「どこのフェリー?」自衛隊車両を積み込む謎の“民間船” 実は離島防衛の頼れる助っ人 船内大浴場も
東京港で見かけた白黒の大型フェリー「はくおう」。この船、ただの民間フェリーではありません。自衛隊車両を積み込んでいるものの、自衛艦でもない特殊な位置づけの民間船、もしかしたら離島防衛の切り札的存在かもしれないのです。
所属先不明の“謎な”大型フェリー
2023年1月28日、早朝の東京港に白と黒のツートンカラーで塗られた大型船「はくおう」がゆっくりと入ってきました。この船、防衛省がチャーターする民間フェリーの1隻で、このときは陸上自衛隊が機動展開訓練に使用するため運航されており、東京港の中央防波堤内側地区には、同船に積み込まれる自衛隊車両も続々と集結していました。
集まった車両の所属先を見てみると、群馬県榛東村に司令部を置く第12旅団とのこと。これら部隊は、大分県の日出生台(ひじゅうだい)演習場で行われる実動対抗演習に参加するために集まったようで、第2普通科連隊(新潟県上越市)を基幹とする戦闘団を、関東から九州までノンストップで一気に運ぶために「はくおう」が用いられた模様です。
ただ、この「はくおう」、船名こそ明記されているものの、どこの船会社に所属するか一見するとわかりません。民間フェリーならシンボルマークなどが船体やファンネル(煙突)部分などに目立つように描かれていることが多いですが、そういったものが見当たらないのです。見れば見るほど不思議な外観の「はくおう」、どのような船舶なのでしょうか。
2023年1月28日、東京港に姿を見せたフェリー「はくおう」(深水千翔撮影)。
元々同船は、石川島播磨重工業(IHI)東京第1工場(当時)で建造され、1996年6月に新日本海フェリーの敦賀〜小樽航路でデビューした高速フェリー「すずらん」です。
「すずらん」は2012年6月に運航を終了しますが、たびたび防衛省にチャーターされるようになったことで、現在のような外観へと姿を変え、2023年現在は高速マリン・トランスポートが運航するPFI(民間資金活用)事業船舶として、主に自衛隊の部隊輸送や災害被災地の生活支援などで使用されています。
総トン数は1万7300トン。航海速力は29.4ノット(約54.45km/h)で、就航当時は国内の大型フェリーで最速を誇りました。人員507名、車両約100台(長さ10m換算)を輸送可能な規模の船体でありながら、全長は199.45mに抑えられています。これにより来島海峡航路での夜間航行禁止など、全長200m以上の船舶(巨大船)に適用されるさまざまな制約を受けないため、日本各地へ迅速に部隊を送り届けることができます。
いざとなれば自衛官が「はくおう」を操船することも
そもそも防衛省が「はくおう」のような民間保有のPFI船舶を多用するようになった背景には、自衛隊の輸送艦不足が大きく影響しています。
防衛省・自衛隊が自前で船舶を調達し、維持・管理する場合、運航や整備などに従事する海上自衛官を増員し、所要の教育訓練を実施するとともに、個別の船舶について整備器材の確保も含めて、維持・管理を行う必要があります。
2023年1月28日、「はくおう」に乗り込むために東京港に集結する陸上自衛隊第12旅団の車両群(深水千翔撮影)。
2023年現在、海上自衛隊には基準排水量8900トンのおおすみ型輸送艦が3隻ありますが、本土から離れた南西諸島へ地上部隊を機動展開させようとすると、数が足りません。
また、防衛省では陸海空自衛隊の統合部隊として「海上輸送部隊」の新設を計画していますが、そこに配備される予定の輸送艦も2000トン程度の中型クラス船舶(LSV)と数百トン程度の小型クラス船舶(LCU)で、これらは車両・人員の大量輸送には向かないでしょう。一方で大型フェリーが数多く就航している民間の定期航路は、旅客と貨物の輸送がメインであり、船体整備やドック入りも含めて綿密な計画に従って運航しているため、自衛隊が使うには制約があります。
そのため、防衛省は大型かつ高速のフェリーを訓練や災害派遣などの緊急時に自衛隊が優先的に運航できるよう、PFI事業契約を高速マリン・トランスポートと結んでいるのです。
なお、高速マリン・トランスポートでは「はくおう」以外に、「ナッチャンWorld」という船も保有しています。こちらは総トン数1万700トンで、「はくおう」よりも小さいものの、ウォータージェット推進により、航海速力36ノット(約)66.67km/h)と快速なのが特徴です。
この2隻を防衛省はPFI契約に従って使用することができます。ちなみに契約額は約250億円、契約期間は2016年3月から2025年12月末です。
2隻は民間船のため、運航するのは民間船員ですが、仮に有事が発生し民間事業者が運航できない状況に陥った場合には、防衛省が船舶そのものを借り受け、自衛官が乗り込んで、自衛隊として独自に船舶を運航できることになっています。
民間船ならではの設備生かして災害派遣でも重用
このように、すでに約7年もの実績がある高速マリン・トランスポートとのPFI事業契約。防衛省ではどのようにとらえているのか、当該部署へ聞いてみたところ「PFI船舶の導入により、民間船舶の調達・維持・管理を効率的・効果的に行うことができ、国による業務負担が軽減されたとともに、長期間にわたって、安定的に海上輸送力を確保することができた」との回答でした。
2023年1月28日、「はくおう」に乗り込むために東京港に集結する陸上自衛隊第12旅団の車両群(深水千翔撮影)。
たしかに「はくおう」は、内装にこだわりを持つ新日本海フェリーが整備した客室やレストラン、大浴場などの船内設備をそのまま使えるという点が大きなメリットだといえるでしょう。実際、2016年の熊本地震ではホテルシップとして活用されたほか、2020年2月には横浜港の本牧ふ頭に接岸し、船内で新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応に当たる自衛隊員の活動拠点にもなっています。
防衛省は「2016年3月から2025年12月末までの事業期間において、さらなるPFI船舶を導入する予定はない」としながら、「次期契約については、防衛力整備計画において、海上輸送力を補完するため、車両とコンテナの大量輸送に特化したPFI船舶を確保するとしていることも踏まえ、自衛隊の輸送力と連携した大規模輸送を効率的に実施できるよう具体的な検討に取り組んでいく」としています。
前出したように、防衛省・自衛隊ではこれ以上、自前の大型輸送艦の数を増やすことは厳しい状況です。そういったなか、離島防衛などを日本の安全保障上、重要視するのなら、PFIで民間船舶を有効活用していくのは、ひとつの手段として有効なのかもしれません。