これまでに数々のチームを率いて結果を残してきたルイス・ファン・ハール監督が、オランダ代表の指揮を執るのはこれが3度目。ワールドカップという大舞台を前にしても、71歳の名将は余裕綽々だった。

 グループリーグ初戦となるセネガル戦の前日会見でのことだ。

「同時通訳が入るので、最初に何語で話すかを言ってから質問してください」

 進行を務める広報担当者が、出席している各国ジャーナリストに向かってそう伝えると、はじめに翌日の試合についてのコメントを求められたファン・ハール監督は、顔色ひとつ変えずこう切り出した。

「私はオランダ語で話します」

 緊張感が漂う会場に、思いがけず起きた笑い。百戦錬磨の指揮官が、その場の主導権をがっちりと握った瞬間だった。

 ファン・ハール監督がワールドカップでオランダ代表を指揮するのは、2014年ブラジル大会以来のことだ。

 当時は、ロビン・ファン・ペルシー、アリエン・ロッベンら、攻撃陣に強力なタレントを擁してベスト4進出。準決勝でアルゼンチンにPK戦の末、敗れはしたものの、3位決定戦では地元ブラジルを圧倒し、3位で大会を終えている。

 過去3度の準優勝があるオランダ代表を世界王者に導くことこそできなかったが、十分な成果を挙げたと言っていい。

 ところが、ファン・ハール監督は今回のオランダ代表について、2014年当時のチームよりも力は上だと評価する。

「今回のチームはいい選手がそろっており、世界チャンピオンになれるハイレベルなメンバーだ。このチームは互いに信頼し合って一丸となれる。優勝を持ち帰りたい」

 見た目の派手さで言えば、2014年当時のチームにはかなわない。

 だが、確かにファン・ハール監督が言うように、要所に際立ったタレントを配し、中心軸がブレない現在のチームは、むしろ勝負においては一枚上手なのかもしれない。

 特にファン・ハール監督が「これまでに何人ものキャプテンを見てきたが、本当にすばらしいキャプテンだ」と絶賛するフィルジル・ファン・ダイクを中心としたディフェンスが、安定したチームの強さを支えている。

 この日のセネガル戦もそうだった。

 オランダは試合序盤、右サイドからの攻撃を中心に決定機を作り出すも、これを生かせずにいると、次第に今年行なわれたアフリカネーションズカップ2021を制した難敵・セネガルに反撃を許すことになった。試合全体の流れを振り返れば、終始圧倒できていたわけではない。

 しかし、相手の攻撃を確実にはね返すと、指揮官が「選手のポジションを変えてよくなった」という後半に2点を奪い、首尾よく勝ち点3をもぎとった。

 戦い方を見ていても、戦術的に整理され、実に落ち着いた様子を見せている。

 3−5−2の布陣から、まずは2トップが相手のセンターバックに外から制限をかけ、中央にパスを出させたところで中盤の選手がハメにいく。プレスと聞くと、前線の選手が必死に走り回る姿を思い浮かべるかもしれないが、オランダは非常に効率よく、最小限の動きでプレスを機能させることができていた。

 中央に誘い込んで奪ったボールは、相手ゴールに向かって一気に前進させる。それができなければ、左右に広く展開してサイドから崩しにかかる。

 前半半ばまでにあった決定機を生かしていれば、試合はもっとラクなものになっていたかもしれない。

 それでも後半84分、フレンキー・デ・ヨングのクロスをコーディ・ガクポが頭で仕留めて先制。試合終了目前の後半アディショナルタイムには、途中出場のディヴィ・クラーセンがダメ押しの追加点を奪い、アフリカ王者を2−0で退けた。

 ファン・ハール監督も「満足はしていない」と言いつつ、「何よりアフリカチャンピオンに2−0で勝てたことが、それはそれはうれしいことだ」と、率直な気持ちを言葉にした。


初戦のセネガル戦を2−0と快勝したオランダ

 また、ファン・ハール監督が「メンフィスがプレーしたことが重要だった」とも話しているように、右足のケガの影響で先発メンバーから外れたエースストライカー、メンフィス・デパイが後半途中から出場し、上々の動きを見せたことも今後を見据えると好材料。

 オランダが属するグループAは、開催国のカタールを除けば、セネガル、エクアドルと好チームがそろい、大会前に予想された以上にレベルは高いが、今のオランダなら、確実に抜け出してくるに違いない。

「よりエモーショナルで、ふだんのゴールとはまったく違うものだった」

 ワールドカップデビュー戦にして、自身初ゴールとなる貴重な決勝点を決めたガクポは、歓喜の瞬間の気持ちをそう表現した。

 前回の2018年ロシア大会ではヨーロッパ予選で敗退し、本大会出場を逃したオランダ代表。その分、ワールドカップ経験者は少ないが、それでも実力者が居並ぶチームは優勝候補と呼ぶにふさわしい。

 いよいよ世界の頂点に立つべく、オレンジ軍団がワールドカップに帰ってきた。