試合終了の笛が鳴った時、日本のベンチから真っ先に飛び出してきたのは、長友佑都だった。

「いや〜、歴史的勝利でね。興奮しきっちゃって(笑)。頭に血が上りすぎて、マジでクラクラして倒れそうだった。そのくらい格別で、そのくらいうれしい勝利だった」

 長友は満面の笑みを浮かべて、そう語った。

 日本は、W杯初戦の強豪ドイツ戦で2−1と逆転勝利を収めた。長友の言う「歴史的勝利」"ジャイアントキリング"を成し遂げたわけだが、試合の前半だけ見れば、まさかこんな劇的なドラマが待っているとは想像もつかなかった。


初戦のドイツ戦で逆転勝利を飾った日本

 前半、日本はドイツにボールを握られ、自陣に押し込まれる展開が続いた。

「本当は最初から、もっと前からプレスに行きたかったんですけど、相手のポゼッションのうまさと、戦術的なギャップ作りがうまくて、なかなかハマり切れなくて......。前に行きたいけど、行かせてもらえなかった感が強かったですね」

 長友がドイツのうまさと怖さを感じたのは、トップ下にいるはずのトーマス・ミュラーが日本の左サイドに流れ、そこで起点を作って攻撃を形成していたことだった。

「僕の前には(セルジュ・)ニャブリがいたんですけど、そこにミュラーが流れてくるんですよ。そこで1対1、マンツーマンで向き合うことができない状況を作られてしまった。

 ミュラーは、その動きとポジショニングのうまさから、『さすが世界のトップ選手だな』と思いましたし、(ジャマル・)ムシアラの世界レベルの個人技による突破も含めて、そこを対応するのは相当難しいと思いました」

 劣勢が続き、ドイツに72%もボールを保持されるなか、前半33分、権田修一がPKを与えて、ドイツに先制された。

「1点とられたけど、これ以上の失点がなければ、絶対に何かが起こるということをピッチ内でしっかりと話し合うことができました。それに、うまく自分たちの守備がハマらない部分も想定していたので、みんな、ネガティブになることなくて、そういう時はブロックを作ってしっかり耐えることができていた。

 前半の(前田)大然のゴールがオフサイドになったけど、ああいうカウンターを狙っていこうということも、ずっとミーティングを重ねてきていたので、リードされていたけど、誰一人、焦ってなかったですね」

 ドイツに押し込まれても、リードされても、誰ひとり怯まず、ファイティングポーズをとり続けたのは、カナダ戦後、選手間やチームで何度も行なわれてきたミーティングが力になっていた。

「ミーティングで、戦術面の話もしましたが、どういうふうに戦うのか、どういうふうにワールドカップに入っていくのか、という精神的な話をみんなでしたんです。僕もその時、話をさせてもらって、侍の話をしました。

 いくら武器を磨いて綺麗にしても、すごい武器を作っても、そして技術を鍛錬して磨いてきても、結局、戦(いくさ)になって目の前の相手にビビってしまうと、そのすべてが無駄になる。

 それはサッカーも同じで、目の前の相手にビビっていたら戦術も技術も生きてこない。目の前の相手を潰すぐらいの強い気持ちで、みんなで臨もうということを話させてもらいました」

 長友の気持ちがチームに伝わったかのように、日本は押し込まれても焦らず、我慢した。そうして、ドイツに追加点を許さなかった。長友は試合後、「2点目を奪われなかったことが最大の勝因」と語ったが、日本の粘りが後半の逆転劇へとつながっていった。

 ハーフタイムでは、これ以上失点をしないことを選手間でも再確認。さらに、フォーメーションが変わることになり、どういうふうに相手をハメていくか、というところをしっかり話し合った。

 後半開始、日本は久保建英に代えて冨安健洋を投入。システムを3バックに変更し、ハーフタイムで確認したことを実践した。これが、ドイツにハマった。日本の守備が機能するようになり、前半は沈黙していた両サイドを使った攻撃が可能になった。

「4バックも、3バックもかなりトレーニングしてきて、試合のなかで変わる可能性があるっていうのは、森保(一)さんからも伝えられていた。3バックに変わっても、誰も疑問に思うことなく、スムーズにできたのはしっかりトレーニングしてきた成果だと思います。後半は、相手のほうが結構アタフタして、戦術を変えたのがほんと大きかったですね」

 長友は後半12分、三笘薫と交代し、ベンチに下がった。同時に、前田に代わって浅野拓磨が入った。フレッシュな浅野が入って前からボールを追い始めると、全体が活性化され、日本は攻守に動きが出てきた。

 さらに、後半26分には堂安律が投入された。長友は、「ヒーローになってこい」と堂安を送り出したという。そして後半30分、酒井宏樹に代わって入った南野拓実がすかさず仕事をし、三笘からのボールを振り向きざまにシュート。GKが弾いたボールを堂安が詰めて同点に追いついた。

 日本は、両アウトサイドの右に伊東純也、左に三笘を配置する超攻撃的な布陣をとり、試合をひっくり返す姿勢を見せる。これまで「動かない」「後手を踏む」と言われてきた森保監督の采配だったが、ここに来て"勇気を出して戦え"と言わんばかりの積極的な采配を見せた。

「点をとりにいく時は、こういう形になるっていうのは選手に伝わっていたし、選手みんなもわかっていた。いろんな戦術的なオプションがあり、個人戦術もある。

 純也がウイングバックに入って攻めきるとか、拓磨や律なんかもそうだけど、途中から出てくる選手が流れを変える。これは、この4年間かけて、森保さんがいろんな選手を試して、誰が出ても同じレベルでプレーできるようにしてきた結果だと思いますね」

 後半38分には、板倉滉のロングパスを受けた浅野が角度のないところから豪快なシュートを決めて、ドイツを突き放した。その時も真っ先に飛び出していったのは、長友だった。

「ベンチでみんな、心ひとつになっていた。比べるのはよくないけど、ドイツのベンチとはぜんぜん違っていて、自分たちはみんな熱量が高くて、みんな一緒に戦っていた。チームがひとつになること――ずっと言い続けてきたけど、これは大事。チームは過去一、一体感があるね」

 長友は今回も含め、3大会で初戦勝利を経験している。南アフリカW杯ではカメルーン戦、ロシアW杯ではコロンビア戦、そして今回のドイツ戦だ。そのなかでも、今回は「格別だ」と表情を崩した。

 ミックスゾーンにキャプテンの吉田麻也が現われると、「コラッジョ」と言いながら抱き合って笑みを見せた。Coraggioとは、イタリア語で「勇気」という意味だ。

「僕がミーティングで使い始めたんですけど、キックオフの時にも言っていました。これを言うと、なんか強くなれる感じがするんですよ。今はチームの合言葉みたくなって、みんな使ってくれているんでよかった」

 頭皮を傷つけたと笑いながらも、髪の毛を赤色に染め、チームのムードを作る役割を果たしている長友の「コラッジョ」は、カタールで日本の快進撃を象徴するキーワードになりそうだ。