「もしもし、御社の斎藤さんですが…」友人の会社に電話する女は、ある密告をして…
「あの子…フツーじゃない！」
そんな風に言われる女たちが、あなたの周りにもいませんか？
― どうしても、あれが欲しい…
― もっと、私を見て欲しい…
― 絶対にこうなりたい…！
溢れ出る欲望を抑えられなくなったとき、人間はときにモンスターと化すのです。
東京にひしめくモンスターたち。
とどまることを知らない欲望の果て、女たちが成り果てた姿とは──？
▶前回：「その人、私の彼ですけど！」彼氏を載せたインスタに付いたコメント。その怖すぎる事情とは
密告する女
詩織は、発狂した。
終電間際の、東京駅。
ドラマの撮影でもしているのかと、周囲から視線が集まる。
「ごめん。本当にごめんな、騙すつもりなんてなかったんだけど…」
「騙してるじゃないっ！！」
40歳くらいの男性が、必死に詩織を慰める。
「私、23歳から7年間、あなただけと付き合ってきたの…」
「…」
「私、あなたしか男性を知らない…」
「本当ごめん…」
ちょっと歳の離れた、長年連れ添った恋人。当たり前に結婚すると思っていた恋人。
「妻にバレてしまった以上、もう付き合うことはできなくて…。もう、連絡もとれない。本当にごめん…」
実は、子どもまでいる妻帯者だったと、まさに今発覚したようだ。
男は一方的に言い切ると、詩織の制止を振り切り、走るようにどこかへと逃げていってしまった。
終電のベルが、遠くから聞こえる。
人けのない東京駅前でひとり、詩織はいつまでも泣き続けるしかなかった。
それから詩織は、色んなものが許せなくなっていった。
「ねぇ、それタンクの新作じゃない？」
「あ…、そうなの。実は買ってもらっちゃって…」
それは、友人と楽しくお茶をしているときでも。
「ねぇ、誰に買ってもらったの…」
自分より、幸せそうな恋愛をしている人間が…。
「え…。彼だけど…」
「彼って、誰？彼氏なんていなかったよね？」
そして、その恋愛に少しでも邪悪そうな影があるとなれば、もう居ても立ってもいられないのだ。
「最近、仲良くしてくれてる人がいて…」
「何歳くらいの人なの！？それ！！」
日曜の昼下がり。『epulor』の静かな店内が一瞬、さらに静まり返る。
「ちょっと年上なんだけどね…」
「だから、いくつなの？」
「…」
いつも、こうなってしまう。
さっきまでは楽しく談笑していたというのに、相手が仲の良い友人だとしても、ついつい目くじらをたててしまうのだ。
そして、詩織は友人を問い詰めるだけにとどまらず…。
「もしもし、おたくに勤めている斎藤さんに関してなんですが…」
詩織は翌日、彼女の勤務先に電話していた。
「年上の既婚男性、多分、御社の男性社員に貢がせているんですよ。これって、不倫ですよね？どうなってるんでしょう？」
代表電話には、毎日色んな電話がかかってくるのだろう。
「さようでございますか…」
手慣れた対応をされてしまった詩織は、どうも腑に落ちない。
「御社は、不倫を許容するんですか？どうなっているんですか？不買運動起こしますよ？」
相手が困るまで、電話口でエスカレートしていくのだ。
さらに、詩織のその挙動は、とどまることを知らなかった。
◆
平日の夜、詩織は彼女の職場の前で待機していた。手には一眼レフ。職場からでてきた友人を追い、詩織は尾行した。
そして、少し年の離れた男性と密会するところを激写。証拠写真をもって、再度通報するのだった。
「ちょっと、おたくの社員は一体どうなっているんですか…！！」
まるで自分ごとかのように、不純な恋への執着は収まるところを知らない。
そして、勢いは止まらない。
道行く幸せそうな、ちょっと怪しげなカップルに声を掛けるのだ。
「ちょっと！」
「はい…？」
「お二人のご関係は？」
「…」
「だから！！お二人のご関係はっ！？」
その鬼のような形相に、カップルは走るようにして逃げていく。
そして、次の獲物を探す。
「ちょっと、そこの二人。ちょっと！！聞こえてないの！？あなたたち、どういう関係なの！？」
「え…？」
「だからっ！！聞こえてないの！？どういう関係なのっ！？」
「お前誰だよ、関係ねぇだろ…」
詩織だって、きっとどこかでわかってる。こんなことしたって、幸せにはならない。恋人は戻ってこない。
だけど、どうしてもやめられないのだ。
どうしても、世の中から不純な恋愛を成敗したい。私みたいな絶望を感じる女の子を、この世からなくしたい。そう思ってしまう。
それに…。
本当は、彼にまた会って、もう一度怒りをぶつけたい。どうして、どうして私をあんな目に合わせたのか…。
全てをぶつけてやりたい…。
でも、できない。もう連絡はつかない。
そのやり場のない怒りの矛先を、詩織は探しているだけのかもしれない。
「ちょっと！！そこの二人！！」
色んな複雑な感情をすべてぶつけるように、詩織は今日も風紀を取り締まる。
どこか哀愁の漂う正義感モンスターが、東京を練り歩く。
▶前回：「その人、私の彼ですけど！」彼氏を載せたインスタに付いたコメント。その怖すぎる事情とは
▶1話目はこちら：15分前に頼んだUberより早く、食事会に駆け付ける女。彼女のまさかの移動手段とは…
▶Next：11月29日 火曜更新予定
婚活がうまくいかない女がとった、とんでもない最終手段
