「男性版メイドカフェ」が増えている時代背景
愛知県金山駅近くに今年2月オープンした「ステージ&カフェ 半熟王子」で働くアイドル・タレント志望の男子(写真:サンミュージック名古屋)
アイドルやタレントとしてデビューしたいと思ったら、レッスンを受けて芸能プロダクションのオーディションに合格、というのは昭和や平成のスタイル。一方、令和の場合は、YouTubeやTikTok、Instagramなどで歌やダンスを生配信し、スカウトの機会をうかがうといったところか。男性の場合、他に方法があるとしたら、“メンズコンカフェ”だろう。
コンカフェとは、メイドカフェに代表されるコンセプトカフェの略だ。男性が接客をするメンズコンカフェが今、東京や大阪で増えつつあるという。
サンミュージック名古屋が経営母体
今年2月、筆者が暮らす名古屋にもメンズコンカフェがオープンした。店はJRと地下鉄、名鉄が乗り入れる名古屋駅に次ぐターミナル駅、金山駅からすぐの「ステージ&カフェ 半熟王子」がそれだ。店名から連想されるように、ここはアイドルやタレント志望の男子が働いている。
金山駅南口の広場には夜になると、ストリートミュージシャンたちが歌ったり、楽器を奏でたりするものの、メンズコンカフェのエリアではない。出店するとしたら、名古屋最大の繁華街、栄や名古屋駅、アニメやゲームなどのショップが軒を連ねる大須だろう。
「金山に出店したのは、レッスン場や本社から近いというだけの理由です」と話すのは、店を運営するサンミュージック名古屋の社長、和田哲幸さんだ。
1日3回行われる「半熟王子」のステージパフォーマンスの様子。経験値メダル枚数でオリジナル楽曲を獲得した、左から間宮くん、門司くん、 森元くん(写真:サンミュージック名古屋)
サンミュージック名古屋はその名の通り、森田健作や牧村三枝子、太川陽介などのベテランのほか、カンニング竹山や小島よしおなどのお笑い芸人も所属する老舗の芸能プロダクション、サンミュージックのグループ会社である。東海エリアを中心に所属芸能タレントのマネジメントと養成所を運営しており、現在所属タレントは0歳から90歳までの男女約200名が在籍している。
「新型コロナはエンタメ業界にも深刻な影響を与えました。芸能タレントを志す若者の多くはアルバイトを掛け持ちしながら活動をしているので、芸能タレントとして出演機会を失ったばかりでなく、アルバイトも就業できない時期が続き、夢を諦めた者も少なくはありませんでした」(和田さん)
たしかに外出自粛や飲食店の時短営業が続いていた頃は、メジャーな芸能人でさえも仕事がなくなったという話を聞く。まだアイドルやタレントとして食べていくことのできない若者に新型コロナが与えた影響は推して知るべしだが、動画配信による広告収入や視聴者からの投げ銭という方法もある。
スイーツの皿に絵や文字を描いてくれる(写真:サンミュージック名古屋)
「もちろん、YouTube番組や映画も制作しました。が、彼らの生活を支えるだけの利益を出せませんでした。そこで、ウエイターとして働くことで生活を支え、毎日のステージ出演で芸能タレントとしてのスキルも身につけることができる場として『半熟王子』をオープンさせました。この事業は中小企業庁が実施している事業再構築補助金を活用しています」(和田さん)
メダルの獲得数で芸能界デビュー
営業時間は18時から23時まで。18:00〜19:20と19:30〜20:50、21:00〜23:00の3部の入れ替え制で料金は3000円〜。料金の中に席料と飲み放題の料金が含まれている。店で働いているアイドルやタレント志望の男性は“キャスト”と呼ばれ、毎日5、6人が出勤している。オムライスやスイーツの皿に絵を描いたり、ロシアンたこ焼きを一緒に楽しんだりと、キャストが客の前でサービスをしながら提供する“キュン”メニューも用意している。中にはパティシエとして働いた経験のあるキャストもいて、手作りのアップルパイやガトーショコラも用意している。
ここまでは、ちまたのメイドカフェなどのシステムとあまり変わらないが、店で働くキャストたちが現実に芸能界デビューをめざしていることがコンセプトゆえに、客にとってはリアル育成ゲームとして楽しめるのが最大の特徴だ。
元パティシエのキャスト手作りのアップルパイ(写真:サンミュージック名古屋)
「お客様には来店時に青色の“経験値メダル”をお渡ししています。そのメダルを“推し”のキャストに授与することができます。キャストはメダルの数に応じて王子ランクが上がり、ウエイター業務時やステージパフォーマンス時の衣装が変化していきます」(和田さん)と、まさにリアル育成ゲームである。
メダル0枚は入門したての王子「なまたま王子」。10枚獲得すると、ネクタイが付けられる「よちよち王子」となり、50枚でベストが着用できる「ひよこ王子」という具合にランクが上がっていくのだ。ランクは16段階あり、店名にもなっている「半熟王子」は下から7番目でメダル獲得数は300枚。その上には「貴族王子」(500枚)や「大名王子」(1000枚)、「参謀王子」(2000枚)……というランクがあり、最上級は20万枚の「伝説王子」。
ただ、「半熟王子」3人以上でアイドルユニットが結成され、オリジナル楽曲が提供される。つまり、芸能界デビューの足がかりとなるのだ。
チェキでのツーショット写真も(写真:サンミュージック名古屋)
「経験値メダルは、料理の注文などでも入手することができます。お客様は推しのキャストの育成を早めることもできるわけです。キャストは店での仕事を通じて知名度を上げ、実際に応援していただけるファンを獲得しながらデビューを目指すことができるのです」(和田さん)
適正な料金とサービスで健全な運営を
ここで気になるのは、今年1月末に東京都青少年健全育成条例違反の疑いで逮捕されたメンズ地下アイドルグループのメンバーの事件である。当時未成年だった少女にわいせつな行為をしただけではなく、メンバーが働くメンズコンカフェでのツーショット写真撮影、いわゆる“チェキ券”に約300万円もの大金を貢がせていたことも発覚した。
また、メンズコンカフェに通うためのお金を捻出するためにパパ活に手を染めたり、風俗で働いたりする女性も多いと聞く。そうなると、もはやメンズコンカフェではなく、ホストクラブにカテゴライズされてしまう。
「それは運営する芸能プロダクションのマネジメント次第だと思うんですね。売り上げを重視するあまり、過度なノルマを課したり、ハグやキスといった過激なサービスを容認したりしているわけですよ。お客様も芸能タレントも芸能プロダクションも皆、幸せになるのがエンタメビジネスだと思っています。そのためには適正な料金とサービスで健全な運営を心がけています」(和田さん)
サンミュージック名古屋の社長、和田哲幸さん(筆者撮影)
筆者が暮らす名古屋では、2008年のリーマンショックを境に地元テレビ局のローカル番組に地元タレントが出演する機会が少なくなり、今ではほとんど見かけることはない。かつて人気を博していた地元タレントたちは、ケーブルテレビやコミュニティFMなどで細々と仕事をしていると聞く。
現在、地元ローカル番組に出演しているのは、ジャニーズ、AKB48のメンバーや吉本の芸人。「芸どころ名古屋」はすでに過去の話なのである。名古屋のエンタメ業界の灯を消さないためにも「半熟王子」から名古屋を飛び越えた国民的アイドルが誕生してほしい。
(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)