W杯史上、究極のジャイアントキリングを達成した日本の驚くべきデータ。パス1000本を駆使したスペイン相手に、シュートわずか6本で勝ちきる
ドイツ戦に続き、スペイン戦でも勝利を収めた日本。W杯の舞台で優勝経験のある強豪2カ国に逆転勝利を収め、下馬評を覆してグループを首位通過した事実は、まさしく「世界を驚かせた」という表現が相応しい快挙と言えるだろう。
スペインに勝利。今大会2度目のジャイアントキリングを起こした日本
果たして、日本が起こした今大会2度目のジャイアントキリングは、どのような戦術によって成し遂げられたのか。スペインにとっても敗戦が許されなかった大一番を改めて振り返ってみると、まるで奇襲作戦とも言えるような、ドイツ戦以上に"弱者に徹した"日本の戦い方が浮かび上がってくる。
まず、徹底したポゼッションスタイルを貫く4−3−3のスペインに対し、日本は5−4−1を選択。森保一監督が就任して以来、過去60試合を戦ったなかで一度も採用したことのない超守備的な布陣によって、相手にボールを保持されるのを前提にスペインに挑んでいる。そこからは、4−2−3−1でスタートしたドイツ戦とは明らかに異なる戦略と、試合に臨むメンタリティーが見て取れた。
では、日本はどのようなメカニズムで守備を機能させようとしていたのか。
4−3−3のスペインは、敵陣でボールを保持する際、両サイドバック(SB)が高めの位置をとって2−3−2−3に可変する。相手が4バックなら、SBのどちらかがさらに高い位置で幅をとって相手の最終ラインを左右に広げようとするが、この試合では日本が5バックでピッチの横幅をカバー。それにより、フィニッシュにつなげるアタッキングサードでの左右の揺さぶりが困難な状況になった。日本にとっては、コスタリカ戦と逆の立場だ。
そのうえで、日本はボールを保持するスペインに対し、ポゼッションの中心を担うピボーテのセルヒオ・ブスケツを経由するパス回しを防ごうとした。スペインのセンターバック(CB)がボールを保持する際、1トップの前田大然が左右に動いてブスケツへのパスコースを消す位置に立ち、守田英正が前に出てブスケツをマーク。つねにサンドイッチにするかたちで、中心核を封じにかかった。
ボールは回されたがシュート数は抑えたでは、インテリオールのガビとペドリは誰が見るのか。守田が前に出れば、中盤は「田中碧対ガビ&ペドリ」という1対2の数的不利に陥る。そこで日本は、攻撃が左サイドに偏る傾向にあるスペインに対し、日本の右サイドをタイトに、逆に相手の攻撃の脅威が低めの左サイドをルーズにするかたちで対応した。
つまり、中盤は田中がペドリをマークして、浮いたガビが後方に落ちてきた場合は相手の右SBセサル・アスピリクエタをマークする鎌田大地が間に立つことで前進をふさぎ、ガビが高い位置をとる場合は谷口彰悟が前に出てマーク。右ウイングのニコ・ウィリアムズには、長友佑都をマッチアップさせた。
一方、日本の右サイドは久保建英が左SBのアレックス・バルデを、ウイングバック(WB)伊東純也が左ウイングのダニ・オルモとマッチアップ。中央は吉田麻也がアルバロ・モラタをマークするので、右CBの板倉滉が余るかたちになるが、そこはブスケツやペドリにライン突破を許した場合の防波堤役とした。
試合序盤の日本は、そのようなメカニズムで守備を機能させたが、しかしスペインは一枚も二枚も上手だった。11分、自由にボールを保持できることがわかった左CBパウ・トーレスがドリブルでブスケツの左脇まで前進。ペドリのマークを捨てざるを得なくなった田中を引きつけてから、ダニ・オルモに展開して日本のMF「4」の網を突き破ると、左から右に揺さぶりをかけ、中央のマークがずれたところにアスピリクエタがクロスを供給。最後はモラタがヘッドで決めている。
ただし、失点後の日本は守備を微修正。最終ラインと1トップまでの距離をよりコンパクトにして、谷口がガビを、板倉がペドリを、吉田はそのままモラタをマーク。前半終了間際に3人がそれぞれのマッチアップでイエローカードをもらってしまったが、裏を返せば、それは守備がハマっていたことの証明とも言える。
前半を終了した時点のスタッツは、ボール支配率では日本の14%に対してスペインは78%(中立8%)、パス本数でも日本の127本(成功102本)に対してスペインの562本(成功530本)と、かなり一方的。
一方、日本のシュートは伊東(9分)と鎌田(36分)が記録した枠外シュート2本だけだったが、ボールを保持するわりにはスペインのシュートも5本(枠内3本)しかなく、ある意味、日本が1失点で済んだのは論理的でもあった。
弱者に徹した戦術が機能とはいえ、1点のビハインドを背負っている以上、そのまま自陣で守ってばかりはいられない。そこで森保監督は、後半開始から長友に代えて三笘薫を、久保に代えて堂安律を投入。これが攻撃のサインと言わんばかりに、立ち上がりの48分、それまで見せなかった前からのプレスを一気に仕掛けた。
バックパスを受けたGKに対する前田の猛烈なプレスを皮切りに、左サイドで鎌田と三笘がハイプレスを仕掛けると、焦ったスペインは出口を失い再びGKにボールを戻すと、前田のプレスを浴びたGKが左SBバルデにラフなパスを展開。それを猛スピードでプレスにきた伊東が頭でカットすると、そのこぼれ球を回収した堂安が左足でゴールに突き刺した。
さらにその3分後には、自陣FKでGK権田修一が右サイドにロングフィード。この時、伊東を見なければいけないダニ・オルモの戻りが遅れたことでフリーの伊東につながると、田中を経由して堂安が素早くクロス。ラインギリギリで足を伸ばした三笘の折り返しに田中が詰めて、あっという間に逆転に成功。まさしく絵に描いたような奇襲攻撃だった。
以降、再び「攻めるスペイン、守る日本」という構図で試合が展開するなか、左SBに攻撃的なジョルディ・アルバが起用されると、森保監督は61試合目にして冨安健洋を初めて右WBで起用し、さらに守備を強化。スペインは最後まで日本のコンパクトな5−4−1を崩しきれず、わずか約5分間で2点を奪った日本が大金星を飾っている。
結局、W杯史上最高のボール支配率78%を記録したスペインは、初戦のコスタリカ戦を上回る1070本のパスをマーク(成功992本)。対する日本は、ボール支配率14%(中立8%)、パス本数わずか224本(成功166本)と圧倒されながら、シュート6本のうち2本をゴールにつなげることに成功。究極のジャイアントキリングをやってのけた。
もちろん、両チームの5分おきのパス本数を比べても、日本が上回ったのは後半開始46〜50分までの時間帯のみ(日本=26本、スペイン=12本)。最終的には、弱者に徹した戦術がこれ以上ないかたちで機能したことが、最大の勝因と言えるだろう。
ボールを持つよりも、相手に持たれるほうが圧倒的に勝つ確率が上がるサッカー。これまでW杯本番に向けて取り組んできたプレスを浴びるなかでのビルドアップや、ショートカウンター狙いのハイプレス戦術を捨てた日本は、その内容云々は別として、まったく別のチームに生まれ変わったように見受けられる。
果たして、5日のクロアチア戦も同じような戦い方を選択するのか。ドイツやスペインとは違った特徴を持つクロアチアに対し、森保監督がどのような戦術を準備して、どのような采配を見せるのか。そこが勝敗のカギとなる。