レオパルト2もブラッドレーも敵わぬ“穴” 地味でも手強いロシアの「工兵」は何者か
ロシア・ウクライナ戦争では、欧米の援助を受けたウクライナ軍の戦車などにも大きな損害が出ているようです。その主因は、地勢を活かしたロシア軍の工作。地雷敷設や塹壕構築を担う工兵が、着実に防御点を固めているのです。
野戦築城の専門部隊「工兵」
ウクライナのゼレンスキー大統領は2023年6月10日、ロシアへの反転攻勢を既に開始していることを明らかにしました。西側から供与された期待のレオパルト2戦車やブラッドレー歩兵戦闘車などを投入して、満を持しての反攻ですが、進捗ははかばかしくないようです。
SNS上には、レオパルト2とブラッドレーがまとめて撃破、擱座(かくざ)している画像が投稿されています。このようになった詳細な状況は不明ですが、地雷をかき分けることのできる工兵車を先頭にしていた戦車と歩兵戦闘車が、地雷原の啓開前進中に集中攻撃を受けたようです。
6月のウクライナ軍の反攻作戦で撃破されたレオパルト2A4とブラッドレー歩兵戦闘車(画像:VOIN DV テレグラム動画よりキャプチャー)。
戦車や装甲車は外見の押しの強さから話題の中心になりますが、地形を利用し、地雷原や塹壕、障害物などで緻密に構築された防御陣地を突破するのは、レオパルト2といえど困難です。そうした防御陣地を主に構築するのが、野戦築城の専門部隊である工兵です。
彼らは建築土木を行うほか、逆に爆破などの破壊も行う、ユニークな専門家集団です。イギリス戦争研究所のレポートでも、ロシア軍工兵の仕事ぶりは高く評価されており、先述の戦果は工兵のおかげともいえます。
南部ウクライナの地勢は「オープンフィールド」であることが特徴です。SNS上には、ドローンによって空中撮影された動画が多く投稿されていますが、開けた畑や野原、その間にある未舗装道路の際には木立が茂り、高地や道路の結節点など重要な地形には集落が点在していることが分かります。
ロシア軍はこの地勢を上手く利用して防御点を巧みに構築しています。夏になると生い茂る道路際の木立は、部隊や陣地を空中偵察から隠すには好都合で、そこから開けた畑や野原を広く射界に収めることができます。集落は監視や火点、兵站、そして障害物として利用されています。
心理的ダメージも与える地雷原
ロシア軍は基本、攻勢指向の性格ですが、防御を軽視しているわけではなく、教本(マニュアル)では前進を停止したらすぐその場に塹壕を掘り、占領している間は工兵の支援が無くとも常に補強を続けるように規定されています。陣地をいったん確保すれば、12時間である程度の塹壕を完成させます。ウクライナ軍は欧米から兵器を受け取り、そして兵士を訓練し、時間をかけて反攻を準備してきましたが、これは同時にロシア軍にも防御を固める時間があったことを意味します。
ロシア軍が大量に使用していると思われるTM-62M対戦車地雷。圧力信管で7.5kgの爆薬を炸裂させる。人が乗った程度では作動しない(画像:ポーランド国防省)。
こうした防御点からロシア軍を追い出すには、歩兵と戦車や装甲車、砲兵、航空戦力の諸職種の連携が不可欠ですが、オープンフィールドを前進せざるを得ない戦車や装甲車は目立ちます。地雷原の啓開作業は、専用機材を持つ工兵車両が、敵に探知されて反撃を受ける前に奇襲的に行うのが一番効率的ですが、現代ではドローンが常に地雷原を監視しており、奇襲はほとんど不可能になっています。
ウクライナでは、地雷原が数千平方キロメートルにわたって敷設されているといわれます。地雷原は処理されても再敷設が比較的簡単ですし、啓開したように見えてもそれが完全かは保障できません。疑心暗鬼になったウクライナ軍の前進速度を鈍らす効果は高く、そもそも敷設されているらしいとの情報だけでも心理的に行動が制約される厄介な代物です。
こうした地雷原を突破するには、砲兵や航空戦力の支援のもと、地雷処理車を先頭に損害覚悟で力押ししていくしかありません。ただし続行する戦車や歩兵部隊も啓開された狭い通路に集まらざるを得ず、しかもロシア軍の防御点は木立や丸太で隠されており発見は困難で、ウクライナ軍は自由の利かない地雷原の中で不意急襲を受けるリスクがあります。そこを攻撃されれば、冒頭のような惨状となってしまうわけです。
「HIMARS」で更地にできないか?
ザルジニーウクライナ軍総司令官は、6月30日のワシントンポスト紙で「我々はパレードのためにレオパルトを受け取ったわけでもなければ、政治家や有名人が横に立って記念撮影をするために揃えてもらったわけでもない。レオパルトは戦闘に使用するためであり、そうなれば戦場において標的になることは当然なのだ」と語っています。
フィンランドから供与されたレオパルト2R地雷除去戦闘車(画像:フィンランド陸軍)。
防御を固めた敵陣に損害覚悟で突撃せざるを得ないというのは、100年以上前の第1次大戦の頃と変わっていないことに戦慄します。当時は防御点を落とすのに力押し突撃ではなく、少人数で密に侵入して弱点を探りながら敵の塹壕を掃討する「浸透戦術」が取られていました。一部ウクライナ軍は現在もこの戦術を使っているようですが、高い練度と他部隊、職種との連携、偵察通信能力が必要でどの部隊でも実行できるわけではなく、戦局を好転させるほどの効果は上がっていないようです。
ただ、実はもっと簡単に防御点を制圧する方法があります。圧倒的な砲兵火力で大量の砲弾を撃ち込んで地雷原を掘り返し、防御点を隠す木立を吹き飛ばし、集落の建物をなぎ倒して更地にしてしまうのです。かなり乱暴な戦術ですが、無尽蔵に砲弾があれば可能です。高精度のロケット砲システム「HIMARS」などが話題になりますが、従来の大砲にも仕事はたくさんあるのです。しかし実際には、砲兵に必要十分な砲弾が供給された例は戦史でもほとんどありません。
ウクライナ軍の反攻がどこまで進捗しているか判然とせず、期待の西側戦車の活躍はあまり聞こえてきません。ロシア軍工兵は目立たず地味に確実な仕事をしているようです。