5月に開いた経営方針説明会では吉田憲一郎会長が経営方針について説明した後、十時裕樹社長が主に業績目標などについて話した(撮影:今井康一)

「(金融事業が)別の会社になるということはございません。社名も変わりませんし、グループ内での位置づけも変わらない。会社が変わるということはまったくありません」

ソニーグループが5月に開いた経営方針説明会。十時裕樹社長は語気を強め、こう言い切った。

ソニーは傘下に抱える生損保、銀行などの金融事業を2〜3年以内に「パーシャル・スピンオフ」するための検討を始めた。現在は100%を保有する金融子会社の持ち株比率を2割前後まで引き下げ、証券取引所への再上場も視野に入れる。

ソニーフィナンシャルグループ(FG)が上場した場合の時価総額は、1兆円を上回る水準になるとみられる。

「コア事業」をスピンオフする

金融事業は1991年度以降、ソニーの連結事業だった。これが将来的にグループの持ち分比率が2割未満になれば、連結対象でなくなることはもちろん、持ち分法適用の関連会社からも外れる可能性がある。資本関係でいえば、ソニーと金融子会社は別の会社になる。

社名やソニーブランド、ロゴ、グループ会社との連携を維持したとしても、過半を手放せば経営を直接コントロールすることは難しい。まして上場企業となれば、敵対的買収などの脅威にもさらされることになる。

そもそもソニーは、2020年8月に当時の東京証券取引所1部に上場していたソニーフィナンシャルホールディングスを、TOB(株式公開買い付け)によって非上場化したばかりだ。

当時社長だった吉田憲一郎氏は「金融は、エレクトロニクス、エンターテインメントと並ぶコア事業で、長期視点で成長領域と位置づけている」と説明。完全子会社化により、グループ内連携を加速する方針を明らかにしていた。

約4000億円を投じたTOBからわずか3年足らずで飛び出した、急転直下の「非連結化・再上場宣言」。なぜ180度の方針転換となったのか。

金融事業の誕生は1979年(昭和54年)までさかのぼる。アメリカの保険会社、プルデンシャルとの合弁で「ソニー・プルーデンシャル生命保険株式会社」を設立したのが始まりだ。創業者の1人である、盛田昭夫氏肝煎りの事業だった。

その後、プルデンシャルとの合弁は解消し、1998年に現・ソニー損害保険を設立。2001年には現社長の十時氏が、社内ベンチャーの創業者の1人としてソニー銀行を設立している。2007年にはソニーフィナンシャルホールディングスとして当時の東証1部に上場を果たした。

振り返ってみると、ソニー全体の営業利益が赤字転落の危機に陥るたび、金融事業に救われてきた。テレビ事業などのエレキ部門が大赤字を垂れ流していた2012年度や2013年度はその傾向が顕著で、金融事業がなければ1000億円超の連続営業赤字に陥っていたはずだった。


生命保険や損害保険、住宅ローンを中心とした銀行が毎年1500億円程度の営業利益を安定的に稼ぎ出してくれることで、営業利益の黒字をかろうじて保っていたといえる。まさに「命綱」だった。

薄まる金融事業の存在感

ただ、近年は金融事業以外のゲームや音楽、映画といった事業セグメントの収益が安定してきた。とくに音楽の分野ではサブスク利用者が増加したことなどで、2022年度のセグメント営業利益は2600億円に到達。版権ビジネスの収益が安定的に寄与している。

営業利益で1兆2000億円を稼ぎ出すグループ全体からみて、金融事業の存在感は低下している。

投入した資本に対して、どれだけの利益を上げられたかを測るROE(自己資本利益率)でみると、存在感の希薄化はさらに顕著だ。直近2022年度はソニー生命が不動産の売却益や、過去に子会社で発生した不正送金の資金回収などで約500億円を特別利益として計上し、ROEが跳ね上がった。

メガバンクなど大手金融機関のROEが7%前後であることを考えると、ソニーの金融事業は善戦してきたといえるかもしれない。ただ、グループ全体で求められている水準まで資本効率を高めるのは容易ではない。

銀行や保険会社は法律で一定の準備金を用意しておくことが常に求められており、自己資本を急激に減らしてROEを改善することは難しい。かといって、生命保険や自動車保険、住宅ローンといった積み上げ型のビジネスモデルでは収益を急激に拡大することもできない。命綱だったはずの金融事業が、ソニー復活で相対的に”重荷”となっている。


十時社長は説明会で「金融事業の中長期的な成長には投資が必要で(上場後は)独自の資金調達能力が手に入る」とする一方で、「イメージセンサーやエンターテインメントではこれまでと次元の違う投資が必要」とも指摘している。

パーシャル・スピンオフで金融事業の持ち分比率が2割未満まで下がればバランスシートが分離され、グループ全体のROE改善も期待できる。それだけに一連の発言からは、グループ全体の最適な資本配分を考えると、安定収益源としての必要性が低下し、相対的に資本効率の低い金融事業をスピンオフすることにした。そうした経営サイドの意図が透ける。

再上場に向けて社長交代でテコ入れ

スピンオフ・再上場へ向けた準備は着々と進んでいる。

まず、6月23日にソニーFGと傘下の3社で社長交代を実施。ソニーFGとソニーフィナンシャルベンチャーズの社長には元金融庁長官の遠藤俊英氏が就くほか、ソニー生命とソニー損保の社長も交代する。

金融庁の長官経験者が金融機関の社長になるという異例の人事に、金融業界からは「とんでもない天下り人事だ」(メガバンク関係者)といぶかしむ声が絶えない。

再上場に向けた審査では証券会社や取引所、金融庁など関係各所との調整が必要になる。許認可が必要となるさまざまな局面で、元金融庁長官という”錦の御旗”は効果絶大だろう。

5月24日、25日と2日間かけて行われたソニーの事業説明会では、金融事業だけ「後日別途開催」として説明がなかった。社長交代後に改めて今後の成長に向けたビジョンを示すものとみられている。

この10年間でソニーの業績は急回復を遂げ、時価総額は17兆円に達した。どん底だった2013年の株価から10倍以上へ拡大し、まさに様変わりといえる。さらなる成長を目指すために金融事業をスピンオフし、ソニー本体と別会社としての道を歩むことになる。

金融事業の非上場化からわずか3年で再上場を決め、トップ人事を含めて異例づくしの戦略を打ち出す十時ソニー。次の一手に注目が集まっている。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)