ヤクルト球団職員で通訳を務める水島聖也さん

【女性ファンから注がれる熱視線】

 2年連続の日本一を惜しくも逃したものの、29年ぶりにリーグ連覇を果たした東京ヤクルトスワローズ。

 今シーズンは筆者も足繁く神宮球場に通っていたのだが、スタンドの女性客がにわかにそわそわし始める場面があった。それは外国人選手がお立ち台に呼ばれた時のこと。

「あの"イケメン通訳"、出てくるんじゃない!?」

 そんな声がたびたび聞こえてきた。

「えっ、そうなんですか?」

 当人にそのことを伝えると、知るよしもない様子だったが、この取材で神宮外苑を歩いている時にも、ヤクルトファンと思しき女性に写真を求められていた。球団職員に過ぎないので、と丁寧に断っていた。

 ヤクルトの"イケメン通訳"とたびたび話題となっているのが、水島聖也さん、29歳だ。

【焼肉でオスナやサンタナのメンタルサポート?】

 2019年にヤクルトに入った水島さんは、1年目はファーム、2年目は投手の通訳を担当。そして、昨シーズンからは野手を担当している。

 通訳と一口にいっても、単に、英語と日本語とを変換するだけではなく、その仕事内容は多岐に渡る。

 たとえば、ダグアウトでは、スコアラーが作った資料を外国人選手たちに伝えやすいように整理しておき、相手投手との過去の対戦成績や配球などを聞かれた時に、すぐに答えられるように準備している。また、グラウンド内だけでなく、私生活においても選手と密接に関わっている。


リーグ連覇時の記念写真。水島さん(右から4番目)が通訳を担当するホセ・オスナやドミンゴ・サンタナらと一緒に 写真提供/水島聖也

「通訳は、マネージャー代理人みたいなことから、時には、メンタルコーチ的な役割を担うこともあります。外国人選手のためにやらなきゃいけないことはけっこう幅広くあります。シーズン中は、選手たちにとって、家族よりも通訳と一緒にいる時間のほうが長いと思います」

 水島さんが特に大事にしているのが、メンタル面のサポートだ。

「球団の通訳として、外国人選手のベストパフォーマンスを引き出せるかが最も重要だと考えています。選手たちもいろいろな悩みごとを抱えていて、それをずっと口に出せずにいたら、野球に100%集中できないですし、ベストなパフォーマンスを発揮できないと思うんです。だからいろいろとコミュニケーションをとったり、全般的にサポートしたりすることを心掛けています」

 ホセ・オスナやドミンゴ・サンタナとはプライベートでも仲がよく、一緒に食事に行くこともしょっちゅうだそう。

「焼き肉がダントツに多いです」

 日本シリーズのあと、多くの外国人選手が帰国するなか、オスナは家族で富士山旅行を楽しんでいる姿をSNSに投稿していたが、その家族旅行に水島さんも誘われたという。予定が合わず一緒に行くことはなかったが、水島さんがいかに信頼されているかがわかるエピソードだ。

【外国人選手の成功と失敗を分ける環境】

 実際、今季のセ・リーグで、ヤクルトが他球団と決定的に違ったのは、外国人選手の活躍ではないだろうか。

 レギュラーシーズン中は、4番の村上宗隆のあと、5番もしくは7番に、オスナとサンタナが起用されることが多かった。

 オスナはシーズンを通して138試合に出場し20本塁打を誇った。クライマックス・シリーズではMVP、日本シリーズでは敢闘選手賞と、ポストシーズンでも大活躍を見せた。


不調時もサポートを続けたオスナと一緒に 写真提供/水島聖也

 開幕早々に左膝を負傷したサンタナは、復帰後にホームランを連発。調子を落としていたチームに再び勢いをもたらした。

 また、シーズン途中に加入したパトリック・キブレハンは今季で自由契約となったものの、優勝争いをしていたDeNA相手にめっぽう強く、8月27日には1試合3本のホームランを放ったこともあった。

「来日する外国人選手って、みんな、ある程度は実力があるじゃないですか。だからこそ、どういう環境でプレーしているかがすごく大事なのかなって思うんですよ。

 成功する選手と、能力があるのに数字を残せない選手との差は、そんなところで出るのかなと思うんですよね。他球団の外国人選手を見ていても、環境さえ変われば、この選手はもっとやれるんじゃないかって思うこともけっこうありますよ」

