オンテナは、振動と光によって音の特徴を体で感じるアクセサリー型の装置。髪の毛や耳たぶ、襟元や袖口などに付けて使う。音の大きさを振動と光の強さにリアルタイムに変換し、リズムやパターン、大きさといった音の特徴をユーザーに伝達する。さらに、コントローラーを使うことにより複数のオンテナを同時に制御でき、複数のユーザーに対してリズムを伝えることが可能(画像:富士通)

最近、注目されている「ソーシャル・イントラプレナー」とは、「社会課題を解決する社内起業家」のこと。企業が持つリソースや社会的影響力を活用して社会変化を生み出す、新しい時代の働き方です。そんな働き方を、どうすれば実現できるのか。富士通の社員として活躍するソーシャル・イントラプレナー本多達也氏の著書『SDGs時代のソーシャル・イントラプレナーという働き方』から一部引用・再構成してお届けします。

「ソーシャル・イントラプレナー」とは

「ソーシャル・イントラプレナー」という言葉を聞いたことはありますか? マージョリー・ブランズらが執筆した『ソーシャル・イントラプレナー 会社にいながら未来を変えられる生き方』(生産性出版)では、ソーシャル・イントラプレナーとは「社会課題を解決する社内起業家」と定義し、企業が持つリソースや社会的影響力を活用し、社会変化を生み出す、新しい時代の生き方として紹介されています。

私は富士通で、Ontenna(オンテナ)プロジェクトのプロジェクトリーダーを務めています。音の大きさを振動と光の強さにリアルタイムに変換して、リズムやパターンといった音の特徴をユーザーに伝えるアクセサリー型装置「オンテナ」の研究を大学生時代にろう者と一緒に始め、これを製品化するために2016年に富士通に入社。3年間のテストマーケティングを経て、2019年に製品化を実現しました。

私の場合、「ソーシャル・イントラプレナーになるぞ!」と思っていたわけではなく、「新規ビジネスを立ち上げる!」という命題があったわけでもありません。ただ、自発的にやりたいと思ったことに突き進み、振り返ってみると、いつの間にかソーシャル・イントラプレナーになっていたように思います。

オンテナは現在、全国聾学校長会に所属する8割以上のろう学校に導入されていて、発話練習やリズム練習を中心に活用されています。また、映画やスポーツ観戦、音楽ライブ、狂言などの様々なイベントにおいて、ろう者だけでなく、聴者の方々に対しても臨場感や一体感を与えるような新しい体験を生み出しています。

2019年の『24時間テレビ』では、浅田真央さんがオンテナを使用してろう学校の生徒たちとタップダンスを披露する様子が放送されたり、2020年には星野源さんの楽曲「うちで踊ろう」とのコラボレーションがNHKで特集されたりと、徐々に注目されるようになってきました。また、「グッドデザイン賞金賞」「Forbes 30 Under 30 Asia」「MIT Innovators Under 35 Japan」「全国発明表彰『恩賜発明賞』」をいただくなど、少しずつ評価していただけるようになってきました。

企業で社会課題をテーマに新規事業を立ち上げようとしている人たち、大学や企業で取り組んでいる研究を社会に広めたい人たち、社会問題に対して自分がやりたいことの一歩が踏み出せない人たちにとっても、ソーシャル・イントラプレナーという働き方が参考になるかもしれません。

一般的な会社員と何が違うのか?

ソーシャル・イントラプレナーは、一般的な会社員のように、上司や先輩からの指示を待ち、少しずつ仕事を覚えるのではなく、何をやるのかを自ら考え、やるべきことを自分自身で決定し、行動する必要があります。

私が富士通に入社した時点では、オンテナのプロジェクトメンバーは私1人だけでした。私はポツンと空いていた席に座り、周りはそれぞれのプロジェクトで忙しそうにしているという状態でした。誰かが何かを指示してくれるわけではないので、メンバー集めからスケジュール管理、予算管理やネットワーク形成など、自ら主体的に考え、動かなければなりません。報告資料や稟議といった事務作業など、「正直、自分がやらなくてもいいのでは」と思うタスクも、自分自身で行う必要があったため、時々心が折れそうになることもありました。

逆に言えば、自分がやりたいと思ったことは、自由に行動することができる環境が整っていました。例えば、「このようなプロトタイプを作りたい」「こういったイメージのプロモーションビデオを撮りたい」というアイデアを思いついたら、実行するかどうかは私自身で決めることができます。

感謝すべきは、入社したばかりの私に、リポートライン(報告経路)のトップが予算と決定権を与えてくれたことです。総合デザインセンターという組織のセンター長直下に所属し、基本的には私がやりたいということに対して応援してくれ、予算を使わせてもらうことができました。

総合デザインセンター長には隔週で、常務には月に1度くらいのペースでプロジェクトの報告をする機会が与えられました。まだ売るものもない状態だったので、評価の指標は、社会的インパクトや人的ネットワーク構築など。「どのくらいの数のメディアに掲載されたか」「SNSでどの程度注目されたか」「新しい団体や人物とのリレーションをつくることができたか」といった内容を社内で報告していました。

加えて「オンテナを見て富士通に入社しました」と言って入ってきた新人がいることを人事から教えてもらい、リクルート効果についても社内でアピールするようにしていました。おそらく会社側も、私とオンテナをどのように評価をしたらいいか、定まっていなかったのかもしれません。幸い、グッドデザイン賞などの外部評価を獲得することができたため、社内の評価も少しずつ上がっていきました。オンテナを会社のブランディングの一環として活用する動きが高まり、会社のパンフレットやウェブサイトなどでも紹介してもらえるようになり、プロジェクトを存続させることができました。

メリット、デメリットは?

