ドイツ戦で森保監督がついに見せた”イケイケ采配”。3段階の積極策で日本代表はトップギアになった
日本がグループリーグ初戦でドイツを下した一戦は、間違いなく日本が過去6大会で経験したW杯の試合における最大のジャイアントキリングであり、日本サッカー史に永遠に刻まれるであろう、歴史的快挙と言っていい。
ドイツ戦の後半で、森保一監督は過去にない積極采配を見せた
では、前半33分にPKで1点のビハインドを背負った日本は、どのようにして後半に盛り返し、2点を奪って逆転勝利につなげることができたのか。ピッチ上に見る現象や両チームのベンチワークなど、この試合で何が起きていたのかを時間の経過とともに振り返ってみると、日本のジャイアントキリングを成立させた"勝負の綾"が見えてくる。
まず両チームの布陣は、予想どおり、どちらも4−2−3−1。負傷によりティモ・ヴェルナーをメンバー登録できなかったドイツは、カイ・ハフェルツがゼロトップの役割を担い、日本は前線で2度追い、3度追いができる快足の持ち主、前田大然を1トップに配置した。
キックオフの笛が鳴ると、ドイツはGKマヌエル・ノイアー、右センターバック(CB)アントニオ・リュディガー、左CBニコ・シュロッターベックの3人でパス交換をしながら、日本がどのようにハイプレスを仕掛けてくるのかを確認。しかし戦前の予想を覆し、日本が前からプレスを仕掛けることはなかった。
そこでドイツは、圧力を感じることなく、後方からのビルドアップにより日本陣内に前進するようになったのだが、そんな矢先の5分、中盤でジャマル・ムシアラのバックパスが乱れて伊東純也にボールがわたると、伊東は右サイドに空いたスペースを高速ドリブルで前進。その場面ではボランチのイルカイ・ギュンドアンのカバーによって好機を作れなかったが、日本の前進ルートのひとつが確認された。
それが伏線となり、日本はその3分後にも同じようにショートカウンターから伊東が右サイド(ドイツの左サイド)をドリブルで前進してからアーリークロスを前田に合わせたが、ネットを揺らしたシュートはオフサイドによりノーゴールとなっている。
おそらく、左サイドバック(SB)に攻撃的なダヴィド・ラウムが起用された場合、彼が高めの位置をとるために伊東の前方に広大なスペースが空く傾向にあることを、日本が分析していたのだろう。少なくとも、その2つのシーンからは日本の攻撃の狙いが見て取れた。
混乱のまま前半を終える一方、連続して同じような攻撃を許したドイツもここから本領を発揮。日本の狙いを確認すると、すかさず最終ラインを左肩上がりにスライドさせて、布陣を3−4−2−1に可変。ラウムの背後のケアをすると同時に、日本の守備を混乱させることに成功する。
守備時は4−4−2でブロックを形成する日本は、3バックの相手に対するプレスが課題として残されたままであることは、9月のエクアドル戦や直近のカナダ戦でも露呈されたばかり。ドイツもそれを分析したうえで、敢えて日本の布陣とのミスマッチを作って優位性を確保する狙いがあったのだろう。加えて、トップ下のトーマス・ミュラーの絶妙なポジショニングが、日本の守備をさらに混乱に陥れた。
本来自分がマークすべき相手の右SBニクラス・ズーレが3バックの右に移動したことで、久保建英がスタートポジションよりも内側に引っ張られるようになると、久保が空けたスペースにミュラーが下りて数的優位を作った。
すると、右ウイングのセルジュ・ニャブリもミュラーの動きに伴って内側にローテーションするため、マーク役の長友佑都もニャブリに引っ張られ、久保はズーレとミュラーの間で右往左往することに。状況によっては、左ボランチの田中碧が久保の背後のスペースをカバーするために左サイドに出ていかなければならないシーンも増えていった。
前半9分、10分、19分、26分、29分、30分と、ミュラーの起点を作る動きに翻弄された日本が自陣でボールを追うのが精一杯という状況が続くと、ついに31分、右サイドで起点を作ったミュラーから中央のヨシュア・キミッヒ、左のラウムへと展開され、ボックス内フリーでパスを受けたラウムにGK権田修一が飛び込んでPKを与えることとなった。
