7月5日、ウィーンで開かれたOPECの会合。原油価格は下がりそうで、むしろ上昇する懸念も消えていない(写真:ブルームバーグ)

原油相場の下値が再び固くなりつつある。

5月以降、6月末ごろまでは世界の指標であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)価格(期近の8月物)は1バレル=70ドルの節目を何度も割り、下値を試そうという動きがあった。

これは強気の反動が出たためだ。一時は「経済活動の本格再開で中国の需要が急速に回復する」との期待が高まり、4月にはOPEC(石油輸出国機構)とそれ以外の主要産油国で構成される「OPECプラス」も大幅な追加減産を打ち出した。同月にWTI価格は一時80ドル台まで値を回復したものの、結局は買いの勢いが続かなかったためだ。

買いの勢いが続かなかった理由は明確だ。アメリカの連邦制度準備理事会(FRB)をはじめとした欧米の主要中央銀行が、高止まりするインフレを抑制するため、利上げ姿勢を崩さなかったためだ。

これで「世界的に景気の減速ペースが速まる」との懸念が上値を抑えたほか、中国の経済回復も期待ほど進まず、「むしろ一段と落ち込むのではないか」との懸念もあったためだ。

産油国の積極的な減産で「変化の兆し」

だが、ここへ来て変化の兆しもある。きっかけとなったのは、7月3日にサウジアラビアが日量100万バレルにのぼる自主的な減産について、期間延長の方針を打ち出したことだろう。

すでにサウジは、6月4日のOPECプラス会合で、現在の減産方針維持とは別に、7月から1カ月間の予定で日量100万バレルの自主的な追加減産を行うことを明らかにしていた。7月3日の発表はこの自主減産について、8月も継続する意向を示したものだ。

これに呼応する形で、ロシアも輸出や生産を日量50万バレル減少させる方針を打ち出した。UAEやクウェートなどのほかの湾岸産油国は減産を見送ったものの、もし今後も価格の低迷が続くなら、これらの国も含めさらなる大幅な減産が打ち出されることも十分にありうる。市場は「これ以上の価格下落を食い止め、相場水準を一段と押し上げる」という産油国の強い意志を、織り込み始めたのではないか。

もちろん、世界的な需要の伸び悩みに対する懸念も依然として根強い。だが、エネルギーは「生活必需品」としての特性があり、景気が悪化する中でも思ったほど需要は大きく落ち込まないものだ。

たとえ、相場を積極的に押し上げるほどの力強い需要の伸びが期待できなくても、サウジとロシアで日量150万バレルの減産が行われることの効果を打ち消してしまうほど需要が急速に落ち込むことも考えにくく、世界市場で需給逼迫することは避けられないだろう。

石油在庫はこの先、取り崩し傾向が強まりそうだ

そうした中、今後は石油在庫の推移にも、十分な注意を払う必要がある。
そもそも、欧米では昨年末からの記録的な暖冬が続いたことで暖房需要が減少、在庫は大幅に積み増しとなった。

しかも、昨年後半については特殊要因もあった。OECD(経済協力開発機構)諸国の民間在庫は、2022年前半には過去5年平均を大幅に下回る水準まで切り下がっていた。だが、アメリカが主導する形で戦略備蓄原油(SPR)を放出した影響もあり、同年後半からは民間で急速に積み増しが進み、今年前半にはほぼ平年並みに近いところまで回復してきた。こうした在庫の旺盛な積み増し圧力もまた、相場の重石となってきたのは間違いないところだ。

ところが、なんと、その在庫に関して「今後取り崩し圧力が強まる」との見方が浮上してきているのだ。

これは上述の産油国の減産による需給の逼迫対策ももちろんあるが、それよりも注目を集めているのが、「利上げ」や「金利高止まり」が在庫の取り崩しを促すというシナリオだ。

単純に考えれば、金利高止まりは景気減速や需要の落ち込みにつながるという点で弱気材料視されるべきところだ。だが、高金利継続は、石油在庫の保管や維持コストを押し上げる結果、業者は在庫を大量に抱えることを避けようとする。

もし石油価格が上昇基調にある時なら、相場の上昇によって維持コストなど簡単に賄うことができてしまう。だが、現在のような先高感があまりない相場ではそれもままならない。石油業者にコスト削減のため手持ちの在庫を処分しようとする動きが強まってくれば、足元の需給引き締まりと相まって、在庫取り崩しのペースが思った以上に速まることもありうる。

「在庫が取り崩されるのであれば、供給が増えるのだから価格は上がらないのでは」と思う方も多いだろう。

だが、そうではない。もし在庫の取り崩しがこうした予測どおりに進み、再び平年を大幅に下回る水準まで下がってくることがあればどうなるか。市場は突発的な供給不安に対して極めて脆弱になる。

ごく最近は原油関係であまり大きなニュースはないが、リビアやナイジェリア、イラク北部など情勢が不安定な産油国や地域では、いつ反政府勢力の破壊工作などによって石油生産が停止しても不思議ではない。

例えばイランに関しては、「アメリカとの間で核合意の交渉が進展している」との見方が、原油先物市場では弱気材料視されている。だが、一方では7月に入って「イラン革命防衛隊がペルシャ湾で商業船を拿捕した」などと伝わるなど、緊張状態は続いている。

ハリケーンなどあればすぐに価格上昇の「脆い構造」

さらに、この先はアメリカが本格的な「ハリケーンシーズン」に入ることで供給不安につながる可能性がある。

大型のハリケーンがメキシコ湾の生産施設を直撃、一時的にせよ生産が停止してしまうというリスクは9月末あたりまで、常につきまとう。

本来なら戦略備蓄原油というものは、こうした突発的な供給停止に対処すべく、各国に保有が義務付けられているものだ。

だが残念ながらアメリカのジョー・バイデン大統領は「ガソリン価格の抑制」という、目的からかけ離れた意図で放出した。そのため、民間の在庫は回復傾向をたどったものの、同国の戦略備蓄の水準は約40年ぶりの低水準にまで落ち込んでいる。もちろん、それでも今後深刻な問題が生じれば、戦略備蓄は放出されることになるのだろうが、それは将来の供給不安を一段と高めることにもなりかねない。

この先、在庫の取り崩し傾向が本格的に強まるようなら、先物相場は1バレル=70ドル台後半から80ドル台まで値を回復することになると思われる。もし今何か突発的な供給障害が生じることがあれば、さらに10〜20ドル急伸することがあっても、何ら不思議ではないと思われる。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(松本 英毅 : NY在住コモディティトレーダー)