メッシ、ベンゼマらが持つ「知覚」とは? 一流アスリートの高齢化が進んだ理由
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】
高齢化するスター選手たち(2)
(1)「カタールW杯でもメッシ、ロナウド、モドリッチが...高齢スター選手が増えたのはなぜか」から読む>>
リオネル・メッシ35歳、クリスティアーノ・ロナウド37歳、ルカ・モドリッチ37歳。カタールW杯ではそんなベテランたちが主役を張っている。だが、必ずしもスポーツ選手全体の選手寿命が伸びているわけではなかった。はたして「中年の星」でいるためには何が必要なのか。
僕は永遠の若さの秘密を探す旅をしたことがある。2008年の冬の日、イタリアのコモ湖に近い田園地帯にあるACミランの練習施設「ミラネッロ」を訪れたのだ。
すばらしい施設だった。空気がとても澄んでいる。練習グラウンドに寝そべっても、でこぼこなんかひとつも見つからない。
僕はバーに腰をかけ、完璧な(そして無料の)エスプレッソをいただく。通り過ぎる若者たちは──世界チャンピオンでも、そうでなくても──みんな「おはようございます」とあいさつしてくれる。
外では、トップクラスのフットボールの世界で最高齢のチームがトレーニングピッチをぶらついている。みんないまだに、背筋がしゃんと伸びた完璧なアスリートだ。この前年の2007年に、ミランは大半の選手が31歳以上という驚くべき構成のチームで、チャンピオンズリーグを制していた。
ブルーのスーツとブルーのトレンチコートを着た、グレーの髪の長身の男性が、たばこを吸いながら選手たちに目をやる。この喫煙者が、フットボール界で一番のメディカルチームを率いている。
彼の名はピエール・ミースマン。ミランで選手の管理を科学的・医学的に行なう「ミラン・ラボ」の所長だ。ミラン・ラボは選手たちの「ウェルネス」を高めようとするなかで、加齢の問題に答えを見つけたようだ。
「フットボール選手はトップレベルでいつまでプレーできるでしょう?」と、僕はミースマンに尋ねた。
「40歳くらいだと思う。昔はせいぜい、33歳か34歳だったけど」
ミースマンはミラン・ラボの秘密を明かしたがらず、「ケガをする可能性を前もって予測できたら、事前に防止できる」と言うだけにとどめた。ミラン・ラボでは選手の跳躍を分析することで、その選手がケガをするかどうかを70%の正確さで予想できるという。
メッシのつくる穴をカバーするアクラフ・ハキミ選手たちはフィジカル、メンタル、生化学の各分野で、1〜10点の間で評価を受ける。総合点で4.7点以下の選手は、ケガをする可能性がある。
このシステムはしっかり機能した。「非外傷性のケガが激減した。過去5年と比べて、90%を優に超える減り方だ」と、ミースマンは言う。
34歳になった今年、バロンドールに選ばれたカリム・ベンゼマ(レアル・マドリード)photo by Nakashima Daisuke
しかしミースマンが話してくれたなかには、中年フットボール選手の隆盛の理由をもっと的確に説明していることがありそうだ。彼は当時、ミランにいたブラジル人ストライカーのロナウドをほめ称えたのだ。すばらしい選手で、自分のケアにあくせくすることもないが、負傷が少なく、人生を楽しんでいるという評価だ。
「ロナウドはすばらしい」と、ミースマンは言った。「状況の理解も、反応も速い」。彼には試合がスローモーションのように見えているようだった。
ミラン・ラボは「知覚」(つまり「脳内にある詳細を解釈する」能力)がフットボールでは最も重要ではないかと考えている。平凡な選手でもスター選手でも、この力は年齢を経るにつれて高まっていく。知覚の改善は、パスの精度が年齢を1歳重ねるごとに0.25%ずつ上がる要因になっている。
しかし知覚の向上だけでは、選手寿命が延び続けている理由としては十分ではない。知覚が高まっても他の能力は低下するからだ。頭も脚も歳をとる。
中年までプレーできるのは、本当に偉大なフットボール選手だけだ。プレッシングが厳しくなったためにプレーのスペースが狭い今のフットボールでは、ほんの小さな穴を見つけられるカリム・ベンゼマやリオネル・メッシのような選手の知覚はあまりに貴重だ。そこで、彼らが失った能力をもっと若い選手たちが補っている。
たとえばパリ・サンジェルマンでは、モロッコの右サイドバック、アクラフ・ハキミ(24)がメッシの脚となり、彼がつくる穴をカバーする。こうしてメッシは、彼にしかできないプレーに集中できる。
ベンゼマと同じように、メッシはピッチをうろついて周りをスキャンし、他の選手たちの位置を頭に入れる。年をとったスターたちは自分の力を、本当に重要な瞬間まで温存しておく。力を爆発させるのは、たいてい相手ゴールの周辺だ。アーセン・ベンゲルは言った。
「ヨーロッパで最も優秀なストライカーたちは、みんな30歳以上だ。彼らは敵のあらゆるミスを利用することができる」
フットボールは決断の連続だ。選手は89分間、ボールに触らなかったとしても、つねに決断を繰り返している。今どこにいるべきか? そして90分がすぎる前にボールを自分のものにしたら、次の問いが浮かんでくる──さあ、何をすべきか?
(つづく)