スポーツ観戦の心理的な影響は?

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 プロ野球やサッカー・Jリーグなど、スポーツ観戦が楽しい季節です。観戦時にひいきのチームが勝って喜ぶときもあれば、負けて落ち込むこともあるでしょう。特にプロ野球の場合、シーズン中はほぼ毎日試合が行われるため、一喜一憂する機会が増えます。ひいきのチームが負け続けていれば、気分が晴れない状態が続くと思います。

 スポーツ観戦をすると、心理的にどのような影響があるのでしょうか。大阪カウンセリングセンターBellflower代表で、臨床心理士・公認心理師の町田奈穂さんに聞きました。

男性ホルモンの分泌に影響も

Q.そもそも、スポーツ観戦をすると、心理的にどのような影響があるのでしょうか。

町田さん「スポーツを観戦すると、脳内で快楽ホルモンである『ドーパミン』の分泌が促されるため、やる気が出たり、幸福感を覚えたりするようになります。また、スポーツ観戦を通じて、人が感化されることが過去の研究で明らかになっています。

スポーツ観戦の心理を考える上で押さえておきたいのが、ウィナーズ・エフェクト(勝者効果)です。アメリカの研究では、テニスや柔道の試合で勝利した選手は、試合後に男性ホルモンの一種である『テストステロン』の値が高まり、その後、維持されたことが明らかとなっています。テストステロンには、骨や筋肉を作ったり、体脂肪を減らしたりする働きがあります。また、勝気さやチャレンジ精神といった精神的な行動の源にもなっています。

大切なのは、このウィナーズ・エフェクトが勝った選手だけでなく、観戦者にも見られるということです。1994年にアメリカの大学で、FIFAワールドカップアメリカ大会決勝の観戦者を対象に観戦前後のテストステロンの値を調べた研究があります。この研究では、優勝したブラジルファンのテストステロン値が上昇した一方で、負けたイタリアファンのテストステロン値が低くなっていたというのです。

このことから、プロ野球などの試合を半年程度観戦し続けた際に、応援しているチームの負けが続いた場合、テストステロン値に影響を及ぼす可能性が考えられるでしょう」

Q.では、スポーツ観戦時は心理的にどのような状態なのでしょうか。

町田さん「観戦者は、選手の感情を同じように経験している状態といえます。例えば、プロ野球の試合で、選手がチャンスで打てなければ自分も悔しく思う一方で、選手がホームランを打てば自分も達成感を感じることがあるでしょう。

このように、自身も試合に出たかのような体験をすることを『代理経験』といい、これは共感性を高めるために大切です。共感性とは、他者の情動状態を知覚した際に生じる代理的な情動反応といわれており、他者の理解を深め、円滑な対人関係の形成の基礎となるものです。現在、社会的なスキルの一つとして注目されています。

もちろん、チームが勝って熱狂することもあれば、連敗で気分の落ち込みが続くこともあるでしょう。その影響で、一時的に精神的に不安定となることがあると思いますし、先述のテストステロンの値が低くなることもあるでしょう。

しかし、イギリスのスポーツ心理学者が、『勝敗を問わず、スポーツ観戦そのものにうつや不安の症状を軽減し、人を行動的、社交的にする効果がある』という内容の調査結果を発表しており、スポーツ観戦の影響だけで心理的に不安定な状態が続くと考えることは難しいでしょう」

Q.海外では、スポーツの観戦後に観戦者の一部が暴徒化するケースがありますが、このとき、どのような心理が働いていると考えられますか。

町田さん「スポーツ観戦の代理経験から得る感情の高ぶりは、勝利の達成感だけではありません。もちろん、負けた際の悔しさや怒りなど、負の感情も経験されます。そして、これらの感情は、競技場でファン同士が応援することで、周囲に感染するように広まります。これにより、脳細胞の一種である『ミラーニューロン』が活性化され、さらなる気持ちの高ぶりが生じます。

つまり、応援していたチームに対する怒りの感情は、特に競技場など、同じチームを応援する人同士が集まっている場ではさらに大きくなりやすいのです。

実際に、2022年10月にインドネシアのサッカースタジアムで、試合終了後にサポーターらがグラウンドに侵入して暴動となり、多数の死者が出る痛ましい事件がありました。事件のきっかけの一つが、23年間負けたことのない相手に負けたことにより、サポーターの一部が暴徒化したことだといわれています。サポーターの暴徒化による同様の事件は、1985年のサッカーの欧州チャンピオンズカップ(当時)決勝などでも起きています。

『赤信号、みんなで渡れば怖くない』という言葉があるように、人は集団で何かを判断する際、より危険でリスクの高い選択をしてしまう『リスキーシフト』といわれる心理状態に陥ります。つまり、場の雰囲気に流されやすく、極端な判断をしやすくなり、過去のような痛ましい事件が起こってしまうと考えられます」

心を落ち着かせるには?

Q.スポーツ観戦後、心を落ち着かせるのに効果的な方法について、教えてください。

町田さん「『スポーツ観戦後、とにかく興奮が収まらない』というときは、身体感覚に訴えかけましょう。『頭を冷やす』という言葉があるように、冷たい水で顔を洗ったり、冷えた飲み物を額や首元に当てたり、冷えた飲み物を飲んだりするなど、冷たい刺激によって気分が変わり、心を落ち着かせることができます。

他にも、心を落ち着かせる呼吸法や、現在起きている状況に注意を向ける『マインドフルネス』を取り入れることで、リラックス感を得ることが可能です。肩や手足など、力を入れたり、抜いたりといった動作を繰り返す『筋弛緩法』の実践も効果的でしょう。競技場で観戦後の興奮には、ファン同士で話すことのほか、競技場の最寄りの駅から1駅分歩いてみるなど、体を動かすことによっても心を落ち着かせることができます」

Q.スポーツ観戦後にどうしても結果が気になったり、興奮が収まらなかったりする場合、どのような原因が考えられますか。

町田さん「大人の世界では、人間関係など、さまざまな社会的場面で『はっきりさせない』、いわゆるグレーな状態にあることが求められる傾向にあります。このようなはっきりしないグレーなコミュニケーションは、人にとって大変ストレスフルな状態です。

そのため、はっきりと結果がつくスポーツを観戦すると代理経験にハマりやすく、心理的効果を感じやすいといえます。勝利のために努力を重ねてきた選手やチームが勝利することで、観戦者は日常生活のモヤモヤを代わりに解消してくれるような快感を得ることができるのではないでしょうか。日常生活では、スポーツ観戦のように手軽にドーパミンの分泌がなされる機会はなかなかないでしょう。

ドーパミンは、依存症に関わっているといわれています。人はハラハラしたり、高揚したりするとドーパミンが分泌されますが、普段の生活でこうした経験が少ない人は、ドーパミンの分泌量が少ないため、ギャンブルなど、ドーパミンが多く分泌されるものに極端にハマりやすい傾向にあります。そのため、スポーツ観戦時にチームの勝ち負けに強くこだわったり、チームが負けた際の怒りや悲しみが長く続いたりすると考えられます。

そこで、まずは日常生活の中で、これまで気になっていたけどやってこなかったことに挑戦したり、趣味を見つけて活動したりしてみるのはいかがでしょうか。スポーツ観戦以外にハラハラや好奇心を持って取り組むことがあれば、スポーツ観戦後の興奮に縛られる時間は短くなると考えます」