“社畜”状態の38歳夫、うつ病→ひきこもりに 家計破綻の大ピンチ 崖っぷち一家が再起に向けた“秘策”
筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。
「ひきこもり」と聞くと、学生時代に不登校などが原因で自宅にひきこもり、その後、就労経験がないまま年齢を重ねていくケースをイメージする人が多いと思います。ただ、浜田さんは、家庭を持ち、会社で責任のある地位に就いている男性が、仕事の過度なストレスによってうつ病を発症し、ひきこもりのような状態に陥ってしまうケースもあると言います。
もし一家の大黒柱がひきこもり状態になってしまったら、家計の収入に大きなダメージを与えてしまいます。収入を確保するために、どのような方法が取れるのでしょうか。子どもがいる30代夫婦の事例を基に、浜田さんが解説します。
早朝から深夜まで働いていた夫
「うつ病を発症した夫(38)について相談したい」と、私の元を訪れた妻(36)は、胸の内にある不安を口にしました。
「夫は会社員のときにうつ病にかかってしまい、1年ほど前に退職しました。退職後は社会との接点をほとんど持たず、まるでひきこもりのような生活になってしまいました。子どもは5歳の男の子が1人いて、これからはお金がかかります。ですが、夫は正社員で復職するめどが立っていません。わが家はお金に余裕がないので、一体どうすればよいのか分からなくなってしまいました…」
何か対策を立てられないかと考えた私は、もう少し詳しく事情を伺いました。
夫は大学卒業後、IT企業に就職し、システムエンジニアとして働いていました。仕事は多忙を極め、平日は午前7時には出社し、午後11時過ぎに帰宅。休日出勤も多くあったそうです。
35歳のときにプロジェクトリーダー(業務責任者)になり、自己の業務以外にも、部下の管理監督や部下のミスのフォローのほか、顧客先でのトラブル対応や謝罪など、ストレスの多い環境に身を置いていました。自宅でも仕事のことが頭から離れず、夜もよく眠れなくなり、食欲も落ちていってしまったそうです。
妻は夫のために朝食も夕食も準備していましたが、夫は「疲れていて食欲がない」と言うばかり。朝食は食べず、昼食はコンビニの弁当を半分くらい、夕食はおつまみを少し食べてお酒を飲むといった食生活になっていきました。食生活の乱れから、体重はみるみる減少し、明らかに不健康な見た目となってしまったそうです。
心配した妻は「少し仕事を休んだ方がよいのではないか」と夫に持ちかけましたが、責任感が強かった夫は仕事を休むことはしませんでした。
出勤途中に異変
不調を抱えながら多忙な日々を過ごしていたある日、夫は、出勤のため駅に向かっている途中、いつものように仕事のことを考えながら歩いていたところ、急に動悸(どうき)が激しくなり、あまりの息苦しさにそのまま道にしゃがみこんでしまったそうです。
「何かがおかしい」
夫はそう感じましたが、そのまま駅へ行き、電車に乗りました。しかし、車内で再び強い息苦しさに襲われてしまい、いてもたってもいられずに途中下車。結局、その日は出勤することができませんでした。
「会社に迷惑をかけてしまった。明日は早めに出勤しよう」
そう思った夫ですが、翌日の朝、玄関で靴を履いた後、なぜか急に体が動かなくなり、玄関から一歩も外に出ることができなかったのです。玄関で呆然(ぼうぜん)とたたずむ夫を発見した妻は、夫を説得して自宅近くの心療内科に連れて行きました。
医師からは「ストレスによる症状だと思います、しばらく仕事を休んだ方がよいでしょう」とアドバイスを受けました。医師の指示に従い、夫は会社を休むことにしました。
しかし、有給休暇を全部消化するまで休んでも復職することができませんでした。有給休暇をすべて消化した後は、病気やけがのために会社を休み、会社から十分な給料が支払われないときに健康保険から支給される「傷病手当金」を受給して休養しましたが、うつ状態はなかなか改善しませんでした。
「これ以上、会社に迷惑をかけることはできない」
そう判断した夫は、会社を退職しました。
退職後、無気力状態が悪化してしまった夫は、1日のほとんどを横になって過ごし、外に出ることはありませんでした。そのような夫の姿を見て、「まるでひきこもりのような状態になってしまった」と妻は心を痛めていたそうです。