 外国人選手の活躍の陰には、水島さんをはじめとした球団スタッフの献身的なサポートがあったのだろう。

【不調時もサポートを続けたオスナと一緒に】

 シーズン序盤、オスナが不調に陥ったときにも、水島さんは寄り添っていた。

「オスナと仲のいいサンタナがケガで離脱していたので、話し相手になって、二人三脚で毎日を乗りきったっていう感じですね。3年契約の1年目とはいえ、彼の性格上、焦りがあったと思うんです。ふだんは陽気な彼が、精神的につらそうでした。素人の僕にも打撃のアドバイスを求めてきたくらいですから。

 それでも、絶対に不調を抜け出したいという気持ちが強くて、早出練習したり、コーチにアドバイスを求めたりと努力していました。復調できたのは、何かきっかけがあったというよりも、彼自身の努力があってこそ。自らの力で抜け出せたんだと思っています」

 水島さんは当時をこう振り返る。

【日米の野球を知る強み】

 水島さんは、米空軍に所属していたアメリカ人の父と日本人の母との間に生まれた。子どもの頃から野球に親しんでおり、高校生までは自身も選手だったが、「プロは無理だな......」と自覚してからは、漠然と野球に関わる仕事に就きたいと思うようになったという。

 そして、アメリカの大学に在学していた時、インディアンス(現・ガーディアンズ)で、通訳やスコアラー業務に携わるようになった。2018年冬にヤクルトが通訳を募集しているのを知ると、迷いなく名乗りを上げた。

 子どもの頃に横田基地に住んでいた時には家族で西武ドームに足を運ぶこともあったが、基本的に身近にあったのはメジャーリーグだった。

「ヤクルトに入団する前は、日本のプロ野球に関する知識はそれほどなかったです。日本のボーイズリーグでプレーしていたので、日本の野球にまったく触れていなかったわけではありませんが、今のプロ野球の選手のこととかは勉強が必要でした」

 実際に試合を見たり、雑誌などの記事を読んだりして、知識を身につけていった。意外に役立ったのが野球ゲームだったという。

「ゲームをやって、このピッチャーはいいんだとか、いろいろ学びましたね(笑)」

 このようにして、日本とアメリカ、両方の野球を知っているからこそ、外国人選手に親身にもなれるのだろう。

「仕事には本当にやりがいを感じています。今の自分にとって非常に合っていると思います」

 通訳の仕事をこのように捉えている水島さんに、将来の展望を聞いてみた。

「通訳の仕事を土台としてステップアップし、将来的には外国人選手の獲得に向けた業務、たとえば、調査や契約、代理人のやりとりなど、自分の上司がやっているような業務にも携わりたいですね」

【村上宗隆の専属通訳の可能性は?】

 最後に筆者が気になっていたことをふたつほどぶつけてみた。

 ひとつは、キブレハンの登場曲が湘南乃風の『睡蓮花』だったこと。シーズン途中に来日した選手が、どのようにして2007年のヒット曲を登場曲に選んだのか。

「あれ、気になりますよね。キブレハン本人が選んだんですよ。どこで知ったのかはわかりませんが、『聖也、この曲知ってるか?』って聞いてきたんです。『ふーふん、ジャンボリー』ってだけですけど、サビの部分を口ずさんで(笑)。これかなと思って、『睡蓮花』を流したら、『それそれ!日本の曲で俺が一番好きな曲だ』って言って......」

 そんな経緯があって、キブレハンは登場曲を決めた。こんなところにも、水島さんのサポートがあった。

 もうひとつは、ヤクルトの主砲、村上宗隆が将来的にメジャーリーグに挑戦したい意向を表明したこと。仮に、村上がアメリカに渡る際に専属通訳として同行する可能性はあるのか、尋ねてみた。

「どうなんでしょうね。それはもうムネ次第ですから。なんとも言えません」

 もっともな回答だ。

 しかしながら、言葉はこう続く。

「自分としては、チャンスがあったらぜひチャレンジしたい。すごく面白い仕事だなって思いますね」

 リップサービスかもしれないが、愚問にも真摯に答えてくれた。

 いつの日か、メジャーリーグの舞台で、村上選手の隣にいる水島さんの姿があるのかもしれない。もっとも、スワローズファンにとっては、少し寂しくもある未来だが......。