ChatGPTやStable DiffusionなどのAIに関連したサービスが2022年から2023年にかけて勃興しましたが、AIが人間の生活を助けるというメリットばかりではなく、人間がAIを利用して他人に害を及ぼすというデメリットも数多く指摘されるようになってきています。スタンフォード大学のAI研究所が、こうしたAIに関する多数のデータを収集・分析してまとめた報告書を公開しました。

AI Index Report 2023 - Artificial Intelligence Index

https://aiindex.stanford.edu/report/

この報告書における重要なポイントはおおむね以下の通りとなっています。

・01:企業は学会よりも先行している

・02:従来のベンチマークソフトでは測りきれない

・03:AIは環境に役立つと同時に害を及ぼす

・04:世界最高の新人科学者はAIなのか

・05:AIの悪用に関する時間が急増

・06:AIに関連する専門的スキルの需要がアメリカのほぼすべての産業分野で上昇

・07:過去10年間で初めてAIへの民間投資額が前年比で減少

・08:AIを採用する企業の割合が頭打ちになる一方でAIを採用した企業が優位に立ち続ける

・09:AIに対する政策立案者の関心が上昇

・10:AIの製品やサービスに対して最もポジティブに感じている国はどこなのか

◆01:企業は学会よりも先行している

2014年まで、主要な機械学習モデルのほとんどは学会が発表していましたが、それ以降は企業が先導しています。2022年には、産業界が発表した重要な機械学習モデルが32種類あったのに対し、学会が発表したものはわずか3種類に過ぎません。最先端のAIシステムを構築するには大量のデータや計算機、資金が必要になりますが、これらのリソースは、非営利団体やアカデミアと比較して、より多くを企業が握っています。



AIに関する出版物の総数は、2010年から2021年にかけて2倍以上に増加しています。



2019年に発表されたGPT-2は最初の大規模言語モデルとされていますが、これは15億のパラメータを持ち、トレーニングに推定5万ドル(約660万円)の費用がかかっています。2022年に発売された大規模言語モデルの1つであるPaLMはさらに大きく、5400億のパラメータを持ち、推定800万ドル(約10億5000万円)の費用がかかりました。単純計算でPaLMのパラーメータはGPT-2の約360倍で、160倍の費用がかかっています。PaLMだけではなく、大規模な言語モデルやマルチモーダルモデルのトレーニングは、より高価になっています。



◆02:従来のベンチマークソフトでは測りきれない

AIモデルの多くはベンチマークテストで良好な結果を残していますが、前年比で見たスコアの向上はわずかだそうです。これは、多くのベンチマークソフトが飽和状態に達していることを示しており、AIに使われるモデルの精度を測る新たなベンチマークソフトの登場が求められています。

◆03:AIは環境に役立つと同時に害を及ぼす

研究により、AIシステムが環境に深刻な影響を与える可能性が示唆されています。たとえば、AIモデルの一つである「BLOOM」がトレーニングを実行すると、ニューヨークからサンフランシスコまでの片道旅行、つまりアメリカを東海岸から西海岸まで横断する際に生じる二酸化炭素量の25倍の量が排出されるとのこと。

下図は、各モデルが排出する二酸化炭素量(単位:トン)を示したグラフです。モデルが環境に与える問題が懸念される一方で、AIでエネルギー使用を最適化できる方法が判明した例も確認されているため、AIのデメリットを考慮しつつ、既存のシステムを改良していく方針が求められます。



◆04:世界最高の新人科学者はAIなのか

AIは科学の進歩を急速に押し進めており、これまでにAIの支援を受けた人間が新しい抗体の生成に成功しているなど、科学界にさまざまな利益をもたらしています。Microsoftは生物医学分野に特化したAI「BioGPT」を開発しており、ますます同分野が発展していくことが期待されています。

Microsoft Researchが生物医学分野に特化したAI「BioGPT」を開発、人間の専門家に匹敵する精度で質問に回答可能 - GIGAZINE



◆05:AIの悪用に関する時間が急増

AIの倫理的な使用に関する事件を追跡するAIAAICのデータベースによると、AIが関係する事件の数は2012年から2021年にかけて26倍に増加しています。2022年には、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が降伏の意を示すディープフェイク動画や、アメリカの刑務所が受刑者にAI通話監視技術を使用した事件などが注目されています。