現在、傷病手当金は月に26万円ほど出ています。それでも、妻は「少しでも家計の足しになれば」とパートに出ることにしました。しかし子どもは小さく、夫のケアや家事もしなければならないので、長時間働くことはできません。そのため、妻のパート収入は月に6万円ほどです。間もなく傷病手当金の支給が終了してしまうので、このままだと家計は危機的状況に陥ってしまいます。
もちろん、夫もこのままでよいとは考えていません。「仕事をしてお金を稼がなければならない」という気持ちはあるようです。しかし、正社員になりフルタイムで働くといったことを考えただけで不安が強くなり、「動悸が起こる」「体が震える」「よく眠れない」といった状態に陥ってしまうのでした。
夫がパートで働くことも検討してみましたが、その場合の収入は月に10万円くらいで、傷病手当金の支給が終了してしまうと、とても親子3人の生活費を支えることはできそうにもありません。
「一体どうすればよいのか」
夫は、妻にお金の不安を日々訴えるようになりました。
収入源は1つだけとは限らない
事情を把握した私は、妻に次のような提案をしました。
「お金に関する不安があるようでしたら、障害年金と障害者雇用による就労の組み合わせで収入を得る方法もあります。それぞれの収入が心もとなくても、2つを組み合わせることで何とかなるかもしれません。なお、ご主人が初めて病院を受診した日は、会社員のときで厚生年金に加入していたので、障害厚生年金を請求することになります」
「そのような方法もあるのですね。仮に夫が障害厚生年金をもらえることになった場合、いくらになるのでしょうか」
「障害厚生年金の額は、今までの給与や賞与を基に計算されます。正確な金額を出すのは難しいのですが、概算であれば試算可能です」
「大まかな金額で構いません。お願いします」
夫の今までの年収を平均すると500万円ほどになるとのことなので、その金額を基に私は大まかな年金額を試算しました。
■障害厚生年金の3級に該当した場合(月額換算。100円未満切り捨て)
約4万9600円
■障害厚生年金の2級に該当した場合(月額換算。100円未満切り捨て)
障害厚生年金 約5万7000円
配偶者加給年金額 約1万9000円
障害基礎年金 約6万6200円
子の加算額 約1万9000円
障害年金生活者支援給付金 約5100円
合計 16万6300円
金額を見た妻は言いました。
「障害厚生年金の3級と2級では金額に大きな違いがあるのですね。夫が2級に該当すると、家計的にもかなり助かるのですが…。その辺はどうなのでしょうか」
「障害厚生年金の何級に該当するかは、結局のところ請求してみないと分かりません。何級に該当するかは、医師の書く『診断書』とご主人または代理人が書く『病歴・就労状況等申立書』の2点で主に判断されます。それぞれの書類には、ご主人の日常生活の困難さを記載することになっています」
そこまで説明した私は、妻から夫の日常生活の様子を聞き取りました。夫は自分で食事の用意をする気力が湧かず、食事全般を妻に頼っています。食べる量は少なく、おかゆを茶碗半分だけ食べるのが精一杯のときもあるそうです。入浴は1週間に1回から2回程度で、下着の着替えは1週間に2回から3回です。掃除や洗濯をする気力が湧かず、すべて妻に頼っています。
外出する気力も湧かず、日常生活で必要な物は妻に買ってきてもらっています。また、頭がぼーっとしてしまうことがあり、蛇口の温度設定が高温になっていることに気が付かずに手をやけどしてしまったこともあったそうです。
聞き取った内容をメモした後、私は妻に視線を向けました。
「今お話しいただいたような内容を、もっと多く、もっと具体的に文書にまとめていくことになります。書類作成が大変なようなら、私(筆者)が代わりに作成することもできます。もちろん、ご主人の同意が必要になりますが」
「それは心強いです。夫が自分で書類を作成することは難しいでしょうし、私(妻)も仕事や家事、育児で時間に余裕がないので、とても助かります。夫にも専門家に協力してもらえることを伝えてみます」
面談後、夫から同意を得られた私は、障害厚生年金に必要な書類をそろえ、請求を完了させました。
請求から4カ月が過ぎた頃、妻から障害厚生年金の2級が認められたとの報告を受けました。夫は年金収入が得られたことに安心し、心が少し軽くなったようです。気持ちも前向きになり、現在は就労支援を受ける準備を進めているとのことでした。
夫が再就職に向けて動き出すことができたことに対して、私はうれしく感じました。