温もりが伝わってくる。OKサインを出すと「日本が勝てばきっとトゥールーズは盛り上がるわ。楽しみね」と、彼女は嬉しそうに笑った。

「このお店には歴代のW杯優勝国のジャージーがあるわ。でも日本のジャージーはまだないの。でも近いうちに飾れるかしら」

 無邪気に問いかける彼女に「Bien sur(もちろん)」と答えると、隣の常連客がすぐさま「Non, France!」とビール片手に声をあげた。絶えることのない笑い声、ラグビーの街で飲むビールは格別だ。

■イワモト アキト / Akito Iwamoto

 フォトグラファー、ライター。名古屋市生まれ。明治大を経て2008年に中日新聞入社。記者として街ネタや事件事故、行政など幅広く取材。11年から同社写真部へ異動。18年サッカーW杯ロシア大会、19年ラグビーW杯日本大会を撮影。21年にフリーランスとなり、現在はラグビー日本代表、JAPAN RUGBY LEAGUE ONEオフィシャルフォトグラファーを務める。

(イワモトアキト / Akito Iwamoto)