また、AIモデルが出力する結果にバイアスがかかっているなどの倫理的な問題があることも懸念されています。公平な結果を示すモデルが必ずしもバイアスがないとは限らず、公平性で優れたパフォーマンスを発揮するモデルが、性別に偏見のある結果を出すことも判明しているとのこと。



◆06:AIに関連する専門的スキルの需要がアメリカのほぼすべての産業分野で上昇

AIを使ったサービスがが数多く生み出される中で、普段の業務効率を改善するためにAIを補助的に導入する企業も増えてきています。スタンフォード大学の調べによると、正式なデータのある産業分野のほぼすべてにおいて、AI関連の求人の数が1年間で上昇していることが判明したそうです。唯一、農業及び狩猟分野のみ0.02%減少していますが、少なくともアメリカでは、AI関連スキルを持つ労働者を求める傾向が強まっているといえます。



◆07:過去10年間で初めてAIへの民間投資額が前年比で減少

2022年の世界のAIに関する民間投資額は合計919億ドル(約12兆円)で、2021年から26.7%減少しました。AI関連の資金調達イベントの総数や、資金調達を開始するAI企業の数も同様に減少しています。しかし、この10年間でAIへの投資額が大幅に増加していることは間違いなく、2022年時点ではAIへの民間投資額が2013年の18倍となています。



各国のAIへの投資額ではアメリカが473.6億ドル(約6兆2200億円)と大きくリードしており、次点に134.1億ドル(約1兆7600億円)の中国がつけています。主要な国の中で、日本は7.2億ドル(約945億円)とやや低め。



2022年に新規投資を受けた日本の民間企業の数は32社でした。



2022年にAI関連の投資が最も多かった分野は医療・ヘルスケアで、次がデータ管理・処理・クラウド、3位が金融です。



◆08:AIを採用する企業の割合が頭打ちになる一方でAIを採用した企業は優位に立ち続ける

マッキンゼーの年次調査結果によると、2022年にAIを導入する企業の割合は2017年から2倍以上に増加していますが、近年は50%から60%の間で停滞しているとのこと。ただし、AIを導入した組織は有意義なコスト削減と収益の増加を実現していると報告しています。

◆09:AIに対する政策立案者の関心が上昇

スタンフォード大学が127カ国の立法記録を分析したところ、AIに関連する法案のうち法律として成立したものの数は2016年にはわずか1件でしたが、2022年には37件に増加したとのこと。同じく81カ国のAIに関する議会記録の分析によると、世界の立法手続きにおけるAIに関する言及は、2016年から6.5倍近くに増加しているそうです。2016年からの7年間を見ると、AIに言及した回数はイギリスが1092回と最も多く、日本は511回でした。



2016年から2022年の間に制定された法律の数を見てみると、アメリカが最多の2本、ポルトガルが13本、スペインが10本、日本は3本でした。



またAIに関連する訴訟も増加傾向にあり、2022年にはアメリカだけで合計110回の訴訟があったことも分かっています。この数は、2016年の約7倍です。



◆10:AIの製品やサービスに対して最もポジティブに感じている国はどこなのか

AIを使用した製品やサービスへの印象を尋ねた2022年の調査では、「デメリットよりもメリットの方が多い」と回答した人物の割合が最も多い国は中国であることが分かりました。次いでサウジアラビア、インドが並び、日本は42%という結果に。AIに対する投資額が最も多いアメリカは35%となり、AIに対していい印象を抱く人は少なかったことがうかがえます。



質問ごとに掘り下げてみると、日本人のうち「AIとは何かをよく理解している」と回答した人は41%、「AIを使用した製品やサービスは自分の生活を楽にする」と回答した人は52%でした。その他の回答は以下の通りです。

・AIを使った製品やサービスは今後3〜5年で私の日常を大きく変える:53%

・AIを使った製品やサービスは過去3〜5年で私の日常を大きく変えた:30%

・AIを使用した製品やサービスにどんな種類があるのか理解している:32%

・他の企業と同じくらい、AIを使用する企業を信頼している:39%

・AIを使用した製品やサービスに不安を覚える:20%