三笘薫と田中碧、以心伝心のスーパーゴール。「なぜあそこに走り込んでいたのか…」「ワンチャンあるかなと」
コスタリカ戦からスペイン戦までの間、日本の選手たちの表情は固く、言葉数も少なかった。戦術やシステムについては箝口令が敷かれているとみられ、「それは言えないんです」というセリフも複数の選手から何回も聞いた。
だが、勝利後は一転、笑顔が弾け、言葉にもドライブがかかった。田中碧もそんなひとりだ。
田中碧のワールドカップ初ゴールシーン
「僕は持ってると思ってるんで。自分でそれを隠そうとは思ってないし、そうやってのし上がってきた部分もあるので。ただ、思いのほか(堂安)律も持ってるなって(笑)。あのゴールがなかったら、2点目はなかった」
笑いを誘いながら田中は言った。
「律も持ってるな」などと冗談めかして言えるのも、勝利したあとだから。ドイツ、スペインを下して1次リーグ首位突破というインパクトのある結果を手にした選手たちは、まずはその状況を噛みしめているようだった。
ドイツ戦に続いて2度目の先発となった田中は、冷静に自分の置かれた状況を見ていた。
「ケガ人が出て、いろいろあってチャンスをもらってる部分もあった。はたから自分が出る以上、結果を残して自分でポジションを勝ち取りたいというのもありますし、今この状況ですごくうまくなれるかといったらそうではない。目に見える結果を残すのが手っ取り早いので、それを残せたのはよかった」
田中のいうケガ人とは遠藤航のことだろうが、ほかにも冨安健洋も先発にはいたらず、酒井宏樹はこの試合には間に合わなかった。守備陣に負傷者が多いなかで、この試合にチャンスがきたのは田中だった。
ただ、田中としては、このチャンスを生かす一心だった。
「(自分の出来が)よくない時から、ワールドカップで点を取るっていうのはずっと信じてやってきた。ずっとイメージしてやってきましたし、まあ現実的に少し自分がやってきたことが報われたのかなと思います」
足が長くてよかった(笑)得点は幼馴染の「薫さん(三笘薫)」のアシストがあってのものだった。
「(堂安)律からの折り返しでワンチャンあるかなと思った。(ゴールライン際でボールが)何とか残るんじゃないかなと信じていた。(三笘)薫さんがうまく残してくれた」
肉眼ではラインの外に出たかに見えたボールは、VAR判定の結果わずかに(数ミリだったとの報道もある)ラインにかかっていた。堂安の折り返しに走り込んだ三笘は「1ミリでも残そうと思った。足が長くてよかった(笑)」とギリギリのところでボールに追いついたことを説明した。
三笘がゴール前に送ったボールに飛び込んだのは田中。「なぜあそこに走り込んでいたのかわからないけど」と三笘は振り返るが、田中は右足ふとももで押し込み、この日の追加点とした。
気持ちで押し込んだのでは、との問いに、きっぱりこう言いきった。
「いや、気持ちじゃないですね、別に。ずっとやってきたので、あそこに入っていくのは。まあ、うまく結果を残せたのはよかったかなと思います」
あくまで練習とこれまでの経験の結実であることに胸を張った。
田中は2021年の夏、ドイツ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフに移籍した。多くの海外移籍の場合と同じようにここで海外サッカーの厳しさを知り、成長したい、ワールドカップにつなげたい、できればその先にビッグクラブのチャンスがあれば、という移籍だった。
だが、これはドイツ人にしてみれば、とても不思議なものだった。Jリーグという自国のリーグで優勝するようなチームにいるほうが、自国の代表に入るにはいいのではないか。わざわざドイツの2部にきてワールドカップを目指す、ということがなかなか飲み込めていないようだった。
田中はそんな主旨の質問が出るたびに「2部からの日本代表は可能だ」と答えていた。自分にあったオファーのなかからデュッセルドルフという環境でプレーすることを選択したのだから、ここで成長して先につなげるしかないという決意もあったのだろう。
ゴールは積み重ねのご褒美実際にデュッセルドルフは2部ではあるが、ひと筋縄にはいかず、田中は苦労し時間をかけてスタメンに定着している。そんな、ドイツチャレンジが報われた感じのあるゴールかと聞いてみた。
「いや、別にそういうのはないですけど、シンプルにその自分の人生が少し報われたとは思う。ただ、自分が報われたのは一瞬のこと。
報われるっていうのは1年間通して何かやり遂げた時に、自分が頑張っていてよかったなと感じるということだと思います。だけど今回に関しては、ワールドカップでこうやって点を取れたのは一瞬のご褒美がきただけだと思うので、こういうのを積み重ねていって自分がまた、よりいろんなものを手に入れられるんじゃないかなと」
このドイツでの1シーズン半だけが報われたのではなく、もっと長いサッカー人生が報われたと感じている。田中には「報われる=頑張ってよかったな」と思う瞬間が、次戦のクロアチア戦でも訪れるはずだ。