一般のアントレプレナー(起業家)と比較したとき、社内リソースを活用できることがイントラプレナーの大きなメリットの1つです。エンジニア、デザイナー、マーケターといったプロフェッショナルから、企業特有のものづくりのノウハウまで、プロジェクトを推進させるためのリソースとして活用することが可能です。さらに、企業のブランド力も生かすことで、初対面の方に協力をお願いしやすいというメリットもあります。オンテナのテストマーケティングで全国のろう学校を訪問したときも、「富士通の本多です」と自己紹介することで、スムーズに話を進めることができました。

また、企業が既に持っているネットワークも活用できます。私が富士通のオリンピック・パラリンピック関連部門に所属していた時期には、Tリーグや能楽協会といった、なかなかリーチすることのできないステークホルダーの方たちとコラボレーションすることができました。

「なぜベンチャーとして起業しなかったのですか?」といった質問を多く受けます。おそらくオンテナのようなプロジェクトは、ベンチャーでは量産化までたどり着かなかったかもしれません。ベンチャーでは資金調達のために、自分たちがやりたいことよりも、請負の仕事を優先してしまうという話もよく耳にます。さらに、ハードウエアを開発するベンチャーとなると、もともと量産するためのノウハウが少ないうえに、特許や著作権といった権利関係のケアも必要となります。

グッドデザイン賞や全国発明表彰といった大きな賞に応募するときも、企業には申請ノウハウが蓄積されていたり、出展費用を企業が負担してくれたりといったメリットもあります。もちろん、毎月の給与も支払われますし、福利厚生も適用されるため、心理的安全性を保つことができます。

一方、ソーシャル・イントラプレナーのデメリットは、ベンチャーのようなスピード感をつくり出すのが難しいことです。何かを発注するには関連部署への確認や発注作業の事務手続きに数週間は必要ですし、金額が大きくなると稟議も必要となります。

トップダウンで入社できた私でさえ、いわゆる社内政治を考慮する必要があり、「あの人に話すためには、まずこちらの人にネゴシエーションを取ってから」といったやり方をする場面もありました。企業特有の作法や暗黙のルールのようなものがあり、そこに対してはフラストレーションを感じることもあると思います。

ソーシャル・イントラプレナーが果たす役割

ソーシャル・イントラプレナーは、社会課題解決だけでなく、会社の価値を押し上げることのできる存在だと思っています。SDGs(持続可能な開発目標)やESG投資が注目される中で、社会課題へのチャレンジは企業価値を上げるためのチャレンジにもなります。そのため、ソーシャル・イントラプレナーは、社会課題へのアプローチはもちろん、自分が所属する企業に対してもプラスとなる価値や効果を常に考え続ける必要があります。


2016年度グッドデザイン賞授賞式での筆者(写真:富士通)

会社のパーパスとプロジェクトの方向性を合致させ、企業にどのような価値を生み出すことができるのか。それらを見極めることで、たとえ多くの利益を出さなくても企業としてプロジェクトを存続させるための理由を見いだすことができます。

また、ソーシャル・イントラプレナーは、既存事業に従事する人々にもプラスの影響をもたらすことができると思います。オンテナプロジェクトでも、技術者の人から「普段は見られないユーザーの喜ぶ顔を見られて、とてもうれしかった」といった声や、特許部門の人から「オンテナのようなプロジェクトに関われて誇らしい」、営業の人から「オンテナのおかげで新たなネットワークを獲得できた」といった意見をいただくことができました。

そして、社内で社会課題にチャレンジするソーシャル・イントラプレナーの存在は、社内の人々が「自分もできるかもしれない」「チャレンジしてみたい」といった気持ちになるきっかけになり得ると考えています。多くの人たちのチャレンジは、会社を良い方向に動かし、社会課題解決のための大きな一歩になります。

ソーシャル・イントラプレナーとSDGs

SDGsは、企業でも注目されるようになりました。環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して投資するESG投資などの文脈も、社会課題解決にチャレンジする人たちの追い風になっています。社会課題解決のために自らが起業するというのも一つの手段ですが、マネタイズの問題にすぐに直面してしまい、本当に自分がやりたかったことに100%の力を注げないということも出てくるかもしれません。

成果が出るのに時間のかかる社会課題の解決に向けたチャレンジこそ、比較的体力のある企業だからできることであり、ソーシャル・イントラプレナーとSDGsは良いペアリングのような気がしています。ソーシャル・イントラプレナーを育てることは、企業にとってもブランディングや人材採用につながることはもちろん、新しいビジネスチャンスに挑戦する良いきっかけにもなると思います。


このように振り返ると、私がソーシャル・イントラプレナーとしてプロジェクトをすんなりと進めてこられたように見えますが、実際には毎日がむしゃらに動き回りながら、何度も壁にぶつかっていました。私は、プログラミングが突き抜けてできるわけでもなければ、3Dモデリングや電子工作が得意でもない。マーケティングやブランディングに関しては、まるっきり素人でした。それでもオンテナを世に出したいという思いだけは人一倍強く持ち続けていました。

自分の思いを発信すると、できないことを手伝ってくれる人が現れます。社会課題に対してチャレンジしたいことをお持ちの方は、どんな形でもいいので、ぜひ社内に発信してみてください。きっと周りにいる誰かが力になってくれるはずです。一方、身近に感じる社会課題がないという方も多くいらっしゃると思います。そんな方は、近所のボランティアやSDGs関連のイベントに参加してみることをお勧めします。住んでいる地域のウェブサイトには、様々なボランティアやイベントの情報が掲載されています。

現場に行ってみると課題に気づいたり、当事者に会って会話をすることで、遠い存在だったことが身近に感じられたりするようになると思います。

(本多 達也 : 富士通 Ontennaプロジェクト リーダー)