カタールW杯のスペイン代表にはこれといった大スターがいないと言われている。いい選手はいるが、かつてのイケル・カシージャス、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタなどに比べると大物感はない。

 そんななかで一番の人気者は、ほかでもない監督のルイス・エンリケだろう。スペインでは今、メディアもサポーターも彼の話で持ち切りだ。ルイス・エンリケは技術や戦術、現代的なサッカーをチームにもたらしただけでなく、人間らしさをもたらした。

 ルイス・エンリケは今大会中、動画配信サービスで連日、1時間以上の動画を配信している。そこで彼の考えや代表の近況など、いろいろなことをざっくばらんに報告している。この配信を始めた時、彼は「とにかく話すのが大好きなんだ。学生時代はしゃべりすぎで、よく教室から出されたりもしたもんだ」と言っていた。

 
選手と国民のハートを掌握したスペイン代表のルイス・エンリケ監督 photo by Sano Miki

たとえば試合前の選手の性行為については「まったく普通のことだと思う。試合前夜に乱交パーティーはよくないが、私が選手だった頃も、妻とやるべきことはやっていたよ」。

 食生活については、とにかくおいしいものを食べるのが大事だと言い、食材については魚と特に卵を推奨しているそうだ。「アイスにしたりサラダに入れたり、目玉焼きにしたり、卵を一日5、6個は食べたほうがいい」などと言っている。

 このような「おしゃべり」を通じて、代表チームは人々にとってより身近な存在になった。代表の日常を知らせることで国民を巻き込み、当事者にすることに成功したのだ。ピッチ外における監督の作戦勝ちだろう。おかげでドイツと1−1で引き分けても、人々は多少落胆しながらも、誰も声高に批判することはなかった。

 スペインで興味深いのは、やはり若手の台頭だろう。18歳のガビ、20歳のペドリはすでにチームをけん引するまでの存在に成長してきている。同じバルセロナに所属するふたりの相性は抜群で、代表ではルームメイトなのだそうだ。ペドリ以外にも東京オリンピックで決勝までいったU−23のチームからは多くの選手がカタールに来ている。そしてこうした若手たちがうまくベテランたちと噛み合っているのが彼らの強みだ。

コンディションも万全なスペインに対抗するには?

 他のチームに比べてケガ人が少ないことも味方している。ガビはドイツ戦で少し右足を痛め、プロテクターをつけて別メニューで練習していたが、日本戦に出られないほどのものではなさそうだ。

 ルイス・エンリケ監督はドイツ戦から日本戦までの時間を、主に選手を休ませることに費やしている。練習は2度ほど、それも軽目のものにし、選手を疲れさせないようにする。あとの時間は家族と会ったり、プールに入ったり、日本代表のビデオを見たりして過ごしているようだ。

 チームは監督が推奨する独特の「アーシング」という健康法を取り入れ、心を落ち着けている。これは裸足で地球と直接触れることで、心と体を充電するというもの。また、監督は、とにかくよく笑うことを大事にしているともいう。選手、スタッフは全員が家族のようで、それがピッチでのシンクロした動きにつながるのかもしれない。

 周囲に批判はなく、自信を持ち、リラックスして、おいしいものを食べ、みんなで和気あいあいと笑い合っているスペイン。もちろん実力は世界レベルでコンディションも良好だ。そんなチームに日本はどう太刀打ちしたらいいか。

 唯一の方法は、スペインにないものを使うことだろう。スペインになく、日本が持っているもの。それは闘志だ。コスタリカ戦でのまさかの敗戦の怒り、それを取り戻したいという強い意志は、今のスペインが持ちたくても持てないものだ。そしてそれが日本の最大の武器になると筆者は信じている。

 スペインのテレビにはイニエスタが連日、インタビューで登場しているが、実際、彼はこんな警鐘を鳴らしている。

「コスタリカ戦を間違えた日本は、スペイン戦をリベンジの場と思っている。彼らが目指しているのは決勝トーナメントに進むことじゃない。サムライの誇りを取り戻すことだ。彼らは大いなる闘志を持ってスペインに向かってくるだろう。日本の集中力はすばらしい。そして強く優秀だ。ドイツに聞いてみるといい」

 もちろん、スペインが日本を軽んじているということはない。ドイツに勝った日本をリスペクトしているし、記者会見でも監督は「日本を全力で叩きにいく」と言っていた。これは決してリップサービスではないだろう。

 そしてこの試合で、スペインはドイツ戦で生じたいくつかの課題をすべて潰していかなければいけない。日本はスペインやドイツといった強豪を本気にさせる。それは何よりも日本がレベルの高いチームである証拠だ。あとはピッチの上でそれを証明するだけである。