スペイン戦後、久保建英の表情は明るかった。

 優勝候補にも挙げられ、自らが育ち、プレーする国の代表チームに、日本は劇的な逆転勝ちを収め、グループリーグを首位で突破したのだ。

 だが、久保自身のプレーに限って言えば、前半での交代となり、見せ場はほとんどなかった。にもかかわらず、表情に笑みと余裕があふれていたのは、自身の復調を感じつつあるからだった。

「今日は体がキレていた。コンディションはよかったです。初戦のドイツ戦のコンディションはよくなかったですね」

 久保は、淡々とそう語った――。


スペイン戦では「体がキレていた」という久保建英だが...

 初めてのW杯。初戦のドイツ戦で、久保はスタメン出場を果たした。だが、ドイツの攻撃力の前に、日本は何ひとつ抵抗することができなかった。しかも、PKを献上。先制を許して、0−1で前半を終えた。そして、久保も45分でピッチから消えた。

「ドイツ戦は、きつかったですね」

 中盤左サイドのシャドーで起用された久保だったが、ドイツの両サイドを幅広く使う攻撃の対応に苦慮した。サイドチェンジの際には、左サイドバックの長友佑都と久保の間に相手選手が入り込み、守備に下がらざるを得なかった。

 また、ドイツのエース、トーマス・ミュラーがトップ下からサイドに落ちてくることで、久保が彼にも対応しなければいけなかった。それは、まさに「想定外」のことだった。

 おかげで、相手のビルドアップに際して、久保は中をきるために動くとともに、ミュラーにボールが出れば、それも追わなければいけなかった。ゆえに久保は、追って戻され、また追うという状況が続いた。

「僕は、プレーしていてどこがミスマッチなのかわからなかったですけど、二度追いになって戻されて、というのを繰り返して、プレスが本当にハマらなかった。30分ぐらいからきつくなって、前にも行けなくなって......。正直、ドイツとの力差を感じましたし、まだ(世界で)4−2−3−1で戦うのは早いのかなって思いました」

 それでも、前半で何もできなかった日本は、後半に入って5バックに変更。次々に選手を入れ替えていくと流れも変わり、ドイツ相手に2−1と逆転勝ちを収めた。

「W杯は毎回、ヒーローが替わるところ」と語っていた久保。この試合で目の当たりにしたのは、ベンチを温めていた選手が結果を出したことだった。

「堂安(律)選手はすごく調子がよくて、(試合に)最初から出られずに悔しい思いをしていたけど、(途中から)出てすぐにボールがこぼれてくるのは、すごく"持っているな"と思いました」

 堂安に限らず、途中から出場した選手たちがイキイキとプレーする姿を見て、久保が「自分も」という思いを強くしたことは想像に難くない。

 久保にとって今回のW杯は、東京五輪から続く一連の流れのなかで「出ないといけない」大会だった。ところが、日本代表のシステムのなかではなかなか輝きを発揮できず、スペインリーグでの調子も上がらず、一時は出番がない状態が続いた。W杯のメンバー入りさえ、危ぶまれる時期もあった。

 当然、そういった声は久保の耳にも入っていたのだろう。実際、日本代表のことについて、少しナーバスになっていた時もあったという。それでも、徐々に状態を上げていった久保は、最終的に26名の代表メンバー入り。大会本番では、攻撃的MFとしてチャンスメイクやゴールが期待されていた。

 しかし、ドイツ戦では守備戦術を敷いた前半に出場し、久保の個性はまったく生かされなかった。コスタリカ戦では日本が主導権を握れるからこそ、攻撃センスのある久保の活躍が期待されたが、出番はなかった。

 迎えたスペイン戦。久保は「出場のチャンスを与えられるのであれば、無駄にしたくない」と語っていたが、前半はドイツ戦と似たような展開となった。ボールは相手に完全に保持されていた。

 それに対して、日本は全員で守備をこなして失点をしないプランだったが、前半11分に失点。その目論見はすぐに崩れた。以降も、前にボールが入った瞬間、一気にギアを上げてくるスペインの攻撃に圧され、日本はほぼ防戦一方だった。

 そんななか、久保は何度か繰り出したカウンターに手応えを感じていた。

「ドイツ戦のように何もできなかったのではなく、(攻撃に)行ける時は前から行っていた。何度か惜しいシーンがありましたし、カウンターをスペインは嫌がっていた」

 その分、再び前半でベンチに下がることには、悔しさが募った。

「守備的にいくのはチーム戦術なので仕方ないですが、前から行けばもっといいプレーができたし、ボールをとられる気もしなかった。もっと僕のところにボールがくるのかなと思っていました。個人的には、すごく悔しい試合になりました」

 そうした感情は、表情にも出ていたのだろう。他選手から「チームを信じろ」と声をかけられたという。

 そしてそのとおり、日本はドイツ戦に続いてスペイン戦でも逆転勝ち。決勝トーナメント進出を決めた。久保は、「次のチャンスを与えられたことを、チームメイトに感謝して、次、準備して、前半で結果を出すしかないと思っています」と、神妙な表情で語った。

 ただ、コンディションが上がってきたせいか、自身の態度には余裕が出てきている。

 ドイツ戦の前には、長友が髪の毛を赤く染めたことを聞かれると、「サッカーに集中したいので、サッカーのことを聞いてほしいと思います」と、ややピリピリした雰囲気を漂わせていたが、スペイン戦後には、ベンチで肩を組むことを提案した選手について聞かれ、「(長友)ひとりしかいないでしょう」と言って、周囲を笑いに誘った。加えて、「ああいう熱い選手がチームの雰囲気をよくしてくれる」と、ベテラン選手の行動に感謝の気持ちを示した。

 ここまで、ドイツ戦、スペイン戦と貴重な同点ゴールを挙げた堂安がラッキーボーイ的な役割を果たし、ヒーローになってきた。三笘薫も攻撃にアクセントを加え、高い評価を得ている。

 だが、久保が言うとおり「W杯は毎回、ヒーローが替わる」。スペイン戦翌日は体調不良で練習を休んだものの、メンタル的には次への準備は整っている。勝負のクロアチア戦。少しでも出番が回ってくれば、今度は久保がヒーローになってもおかしくない。