オーストラリアワニ園で、人がケースに入りワニを間近に見るアトラクションを体験(写真:Kate Hudspith撮影)

武器を含むさまざまな文明の利器で地球を牛耳っている人類。だが、素手で戦うとなったら勝ち目のない相手も多い。例えば、日本ならヒグマ、海外ならライオンやトラ、カバやサイ、そしてゾウ。オーストラリア北部に生息するイリエワニ(ソルトウォータークロコダイル)もその1つといえるだろう。

オーストラリアにいるワニは2種類

ノーザンテリトリー(北部準州)の州都ダーウィン周辺には2種類のワニが生息している。1つは全長2〜3メートルのオーストラリアワニ(フレッシュウォータークロコダイル)。その名のとおり淡水に多く棲むが、海水の入り混じる汽水域にも生息する。

もう一方のイリエワニ(ソルトウォータークロコダイル)は、オスの全長は6メートルを超え、体重は1.5トンに及ぶこともある。


最大7メートルにも及ぶイリエワニ(写真:筆者撮影)

こちらも名前からして「海水のある入り江」にのみ生息していそうだが、汽水域はおろか淡水にもいる。性格はどう猛で、動物性の生物ならほぼ何でも食べる。鳥やトカゲ、ヘビ、魚、カメ、そしてサメ。さらには、氾濫原(雨季になると毎年必ず氾濫して現れる湖や湿原)やその周辺で飼われる家畜(水牛や牛)も狙われる。

日本の「ヒグマ」のような存在

そんな凶暴で健啖家なイリエワニたちは、日本でいえばヒグマのような存在。だから、彼らの生息域であるノーザンテリトリーやクイーンズランド州の北部の海や川は、遊泳禁止だ。さらには雨季で水かさが増した際に入ってきたイリエワニが残っていることもあるので、池や滝つぼなどでも遊泳が禁止されているところもある。

危険なイリエワニたちとは関わらないほうがいい。そんなことはわかっているのに「怖いもの見たさ」でつい近づいてみたくなる。

ユネスコ世界複合遺産に登録されているカカドゥ国立公園などでは、イリエワニや野鳥などを間近に観察できるクルーズ船が、たくさんの観光客を乗せて行き来する。


イリエワニを近距離で見られる「イリエワニ観察クルーズ」はダーウィン周辺の人気アクティビティーの1つ(写真:筆者撮影)

カカドゥ国立公園には色とりどりのハスの花が咲き誇り、美しい野鳥たちが飛び交う。まさに「地上の楽園」だ。


ハスの花は紫、白、水色などさまざま。見る人の目を楽しませてくれる(写真:筆者撮影)

そこに潜むどう猛なイリエワニ。そのギャップにゾクゾクする(もちろん、クルーズ船から眺めていればもちろん危険はない)。

だが、そんな「安全圏」からではなく、もっと近づいてみたくなるのが人間というもの。だったら動物園の檻とは逆に、われわれがケースの中に入ってワニが泳ぐ水槽に侵入したらどうだろう? 

おそらくそんな発想から生まれたのが、ダーウィンの街中に忽然と現れるワニと爬虫類に特化した動物園、クロコザウルスコーブ内の「ケージオブデス(死の檻)」というアトラクションだ。

世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」を主宰する筆者が今回、この「死の檻」を体験してみた。


「クロコザウルスコーブ(Crocosaurus Cove)」の入口。ちなみに「クロコ」は「ワニ」を意味する「クロコダイル」の略。「サウルス」は「ティラノサウルス」「ステゴサウルス」などの「強い肉食恐竜」のイメージをワニに与えたもの(写真:筆者撮影)

透明な筒に入ってワニの水槽へ

まずはイリエワニのいない水槽の上で、直径1.5メートル、高さ2.5メートルほどのアクリル製の筒に入る。


「死の檻」に入ったところ。筆者は向かって左側。サムズアップ(SNSの「いいね」のポーズ)をするなど、このあたりではまだ気持ちに余裕がある(写真:Kate Hudspith撮影)

その後、まるでゲームセンターの定番であるUFOキャッチャーのように横移動。ワニのいる水槽の上空に来たら、これまたUFOキャッチャーのようにゆっくりと降下していく。足元から徐々にワニに近づいていく。

そして、いよいよ筆者らが乗る「死の檻」は着水。床には無数の小さな穴が開き、横にも幅5ミリほどの小さなスリットがあるので、水面に着いた途端、水が室内に入ってくる。ワニが泳いでいるのと同じ水だ。

すぐに水槽内にいる2頭のワニのうちオスである1頭が近づいてくる。体長5メートル超。ちなみにその水槽にいるもう1頭はつがいのメスだ。メスは体長が2〜3メートルでオスの半分ほどにしかならない。それでも大きいが、オスほどの威圧感はない。


