トップ選手のエネルギーは「自分たちにもある」

 11月19日、北海道・真駒内。グランプリ(GP)シリーズ、NHK杯のアイスダンスはフリーダンスの戦いが佳境に入っていた。

 村元哉中・郄橋大輔のカップルは、上位が集う第2グループで5分間練習の最中だった。世界のトップアイスダンサーたちと同じ舞台に立っている。結成3年目で堂々の姿だ。


NHK杯フリーダンスの村元哉中・郄橋大輔

 そこには、独特の気配があった。それぞれのカップルがギリギリまでコースを譲らず、何度かぶつかりそうになる。

「皆さん、表彰台がかかっているので容赦なくて。氷に乗ったら、自分たちに集中するのが一番ですが、トップ選手のエネルギーが感じられましたね。そして、そのエネルギーは自分たちにもあると思いました」

 村元は笑顔で強気に振り返った。

「朝の公式練習からそうでしたが、みんなバチバチでした。昨日とは打って変わって。昨シーズンまでだったら、ビビって避けまくっていたと思いますが、今はもの怖じせずに。本当に危ないと思うまで避けません」

 郄橋も柔らかい口調で言いきった。

 そのワンシーンは"かなだい"と親しまれるふたりが、すでに世界のアイスダンスの一角に入り込んだ事実を象徴していた。

色気たっぷりなふたりの世界観

 11月18日のリズムダンス。演技開始前、郄橋は自らを奮い立たせるように、やや大袈裟に村元へ満面の笑顔を向けた。

「振り向いたら(郄橋)大ちゃんが笑顔だったので、これは大丈夫って思いました」

 村元はそう明かしている。

「公式練習でふたりのタイミングが合っていなくて。うまくはいっていない状況でした。でも、『思いっきり滑ろう』ってふたりで話して。自信を持って滑れたと思います」


リズムダンスのかなだい

 リズムダンスの『コンガ』は、スタートポジションがリンクサイド近くになる。GPシリーズ・スケートアメリカではカメラの前、チャレンジシリーズのデニス・テン・メモリアルチャレンジでは、振付師のマリナ・ズエワの前だった。

 そして今回はファンの目の前。村元はひとりのファンをロックオンし、少しも目を離していない。一方、郄橋は人の目を見ないようにしていたが、「最終的には目が合った」と言う。

 その一端にも、ふたりの性格が出た。

 ともあれ、一瞬でふたりの呼吸は合った。ラテンの旋律が会場に響くと、色気たっぷりに観客を世界観に引き込む。ふたりとも黒を基調にゴールドが入った衣装で、調和すると色が溶け合った。ツイズルも美しくシンクロ。最後のローテーショナルリフトは練習で苦戦も、結果はレベル4をたたき出した。75.10点で5位と、上位グループに入るスタートをきった。

「スケートアメリカ、デニス・テン(・メモリアルチャレンジ)は2試合連続で調子がよく、何も考えずに挑めたんですが」

 郄橋は事情を明かした。

「NHK杯はタイミングが合わないところがちょこちょこあって。うまくいかないながらも、調整しながらのパフォーマンスになりました。そこで公式練習、ウォーミングアップ、本番と、ひとつやるごとに修正することができたのは収穫で。100%じゃなくても、それに近いものを出せることができたのは成長かなと思います」

郄橋の体力に課題「踏ん張って!」

 アイスダンス3シーズン目、かなだいは目覚ましい進化を遂げてきた。1年目で全日本選手権2位。2年目の昨シーズンは、国際スケート連盟(ISU)の国際大会で銀メダル、四大陸選手権で日本勢史上最高の銀メダル、そして世界選手権に出場。

 今シーズンはISU国際大会で初の金メダルを手にし、今回のNHK杯でもリズムダンスでは、会場で一際大きな喝采を浴びた。

 ふたりは濃密なトレーニングによって、「アイスダンスは時間」という分厚い壁を突き破ってきた。それは郄橋がシングル時代に世界王者に輝いた実績や、村元の五輪での日本勢最高位の経験と、どちらも等しく土台にあったはずだが、アイスダンサーとしてふたりでつくり上げたものだろう。

「シングルとアイスダンスは別物」

 郄橋も淡々と言った。シングル時代に『オペラ座の怪人』を滑っているだけに、一部メディアはノスタルジーに焦点を当てようとしたが、彼はやんわりと避けた。あくまで「今を生きる」アイスダンサーであり、その矜持こそが成長を早めているのだ。

 とは言え、道はまっすぐではない。

 世界トップに混ざったフリーダンスでは、課題も出た。『オペラ座の怪人』の狂気や恋慕(れんぼ)は伝わった。しかし前半、飛ばしすぎたことで、後半はバテた。最後のリフトで村元が持ち上げられながら「踏ん張って!」と郄橋に声をかけたほどだった。どうにかチームワークで乗りきったという。

「よく落とさずにすみました」

 フリーダンス後、郄橋は荒い息遣いで、安堵するように言った。実際、しゃがみ込んでラストポーズを決めた郄橋は、村元と見つめ合ったまま立ち上がれないほど疲労していた。スコアは103.68点と伸びなかった。

「プログラムを通して、最後まで滑りきる体力が必要ですね。リズムダンスはまとまってきましたが、フリーは(内容を)かなり変えてきているので、まだ数をこなせていなくて。シーズンのスタートが遅れてしまったり、(アメリカで)ハリケーンがあったり、という影響もあります」(郄橋)

 あらためて、アイスダンスは「時間×濃度」なのだろう。

 トータル178.78点は総合6位だった。しかし悲観することはない。日本勢では一番だ。

「3シーズン、あっという間で。でも、一つひとつの経験を大事にしてきたから、今があるんだなと。だからこそ、今できることだけをひたすら考えて」

 郄橋らしい地に足がついた言葉だ。

 かなだいの次の舞台は今年12月、大阪で開催される全日本選手権になる。それは来年3月の世界選手権にもつながる。再び、世界参戦だ。