日本対クロアチアに対戦カードが決まると、筆者はカタールに来ているサッカー界の重鎮たちに、いったいどんな試合になるかを尋ねてみた。ルート・フリット、ハビエル・サネッティ、ロベルト・カルロス、アーセン・ベンゲル、果てはFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長にまで――。

 彼らの答えは言語こそ違え、すべて同じだった。

「まったくわからない。しかし面白い試合になることだけは確かだ」

 クロアチアのレジェンドで、昨年までサッカー連盟の会長でもあったダボル・スーケルはそれらの返答を、こう解釈してくれた。

「みんな、クロアチアが勝つのではないかと心のなかでは思っているが、あのドイツ戦とスペイン戦の日本を見たあとでは、そう言いきるだけの勇気が持てないんだろう」


日本を警戒するクロアチアのズラトコ・ダリッチ監督 photo by Fujita Masato

 クロアチアの記者がズラトコ・ダリッチ監督と選手を囲む会見に私は潜入した。ダリッチ監督はかつて解説者を務め、取材する側も経験したことがあるからか、メディアと彼の関係は非常に良好だ。記者が選ぶ最優秀監督にも2度、選ばれている。会見はまるで友達と歓談するような和やかな雰囲気だった。

「ドイツとスペインの過ちは繰り返したくない」

 開口一番、彼は言った。

「日本を軽んじてはいないと言いながらも、彼らは心のどこかで全力を出すまでもないと思っていたのだろう。しかし日本は、何があっても90分決して諦めない。今、我々は幸いにも、そのことを知っている」

 一方、チームの大黒柱ルカ・モドリッチはこう言っていた。

「W杯の前にドイツ、スペイン、日本のどこと戦いたいかと聞かれていたら、迷わず日本と答えていたろう。しかし強豪の2カ国を倒すのを見たあとでは、何と答えていいかわからないね。日本は簡単に下せるチームではない。彼らの武器はスピード、統制された動き、闘志だけじゃない。すばらしいテクニックもある。そして何より日本は我々が知らない力を持っている。彼らは決してあきらめない。試合時間があと何分だとか、今は何対何だとかなんて、彼らには関係ない。ただただ前に進んでくる。本当に驚きだ」

メディアはシステムの変更を予測

 クロアチアの守りの要CBのデヤン・ロブレンはカナダ戦でイエローカードを1枚もらっているが、日本戦には出場する予定だという。

「もし日本を軽んじていたら、退場の危険性のある俺は出さないはずだ。つまりクロアチアが日本戦を非常に難しく、重要だと考えている証拠だ」(ロブレン)

 クロアチアメディアの予測では、ダリッチ監督はこれまでの3戦で使ってきた4−2−3−1を変更し、4−3−3にするのではないかと言われている。これまで使ってきたシステムでは日本に手の内を読まれてしまうからだ。ダリッチ監督は言う。

「世界と同様に、我々も正直、ここで日本と当たるとは思っていなかった。日本に対峙するためには、チームも作戦も新たに考え直さなければいけない」

 トリノでプレーするMFニコラ・ブラシッチは日本から大切なことを学んだと言う。

「サッカーは名前や技術だけでプレーするわけじゃない。何よりもハートが大事なことを日本は思い出させてくれたよ」

 多くの日本の選手がプレーするドイツのホッフェンハイムに所属するアンドレイ・クラマリッチは、グループリーグで一番印象に残ったチームに日本をあげた。

「ジャイアントキラーはサウジアラビア、カメルーン、チュニジアと複数いたが、そのなかでも日本は突出していた。スペインやドイツを下した試合はきっと今後も長く多くの人の記憶に残るだろう」

 クロアチアのチーム関係者によると、日本対スペイン戦を見ていた選手たちは、勝敗が決まった時「ワオ......」と言ったきり、しばらく静かだったという。スペインの立場に今度は自分たちが立たなければいけない。それまで戦ってきたモロッコ、カナダより日本の実力は上だし、ベルギーも不調だった。そしてそんなチームを相手にクロアチアは圧倒的な強さを見せられなかった。一方、日本は強豪を倒してここまできた。

 クロアチアではレジェンドたちも、日本戦について物申している。スラベン・ビリッチは98年のフランスW杯で日本と対戦した。彼は日本を叩く作戦をこう説く。

ミキッチが監督に伝えた森保情報

「とにかくクロアチアは集中し、日本にスピードを出させないことだ。日本が高い位置でプレッシャーをかけてきたら裏に抜け、とにかく前半のうちに2−0にして決着をつけてしまうことだ」

 クロアチアでも一番の日本通といえばミハエル・ミキッチだ。彼はサンフレッチェ広島や湘南ベルマーレでプレーした経験を持ち、何より広島では森保一監督のもとでプレーした。彼は日本のことをこう説明する。

「クロアチアと日本では文化も、考え方も、食べ物も、そしてサッカーもすべて違う。与しやすいなどと思っていたら痛い目を見る。なぜなら彼らは障害が大きければ大きいほど、強さを発揮するんだ。これはクロアチアにはないものだ」

 彼はダリッチ監督にも直接電話をし、いくつかの注意を授けたという。その詳しい内容は明かさなかったが、クロアチアのテレビ番組ではこう語っていた。

「ハジメ(森保監督)は同じ試合の中でどんどんシステムを変えてくる。それも相手が気づかないうちに巧みに変え、チームはどんどん変貌していく。それが敵の神経をいらだたせるんだ」

 また彼は日本の選手個々にも触れている。

「三苫薫、鎌田大地、冨安健洋は嫌な選手だ。冨安がプレーするかどうかはわからないが、出てきたら厄介だね。長友佑都も何をしでかすかわからない。久保建英はまだ最高の力を見せてないが、ボールのマエストロだ。また、ブンデスリーガーでレギュラーとしてプレーしている田中碧や遠藤航を試合によってベンチに残すことができるというのは、日本にいい選手が多くいるという証拠だ」

 FIFAランキング、選手のクオリティなど、どこを見てもクロアチアのほうが上であることは確かだろう。しかしサッカーはそれだけではない。それは日本がここまで身をもって教えてきてくれたことだ。

前回準優勝のクロアチアは絶対に負けられない。一方、日本に失うものは何もない。ただ全力で戦うのみだ。その差がプレーにどのような違いを生み出すか。今から楽しみでならない。