製造コストを抑えるためにF-5やF-16の部材を転用したそう。

2機のみの実験機ながら高い知名度持つジェット機

 1984(昭和59)年12月14日はアメリカのグラマンX-29が初飛行した日です。この機体は2機しか製造されていない実験機ですが、前進翼を備えた特徴的な外見からマンガやアニメ、ゲームなどでは比較的よく取り上げられており、知名度の高い機体です。

 そもそも高速性能を追求したジェット機では、主翼が後方に角度を付けて取り付けられた後退翼が一般的です。しかし、X-29の主翼はそれとは逆に主翼が前方に向かって取り付けられています。翼は胴体後方から33.7度の角度で前方に向いており、機体前方のコックピットの脇には大きなカナード翼が水平尾翼を逆にしたように付いています。いうなれば胴体と翼を逆にして取り付けたとでも形容できるでしょうか、X-29はそんな機体です。


オハイオ州デイトンの空軍博物館に展示されているX-29の1号機(布留川 司撮影)。

 ただ、そもそも前進翼は、空を飛ぶのにあたりどんな効果があるのでしょうか。X-29が目指したのは戦闘機にとって重要な機動性の追究と、その技術実証でした。そもそも前進翼というものは航空力学的に不安定な形状ですが、ゆえにそれまでの航空機よりも高い機動性を実現することができました。

 一見すると、航空力学的に不安定というのと、高い機動性というのは矛盾しているように思えますが、元自衛官で航空機開発にも関わったことのあるhalt氏は、次のように説明します。

「前進翼の安定性の低さが、戦闘機としての運動性の高さに繋がるかは、オモチャのヤジロベエに例えるとわかりやすいかもしれません。通常のヤジロベエは倒そうとしても重りでバランスが取れています。安定はしていますが、傾き続けるには常に力を入れておく必要がありますよね。戦闘機の場合もこれと同じで、機動を続けるにはヤジロベエを押すのと同じように力(推力)を入れ続ける必要があります。

 前進翼の場合はヤジロベエの腕が上を向いてバンザイをしているような状態のため僅かな力でどの方向へも傾きますが、逆に安定性が無く簡単に倒れてしまいます。ヤジロベエの場合は立つことはできませんが、X-29の場合はこれを3重の飛行制御コンピュータ(フライ・バイ・ワイヤ)を使って補正しています。この不安定なヤジロベエを立たせるために、X-29ではFBWが毎秒40回もの舵面操作を自動で行っています。ピーキー過ぎて、コンピュータの補助無しでは手に負えない……、といった感じと表現できるでしょう」。

戦闘機に求められる性能が変化しテスト終了

 X-29は前述のとおり2機が製造され、1号機で254回、2号機で120回の飛行試験を実施しています。試験では機首を67度上に向けて飛ぶ高迎え角飛行も行っており、これら一連のテストから前進翼が失速特性とピッチ制御に優れていることを証明し、さらに急旋回などを行う空中戦においても、通常の機体を上回る高機動性を見せつけます。

 しかし、X-29以降に前進翼の実用戦闘機が製造されることはありませんでした。なぜなら、前進翼の効果は実証できたものの、戦闘機開発の技術的なトレンドがそれを越えてしまったからです。


正面から見たX-29。前進翼の特徴的な形と、その前に装備されたカナード翼の大きさがよく分かる(布留川 司撮影)。

 エンジンの高出力化や推力偏向ノズルの登場によって、高機動性は前進翼でなくとも実現できるようになり、機体形状についても機動性よりレーダーに見えにくいステルス性を追究する方が優先されるようになりました。

 ほかにも、レーダーやミサイルが高性能化したことにより、実際の空中戦で高機動性を生かしたドッグファイトを行う可能性が低下したことも一因です。

 これに関しても、halt氏いわく「X-29に採用された前進翼の研究が始まったのは1977(昭和52)年であり、その頃の主力戦闘機はF-4「ファントムII」やF-14「トムキャット」でした。そのような時代の空中戦はミサイルの打ち合いだけでなく、相手の背後を取り合う格闘戦、いわゆるドッグファイトで勝利することが求められており、だからこそ戦闘機の機動性は特に重視されていたのです。X-29は最強といえる戦闘機の一要素として、前進翼の可能性を追求した機体だったといえるでしょう」。

 結局、前進翼の戦闘機は実用化こそされませんでしたが、X-29の試験によって得られたノウハウは現在の最新戦闘機の開発に生かされています。前述した、腕を上げたヤジロベエという概念は、静安定緩和(Relaxed Static Stability:RSS)という専門用語で呼ばれ、その特性を備えた航空機のことを運動能力向上機(Control Configured Vehicle:CCV)といいます。

 フライ・バイ・ワイヤによって飛行するF-16「ファイティングファルコン」以降の戦闘機開発では、このRSSの概念が設計に盛り込まれており、実はそれら機体の開発過程において、X-29が飛行試験で明らかにした知見がベースになっているといえるでしょう。