居酒屋が苦戦したコロナ禍、ワタミグループではいち早く焼肉店の可能性を読み取り2020年10月から「焼肉の和民」の展開を開始。同チェーンのビジネスモデルの核となっているのが「特急レーン」。タッチパネルで注文すると自動で商品が運ばれてくる(筆者撮影)

コロナ禍に突入した2020年、居酒屋チェーンの「和民」がいきなり「焼肉の和民」の看板を掲げ始めた。

当初は驚いたものの、アルコール業態のみならずファミレスなどにおいても業態転換をするチェーンは珍しくなかったため、和民もその例に倣ったのだろうと思われた。実際、和民など居酒屋120店舗を焼肉業態に転換するとの発表もあり、和民の焼肉化は「コロナ対策」の色合いが濃かったのである。

世界展開を見据えた計画

和民に焼肉のイメージはまったくなかったため、筆者はこれまで足を運んだことはなかった。

しかしこのところ、焼肉店として初めて導入された特急レーン(注文した料理が自動で届く仕組み)や配膳ロボット、ほぼ429円統一メニューやデザートまで含めた食べ放題、ドリンク218円のちょい飲みキャンペーンなどを展開、大きく投資し「飲める焼肉店」としての特徴を打ち出してきている焼肉の和民。

実はコロナ対策のために付け焼き刃で始めた業態などではなく、「世界展開」を見据えた計画のもとに展開されてきたチェーンだったらしい。

今回、初めて「焼肉の和民」を訪ね、焼肉チェーンとしての可能性を測った。

まず、企業としての概要に触れておこう。ワタミグループは外食・宅配食・環境・農業などを展開する企業。総合居酒屋スタイルの「和民」は2017年の3月時点で137店舗あったが、市場では専門店への需要が高まっており、同グループでも「ミライザカ」や「鳥メロ」などへの転換を推進。2020年期末までに居酒屋としての和民は0店舗になった。

「魚民」などと並んで総合居酒屋の代表的なブランドだった和民は、いつの間にかなくなっていたのだ。

またコロナ禍の需要に対応し、今回説明する焼肉業態や「から揚げの天才」などのテイクアウトと、業態の多様化も進め、2023年3月期、国内外食事業をひっくるめた店舗数は347店舗。売上高は単体で252億8400万円(前期比167.2%)だ。

なお、居酒屋で規模の大きい企業として知られるのが、約1550店を抱える鳥貴族ホールディングス。2022年9月に約500店舗を展開する「やきとり大吉」のダイキチシステムの株式を取得したことにより、一気に規模を拡大した。またモンテローザは約1230店舗を展開する。前者の年間売上高が202億8829万円(2021年8月1日〜2022年7月31日)、後者が618億円(2023年3月期・連結)である。

渡邉氏の強い思いとともに始まった

では、今回のテーマである焼肉業態について見ていこう。

ワタミで焼肉の和民のほか、ファミリー層をターゲットにした食べ放題業態「かみむら牧場」も担当するワタミ執行役員焼肉営業本部長の新町洋忠氏によると、焼肉店の企画は2019年の夏頃から本格的に開始していたという。

「2019年7月に渡邉(渡邉美樹社長)とともにロサンゼルスを訪ね、現地の焼肉の市場調査を行いました。アメリカ人にとって、焼肉は『室内でバーベキューができる』という感覚のようで、海外に進出している日本の大手チェーンもとてもはやっていましたね。

それでも焼肉店はほとんどなく、和牛の魅力も伝えきれていない。まだまだ十分な可能性があると感じました。渡邉には前々から、『世界に日本の技術(特急レーン、ロボットなど)と和牛を紹介したい』という強い思いがありましたし」(新町氏)

居酒屋チェーンのイメージが強い同社だが、居酒屋や宅食の業態で肉を取り扱っていることから、生産者とのパイプもある。さらに、10年以上前に焼肉店を展開したこともあるのだという。

「渡邉自身にこだわりがあって、北海道で短角牛を育て、『炭団』という店を展開していました。今なら赤身ブームですが、当時は肉と言えばサシの入ったブランド牛。結局、うまく行きませんでした」(新町氏)

このように長らく潜伏してきた肉へのこだわりが、2020年の「かみむら牧場」や「焼肉の和民」等の焼肉チェーン展開へと結実したわけだ。大きな強みが、鹿児島でも指折りの畜産会社であるカミチクと手を結び、肉の供給元を確保したことだ。牛の飼料の生産から外食産業まで一貫して行うことが同社の特徴で、これによりコストを管理、生産農家の経営や牛肉価格を安定化できるという(カミチクグループHPより)。

「カミチク様は30の牧場で1万8000頭の肉牛を飼育している企業。安定した供給を確保できるとともに、一定した品質のものを提供できるというメリットもあります」(新町氏)

なお、カミチクとの合弁会社である「ワタミカミチク」も設立している。この結びつきが実現したのも、ワタミとカミチクの双方が「和牛の世界展開」という共通の目標を抱いていたからだという。

ほとんどのメニューが429円

では、実際の「焼肉の和民」の実力はいかほどだろうか。

やはり大きなインパクトが、アルコールを含めほとんどのメニューが429円で統一されていることだろう。もっとも新町氏によると、これは2022年3月のリブランドの結果で、それ以前は1000円を超えるメニューもあったらしい。より手頃な価格設定で、1人でも多くの人に利用してほしいという意図から価格改定を行ったそうだ。夜間の客単価は改定前の3500円から3000円ちょっとに引き下がっているという。