間近で見る巨大ワニの迫力は半端なくすごかった(写真:Kate Hudspith撮影)

ワニはものすごく縄張り意識が強い動物なので、つがいとはいえ同じ水槽で複数飼うことは珍しいんです。でも、この2頭は30年もいっしょにいるんです」。飼育員との会話を思い出した。

同じ水槽ならオスがメスを食う

「でも夫婦なんですよね? だったら縄張りも何もないでしょうに」

日本では家庭内離婚という言葉もあるがと考えながら、聞いてみた。すると飼育員はこう言う。

「普通、同じ水槽で飼ったらワニは奥さんでも食べちゃうんです」

絶句した。カマキリのメスが交尾の後にオスを食べる話は聞いたことがあるが、爬虫類でもそういうことがあるなんて……。

「そして別の奥さんを見つけます」

飼育員はさらっと言ってのけた。


「死の檻」に入る前の様子。飼育員は平然とアトラクションについて説明するが、結構怖い話が多い(写真:筆者撮影)

共食いするほどどう猛なイリエワニ。その水槽に筆者らが乗った「死の檻」は徐々に沈んでいく。足首、膝、腰が水に浸かる。そして止まる。

「フィーデングタ〜イム!」

来場者の1人がそんな陽気な冗談を飛ばすのが聞こえた。「エサの時間だよ〜」くらいの意味である。いい加減にしてほしい。

ワニがその言葉を理解するわけなどないし、私たちが本当にエサになることはない。だが、厚さわずか数センチのアクリル板を隔てて見るワニは大迫力だ。しかも、じっとはしていない。さすがにアクリル板を突き破る勢いで突進してくることはないものの、本当に獲物を狙うかのように私たちのまわりをゆっくりと回る。

そんな緊張感も2〜3分もすれば落ち着いてきて、至近距離で泳ぐワニを観察する余裕が生まれてくる。

ワニの皮膚は美しいが目は怖い

ワニの皮膚は傷一つ見当たらず、本当に美しい。ベルトやバッグなどに重宝される理由がわかる。一方で目は本当に不気味だ。そして歯。今までカカドゥ国立公園などでワニの顔のアップ写真も何度も撮っているが、改めて間近で見ると、多数生えている歯の大きさがバラバラなことに気づいた。


水中メガネを借りられるので、こんなアングルからワニを見ることも可能(写真:Michaela 撮影)

10分ほど経つと、いよいよ「フィーディングタイム」だ。檻に入ったままワニがエサに食らいつく様子を観察する。

飼育係が棒の先に牛の内臓の生肉をつけた長いロープを延ばし、ワニの顔の真ん中あたりでゆらゆらと動かし始めた。においを嗅がせるのだとしたら、なぜ鼻先でしないのだろうと一瞬訝しんだが、そういえばワニの鼻は口の先端ではなく、目のあたりにある。

飼育係は30秒ほどにおいを嗅がせたが、ワニは反応しない。空腹ではないのか、はたまた食指を動かされているのはアクリルの檻の中にいるもっと大きな獲物なのか。ところが、急に水面から飛び上がるようにしてロープの先端に噛みついた。


目の前での「捕食」する様子は大迫力(写真:Kate Hudspith撮影)

突然飛び上がってかぶりつく

次のエサは羽つきの鶏肉。これもまたすぐに噛みつかず、興味がなさそうなフリをしていたかと思ったら、突然飛び上がってかぶりつく。次のチキンフィート(ニワトリの足首から先)も同様に何気ないふうに泳いでいたのに、いきなりガブッ!

その様子を見て「据え膳に飛びつくのは、はしたないという美意識なのかな」と最初は考えた。だが野生のワニたちは捕食の前、水の中で目と鼻だけを出し自分の存在感を極力消す。そうして風景と同化しながら獲物にゆっくり近づき、射程距離に入ったところで一気に襲いかかる。

水槽の中でもそうした「狩りの作法」を踏襲しているのかもしれない。彼はまだ野生を忘れていない。

今回、この「死の檻」を体験したクロコザウルスコーブ(Crocosaurus Cove)は、入場料が大人1人38豪ドル(約3600円)。「死の檻(Cage of Death)」は入場料込みで大人1人185豪ドル(約1万7400円)。ほかに長い棒を使ってワニにエサやりをする「VIPツアー」もあり、これは入場料込みで大人1人89豪ドル(約8400円)。

動物園の檻の中で飼いならされている猛獣を見るのとは違う。そして野生の中で遠巻きに見るのともまた異なる。ほかではなかなか味わうことができない迫力ある体験だった。

(柳沢 有紀夫 : 海外書き人クラブ主宰 オーストラリア在住国際比較文化ジャーナリスト)