日本にとって幸運だったのは、追加点を与えなかったことだった。いずれにせよ、この戦況が続いた前半、ドイツはボール支配率で72%(中立10%)、シュート14本(枠内4本)と日本を圧倒。同18%、1本(枠内0本)の日本は、混乱状態のまま前半を終えている。
3段階のベンチワークそして、日本にとって最悪とも言える展開となったこの試合の潮目、つまりジャイアントキリングの引き金となったのは、森保一監督の過去に見たことのないレベルの積極的ベンチワークで、そこには3段階のフェーズがあった。
1つ目のフェーズは、後半開始から久保に代えて冨安健洋を起用し、布陣を3−4−2−1に変更したこと。左ウイングバック(WB)に長友、右に酒井宏樹を配置する5バックを採用することによって、まずはミスマッチによる守備の混乱を修正した。
ただし、これですべてが解決したわけではなかった。後半の立ち上がり47分に左サイドでズーレのパスを受けたミュラーがボールを運んでから右に流れたニャブリに展開し、ニャブリのシュートを浴びたほか、6分にもムシアラの個人技で決定機を許すなど、布陣変更後も何度かピンチを招いている。
それでも、マークの混乱が解消されたことで、敵陣に前進できるようになり、50分に見られたような、板倉滉、酒井、遠藤航の3人でムシアラを囲んでボールを回収するといったシーンも作れるようになっていた。
続く第2フェーズは57分。何とかボールを奪うところまではできるようになったことで、長友に代えて三笘薫を左WBに、前田に代えて浅野拓磨を1トップに起用し、いよいよ攻撃重視の戦い方へとギアチェンジ。これによって試合はオープンな展開になり、リズムを失い始めたドイツベンチは、ミュラーに代えてヨナス・ホフマン、ギュンドアンに代えてレオン・ゴレツカをピッチに送り込み、守備の安定を図っている。
しかし、71分に猛攻を浴びた日本は、そのピンチをGK権田の好セーブ連発によってしのいだ直後、さらに攻撃のギアを上げるべく第3フェーズに突入する。
71分に田中に代えて堂安律を前線に起用し、鎌田大地がボランチに移動。続く75分には負傷の酒井に代わって南野拓実を投入して伊東が右WBにポジションを移すと、フィールドプレーヤー10人を6人のアタッカーで構成する超攻撃的3−4−3で賭けに出た。
森保監督の"イケイケ"采配によってトップギアに入った日本は、75分に堂安が同点弾を叩き込むと、79分のドイツの2枚替えの影響を受けることなく、83分のFKで板倉がドイツの守備ラインの隙を突くロングパスを浅野に供給。背後をとった浅野が抜群のファーストタッチのあと、角度のないところから奇跡的とも言えるシュートをニア上に突き刺し、ついに逆転。ここに、世紀のジャイアントキリングが成立した。
積極采配でドイツを後手にもちろん、終始後手を踏んだドイツの後半のベンチワークにも問題はあったが、ドイツも完全に劣勢を強いられていたわけではなく、それなりに後半もチャンスを作り続けていたことが、後手の采配を誘発する要因でもあった。
試合後のスタッツは、ボール支配率がドイツの65%対日本の22%(中立13%)で、シュート数はドイツの25本(枠内9本)対日本の10本(枠内3本)。1試合トータルのパス本数は、ドイツの820本(成功743本)対日本の261本(成功207本)と、前日のアルゼンチン対サウジアラビア戦で起きたジャイアントキリングとよく似たスタッツだった。
いずれにしても、日本が下馬評を覆してドイツを下した背景には、森保監督が見せた後半の積極采配があったことは間違いない。それは、目の前で混乱する久保を見ていながら、守備の修正を施せなかった前半の采配ミスを補って余りあるものだった。
この勝ち点3を台無しにしないためにも、次のコスタリカ戦が極めて重要になることは言うまでもない。