牛タンや極厚鮮レバーといった一部の商品以外、429円と、「鳥貴族」を思わせる方式。安さを印象づけるとともに、合計金額に目処がつけやすいメリットも(筆者撮影)

一番人気はワタミカルビ、極厚牛タン(495円)などだそうだ。しかし赤身やホルモン、豚などメニュー数が多く、いろいろな種類を楽しめるように、1人前の量は80gにしてある。今回、定番からレバー、ホルモン系などさまざまなメニューを試食したが、一例だけ紹介しよう。まずカルビは思いのほかやわらかく、こってりした味わいが楽しめる。


ロースターはガス火式。タンはサッと、ハラミはじっくりなど、部位によって最適の焼き方を追求するのも、焼肉の楽しみだ(筆者撮影)

極厚牛タンはさすが、厚みのある肉を噛みしめると肉の旨味が口の中に広がる1品。肉は部位ごとにも味が違うが、タレか塩かによっても、当然だが味わいが異なる。とくに塩で食べると肉の味そのものが感じられて、その違いを味わうことができるのに気づいた。タレか塩、自分の好みのほうだけ注文する人が多いだろうが、この値段なので両方注文してみるのもおすすめだ。


スイーツのメニューが多いのも特徴。写真は人気商品の「石焼フレンチトースト」。石鍋で熱したフレンチトーストをとろけたアイスが包み、温かさと冷たさのセッションを楽しめる。石鍋を使った、焼肉屋ならではのアイディアメニューだ(筆者撮影)

また、「飲める店」として焼肉以外のアルコールや、海鮮系などのつまみメニューも充実。さらにスイーツにも力を入れ、3960円の食べ放題に17種類のスイーツメニューも加えている。ランチ時間帯には定食も提供する。

これらにより、同店は高校生も含む若年層から、平日夜は飲み需要のビジネスパーソンや学生、土日はファミリー層など、客層や立地の違いによる幅広い需要に応えられるチェーンとなっている。

「店舗によっては夕方になると、5時、6時ぐらいから高校生でいっぱいになりますね。これが、居酒屋にない強みです」(新町氏)

なお、今回訪ねた大鳥居駅前店ではカウンター席も備えており、「アルコールと単品焼肉」という客が多い。食べ放題を利用するのは3割程度という。


ワタミグループ本社近くに第1号店としてオープンした大鳥居駅前店(写真:ワタミ)

また羽田空港から近いこともあり、インバウンドも多いそうだ。

しかしアルコールを含めて3000円で焼肉をお腹いっぱい食べられるという、このコストパフォーマンスを実現できる理由はどこにあるのだろうか。

一番は、特急レーンと配膳ロボットの導入で人件費を抑えていることだそうだ。

なお、タッチパネルで注文でき、特急レーンですぐに運ばれてくる同チェーンの仕組みは、店員に何度も注文するのを申し訳なく思ってしまう筆者としては、非常に使いやすいと感じた。

「若いときに刻まれた印象は一生続く」

さらにA4以上のランクの牛肉をブロックで仕入れ、店内でカットを行うことで、高品質、コストダウンを実現している。「どこを切り取れば最もおいしくなるか」は仕入れるブロックごとに異なるため、供給元であるカミチクと綿密に打ち合わせているのだという。

このようにコストは抑える一方で、肉の品質を最大限追求していることが、客に「高コスパ」と感じさせる一番のポイントとなっているのだ。


マイルドな辛さの中にコクがある海鮮チゲ。はっきりした味わいのメニューはどこでも人気のようだ(筆者撮影)

なお、アルコールもほとんどのメニューが429円と安いが、さらに半額に近い218円になる「ちょい飲みキャンペーン」をこれまでに3回行ってきた。認知を広めるために利益を度外視して展開してきたとのことで、残念ながら当分実施されることはないそうだ。

現在店舗数は25店舗。将来的には拡大を考えているが、物価高や人件費の上昇等、経営リスクが高まっている国内については当面慎重に構える。特急レーンは確かにコストダウンや人手不足への対策となるが、導入コストがかかるのもまた事実。一気に手を広げるのはリスクが高い。当面は海外の店舗立ち上げに集中するという考えのようだ。

同チェーンの面白いところは、ターゲットとして若年層を重視していることだろう。低い価格設定や、ボリュームのあるメニュー、スイーツの充実などもそうだが、TikTokやYouTubeなど、若者の間で使用されているメディアを通じた情報発信を行っていることなども挙げられる。


ワタミ執行役員焼肉営業本部長の新町洋忠氏。23歳のときに渡邉美樹氏の著作に感銘を受けて入社したそう。海外展開も含め、同社の焼肉業態を担う存在で、自ら肉のカットも行うという(筆者撮影)

「若者こそが、焼肉を一番食べたいお客様だと思うんですね。それに長く続くブランドをつくるポイントだとも考えています。なぜなら、若いときに刻まれた印象は一生続くから。自分も若い頃、飲み会と言えば『和民』で、大人になっても利用していた。今、当チェーンのお客様になってくれた若者はきっと、長く食べ続けてくれると思います」(新町氏)

以上、焼肉の和民の実力について見てきた。正直なところ、「和民」の名称からあまり本格的な焼肉店を想像できていなかったが、食わず嫌いだったようである。しかし同じように考えている人はまだまだ多いのではないだろうか。

「居酒屋チェーンの和民」として刻まれた印象を、いかに覆すか。同チェーンの勝負はここにかかっているように思われる。

(圓岡 志麻 : フリーライター)