イタリア・ミラノで発表されたレクサス「LBX」。ハイブランドのスニーカーのような高級コンパクトSUV(写真:トヨタ自動車)

トヨタ自動車は、イタリア・ミラノでレクサスの新型車「LBX」を発表した。

既存車種のモデルチェンジではなく真っさらな新車ということで、事前にはいったいどんなクルマが登場するのか話題になっていたが、蓋を開けてみるとそこにはいわゆる欧州Bセグメントに類するコンパクトSUVの姿があった。

今このタイミングであえてコンパクトSUVをラインナップに加える。正直に言うと、当初はその意図がよくわからなかった。

目下、世界的に中間層は沈んでおり、一方で富裕層はグローバルに見れば一気にその数を増やし、消費意欲も旺盛だ。それを見据えてメルセデス・ベンツのように、コンパクトカーのラインナップを縮小し、ハイエンドモデルを拡充していくと宣言しているブランドもある。

何を隠そうレクサスだって、セダン「LS」に加えてSUVの「LX」、そして4月の上海モーターショーで新型を発表したばかりのMPV「LM」とトップモデルの層に厚みをもたせてきている。重層化し多様化するこの層のニーズにセダンだけで対応するのではなく、フラッグシップを群で揃える戦略でラグジュアリー市場に臨んでいるのだ。

目指したのはハイブランドのスニーカー

さらに言えば、いわゆる小さな高級車というチャレンジは、これまで必ずしもうまくいったというわけではない。フランスの国民的大衆車にレザーシートなどの豪華な内装を与えた1980年代のルノー「サンク バカラ」も、あるいは小型ハッチバックに上級車用の多気筒エンジンを積み込んだフォルクスワーゲン「ゴルフVR6」も、評価は非常に高かったがラグジュアリーカー市場を一変させるには至らなかったというのが実際のところである。


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そんな中で、ブランドをあえて下方に広げるような動きはその意図が掴めなかったというわけだが、実際にその発表に立ち会うべくミラノに赴き、クルマをじっくりと観察し、レクサスの首脳陣と話すうちに、LBXの目指す世界の輪郭が、ずいぶん明確になってきた。

目指したのは「本物を知る人が、素の自分に戻り気負いなく乗れるクルマ」だという。例として挙げられていたのは、某ハイブランドのスニーカー。気軽に身に着けて、場所を選ばず出掛けることができるけれど、質は高く履き心地に優れ、わかる人には「オッ」と言ってもらえる。そんな存在だ。

ボディサイズは全長4190mm×全幅1825mm×全高1560mm(但し、日本向けはシャークフィンアンテナが備わらず、多くの立体駐車場への入庫が可能になる全高1550mm以下になるという)で、トヨタ「ヤリスクロス」とほぼ同等。少し幅が広いくらいとなる。そして車体の基本骨格も同様に、TNGAプラットフォームのGA-Bを使っている。


車体の基本骨格は「ヤリスクロス」と同じGA-Bだが、多くの変更がなされている(写真:トヨタ自動車)

しかしながら開発責任者、遠藤邦彦チーフエンジニアは「こんなにいいのかというぐらい、元のGA-Bから多くが変更されています」という。実際、足元に225/55R18もしくは225/60R17というサイズの大径タイヤを組み合わせるべく、フロントサスペンションはほぼ設計が見直され、結果的にホイールベースは22mm伸ばされた。

参考までにヤリスクロスのタイヤサイズは最大で215/50R18だから、外径は30mm以上も大きくなっている。それどころか、これは直接の兄貴分たるレクサス「UX」よりも大きなサイズなのだ。

コンパクトでも逞しく、か弱さのないアピアランス。レクサスの最新のデザイン言語を積極的に採り入れたディテールと相まって、LBXは見た目がまったく安っぽくない、凝縮感のあるものに仕上がっている。もっと平たい言い方をするならば、ヤリスクロスの内外装を豪華に仕立てただけのものには見えないし、実際になっていないのである。

豊田社長が「これならいらない」とダメだし

しかしながら、実は当初からそれを具現化できていたわけではなかったという。開発責任者は言う。

「当初はGA-Bを基本的にそのまま生かすかたちで開発を進めていたのですが、豊田章男社長(現会長)がそれを見て『これだったらいらないな……』と、寂しい顔をされながら言われて……」

