「えちごせきかわ猫ちぐら」とは、天然の稲わらを編んでつくる猫の家。伝統民芸品として猫ちぐらをつくる新潟県の関川村では、88歳のつくり手もベテランとして活躍しているそう。関川村を訪ね、お話を伺いました。(『天然ねこ生活』より一部抜粋・再構成)

6年待ちの人気。村おこしで始めた伝統民芸品「猫ちぐら」

稲わらでできた猫ちぐらは、通気性と保温性に優れ、夏は涼しく、冬は暖か。屋根と壁に囲まれた空間も、狭いところ好きの猫には理想的。猫ちぐらにすっぽり身を収め、「私の家」といわんばかりのすまし顔を見せる猫の姿が、居心地のよさを物語っているようです。

●手を動かす楽しさと、待っている人が活力に

猫ちぐらは、農作業の合間に赤ちゃんを入れて子守をした、わら製のかご「つぐら」が原型といわれます。

米どころであり、稲わら細工が盛んな新潟県関川村では、30年ほど前から村おこしの民芸品として猫ちぐらの製作が始まりました。機能性に加えて、手仕事のぬくもりや愛らしい見た目も猫好きの心を捉え、いまやなんと入手するには6年待ち。海外からも注文があるほどの人気ものなのです。

「猫ちぐらは、それぞれ個性があるんですよ」と、関川村猫ちぐらの会の伊藤マリさんはいいます。

「几帳面な人がつくったものはきっちりしているし、おおらかな人のものは少しやわらかさがあって、つくる人の性格が表れるんです。急いだり、いい加減な気持ちが少しでもあると、それも編み目に出てしまう。手先の器用さはもちろん必要だけれど、大事なのは、ていねいにつくるという気持ちです」

関川村では、30~80代の住民35人ほどで、注文品を製作しています。伊藤さんは、特注品を手がけながら、希望者につくり方を教え、後進の育成にも力を注ぎます。

「猫ちぐらは、底面からの立ち上がり、窓の組み編みなど、編み方が複雑で、だれでもすぐにできるわけではありません。でも、みんな『楽しい、楽しい』といって、生き生きと取り組んでいる。頭も手も使うからお年寄りにもいい仕事だし、なにより待っている人がいることが、やりがいにもつながっているんです」

伊藤さんのお姉さんである佐藤征江さんは、数年前から夫婦で猫ちぐらをつくるように。自宅の工房でご主人の忠さんと向かい合って作業しながら、「なかなかうまくならないよ」と笑います。

「自分の思う形にするのは難しいし、中途半端な気持ちでやると編み目がガタガタになる。でも、夢中でやっているから、時間の過ぎるのがあっという間で。これに入る猫ちゃんのことを思いながら、大切につくっています」

●「猫ちぐら歴」30年の大ベテラン

少しずつ新しいつくり手が増える一方、「猫ちぐら歴」30年にもなる大ベテランがいます。当時88歳の横山ノブさんです。

息子さんが建ててくれたという、自宅の脇にあるプレハブ小屋がノブさんの作業場。ノブさんは毎日ここで「でえ好き」な猫のために、せっせと猫ちぐらづくりに励んでいます。

「農家だったから、むしろやござなんかをずっとつくっていて、わら仕事には慣れているの。この歳になっても、手ひとつあればできるんだから、ありがたいよ」

ノブさんは、まず、わらを束から1本1本選別して長さと節をそろえ、一日つくる分の量にまとめます。これはきれいに編むための秘訣であり、作業効率を上げる、ノブさん流の工夫。「きれいに仕上げれば、丈夫にもなる。長いことやって、わかってきた」

針金のハンガーで自作した特製の道具を使い、時折、飴玉を口に入れ、ニコニコ楽しそうにわらを編み込んでいくノブさん。穏やかな表情とはうらはらな力強さと、しなやかな手さばきから、みるみる形ができていきます。

「ノブさんがつくるちぐらの丸みは絶妙」と、伊藤さんがいうように、完成した猫ちぐらは、屋根がするりとなめらか。

「いままで何個もつくってきたけど、同じものはひとつだってないよ」とノブさん。だからこそ、工夫のしがいがあって楽しいのだと、笑顔でまた手を動かします。「ちぐらをつくってるから元気なんだな。まだまだ、やるよ。待ってる猫がたくさんいるものね」 

●買い手の中には、村をわざわざ訪ねてくれる人も

関川村には、毎月のように猫ちぐらの嫁ぎ先から感謝の手紙が届きます。伊藤さんやノブさんは、購入者と手紙などをやりとりして交流を続けています。

「『いつも自分をいやしてくれる猫を、猫ちぐらでいやしてあげることができた』なんていってくれたり、20年も使いましたと、村をわざわざ訪ねてくれる人もいるんですよ」と、伊藤さんは目を細めます。

村おこしの一環だった猫ちぐら。稲わら細工の素朴な民芸品が、つくり手と買い手、そして猫たちをそれぞれに満たし、小さな幸せが広がっています。

伊藤さんの目下の悩み事は、お客さんを待たせてしまうこと。猫ちぐらは、完成までに10日ほどかかり、材料の稲わらをちぐら用に加工するのも、ほぼ手作業。どんなに注文が来ても、大量生産はできません。それゆえの、「6年待ち」なのです。

「民芸品だから、村の人だけでコツコツつくることにも意味があると思っています。すぐにお届けできないのは心苦しいけれど、心を込めて編んでいるので、気長に待っていてほしいですね」

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