できることしかやらないのではなく、期待以上のものを提供するのがプレミアムブランドの使命。そこからすべてが見直されて、結果としてこうした大改変に至ったのだそうだ。

シャシーの大幅な変更は走りの面でも効果を発揮している。タイヤを固定するナックルと呼ばれる部品は軽量・高剛性なアルミ鍛造とされ、路面からの入力を受け止めるアッパーマウントは上級モデルと同じ構造が用いられた。

1.5リッターエンジンを使ったハイブリッドシステムも、やはりヤリスクロスと同じではなく、エンジンに3気筒特有の振動を抑えるバランスシャフトを搭載し、電気モーターはより出力の大きなノア/ヴォクシーで使っているものを組み合わせる。


1.5リッターエンジンを使ったハイブリッドシステム(写真:トヨタ自動車)

バッテリーはパワーの出し入れが素早いバイポーラ式ニッケル水素とされて“電気リッチ”つまり電気モーターの存在感が大きい、レスポンスに優れた走りを可能にしているという。

それなら、いっそBEVが欲しかったという声は現地でも耳にしたが、現時点で予定は無いとのこと。このセグメントでは依然としてハイブリッドへのニーズが圧倒的だというのが、その理由だ。

実際、ミラノの街を見渡してみれば、それも頷けるところではあった。とは言え、BEVはともかくPHEVなんてあったら良かったかもしれないなと感じたのは事実だが。

5つの世界観を表現する内装

面白いのがグレード展開だ。従来のように基準車があり、高級な“Version L”、スポーティな“F SPORT”が設定されるのではなく、「URBAN」「COOL」「RELAX」「ELEGANT」「ACTIVE」という“5つの世界観を表現する”トリム(内装部品)が用意される。


「ELEGANT」のインテリア。カラーはソリスホワイト(写真:トヨタ自動車)

COOLの内装は本革とウルトラスウェードの組み合わせに刺繍入り、ELEGANTはホワイトの合皮にサテン縫いの刺繍等々といった具合で、ラグジュアリー表現を多様化させている。

しかも、それでも飽き足らない人のためにオーダーメイドシステムまで用意された。「Bespoke Build」はシート表皮、シートベルト、ステッチ、配色、トリムの追加など、多くの選択肢を用意することで約33万通りのコーディネートを楽しめるという。納車には多少時間を要するが、それも織り込み済みの余裕のある人向けと言える。

実はレクサス自身、かつて先代LSの時代にこうしたビスポークシステムを展開したことがあるが、そのときはあまりうまくはいかなかった。それが今回、あえてコンパクトSUVセグメントで再度、挑んできたわけだ。

このセグメントでは世界を見渡してもこうした選択が用意されることは珍しく、そうした世界を知る層に対しては大きなセリングポイントとなりそうである。

コンパクトカーをベースに豪華に着飾るのではなく、クルマとしての素性の部分からしっかりそれにふさわしいものとして作り上げ、デザインにしても仕立てにしても“コンパクトカーはこういうもの”というヒエラルキーから良い意味で逸脱する。

そうして、ラインナップの一番下に縮小コピーを増やすのではなく、ブランドの価値を違ったかたちで表現したLBX。サイズ含めてカジュアルな使い勝手を持ちながら、中身は本物という存在感に、ハイブランドのスニーカーという言葉、とてもしっくりくるなと感じられた。

アルファベット3文字車名に込めた意味

レクサスとしては実は「LFA」以来となるアルファベット3文字の車名LBXは、“Lexus Breakthrough X(cross)-over”を意味するという。おそらく、BXもAXもCXもDXも考えたに違いないが、往年のシトロエンとバッティングするというだけでなく、それこそヒエラルキーを感じさせて、あまりしっくりとはこない。ならば……ということで半ば強引に当てはめたと想像するが、案外その名は体を表していた。


道が狭いヨーロッパにはコンパクトな車体が合っている(写真:トヨタ自動車)

発表されたミラノのように道が狭く、路上駐車が中心だがスペースは常に争奪戦というヨーロッパでは、ずっと“コンパクトなレクサス”が熱望されていたという。もちろん、日本でもそうだろう。LSやLM、「LC」の隣に置かれてもしっくりきそうなLBXは、今秋以降の発売になる。

価格は現時点では未定。想像通り、開発コストがかかっており値付けはとても難しいと現地でレクサスインターナショナルの渡辺剛プレジデントは話していた。それだけにユーザーにとっては高いバリューを感じられるクルマになりそうだ。

(島下 泰久 : モータージャーナリスト)