「浮気しない男なんて、この世にいますか？」大勢の男女を見てきた元港区女子の見解とは…
東京…特に港区は、ウソにあふれた街。
そんな港区を走る、すこし変わったタクシーがある。
ハンドルを握るのは、まさかの元・港区女子。美しい顔とスタイル。艶のある髪。なめらかな肌…。
乗客は皆、その美貌に驚き、運転席の彼女に声をかける。
けれど、彼女と話すには、ひとつルールがあった。
「せめて乗車中はウソ禁止です」
乗客たちは、隠れた本音に気づかされていく――。
▶前回：年収2,000万のバリキャリか、年収300万の派遣か？一流企業の29歳男が選ぶ女は？
虎ノ門〜白金 有紗を乗せて
自分のタクシーに乗せた客が、後日、領収証に記載された電話番号を介して「またあの人でお願いします」と指名してくることは、珍しいことではない。
だが、当日すぐに指名されることは、舞香にとって初めてだった。
およそ1時間前、“修羅場へ向かうため”に乗せた有紗が、ふたたび舞香のタクシーに乗車してきた。
「もう一度、話を聞いてもらいたいと思って」
舞香を呼び出した理由を、有紗はそう説明した。
「話し合いは、30分ほどで終わりました」
有紗には5年付き合った彼氏・功太がいる。しかし功太の浮気が判明。ここ1年半近く、会社の同僚と二股していたのだ。
それで今夜、功太と浮気相手の女性と共に、3人での話し合いをアンダーズで行った。
「話し合いの結果がどうなったか、聞いてもらいますか？今度はウソはつかないので」
「ええ、もちろんです」
「最初に口を開いたのは、功太でした」
功太は、結論から告げてきたらしい。
「彼は、二股していた責任を取って、私とも相手の女とも『別れる』と言い出したんです」
「そうですか…」
「でも、私は『別れる』なんて、ウソだと思いました」
有紗は、功太の浮気相手・ミレイの本名を、話し合いの席について初めて知った。
「下平実嶺」と書かれた名刺を、突然渡してきたのだという。
「ビックリしました。普通こういう状況で、名刺なんて渡してきますか？」
舞香はつい苦笑した。
実嶺が、名刺を使ってマウントを取ろうとしたように思えたからだ。
有紗の話によれば、実嶺は“年収2,000万弱“のエリート。一方、有紗の年収は“いいときで300万”。
バリキャリの女性でも、恋愛のこととなると途端にIQが下がるものなのか、と舞香は感じる。
「しかもタイミングもめちゃくちゃだったんです。功太が『有紗とも実嶺とも別れる』って言い出したあとに、急に渡してきたんですよ？意味がわかんない」
「実嶺さんも、実嶺さんなりに緊張してたのかもしれないですよ。なにしろ、三角関係の修羅場ですから」
「うーん、まあ、どっちだっていいんですけどね」と有紗は疲れた様子でつぶやいた。
「それで…話し合いはどうなったんですか？」
「功太が、私とも実嶺さんとも別れると言ったあと、実嶺さんが『私も別れようと思ってた』って言いました。
『本命の彼女がいることを知っていて付き合った私が悪い。だから責任を取って別れる』って」
舞香がバックミラー越しに見ると、有紗は自嘲気味に笑っていた。
「笑っちゃいますよね。功太と別れたくないって思っていたのは、私だけだったんです」
それから有紗は目元を拭う。
泣いているのかもしれない、と舞香は思った。
でも、見てはいけない。バックミラーで確認せず、進行方向だけを見据える。
「とにかく私、とても惨めでした…。もし、行きのタクシーで舞香さんと話していなければ、もっと惨めだったかもしれません」
舞香は行きのタクシーで、不誠実にも二股するような功太が本当に必要なのか、と有紗に説いていたのだ。
「だから…ありがとうございました」
後部座席で頭を下げる有紗に、舞香は「いえ…」と返事するしかない。
空気が重たくなる前に舞香は話題を戻す。
「それで、功太さんの発言の、どこをウソだと思ったんです？」
「ああ、功太が、私とも実嶺さんとも別れると言ったことです。それから、実嶺さんが『功太と別れる』と言ったのも、ウソだと思いました」
有紗が何が言いたいか、薄々気づきながらも尋ねる。
「どうしてウソだと思うんです？」
「功太と実嶺さんは、口裏を合わせていたと思うんです。別れたフリをして、私と完全に縁を切るのが目的です。こっそり付き合い続けるつもりなんだと思います」
「つまり、三角関係を穏便に終わらせるためのウソ、ということですか？」
「そうです。だって別れたところで、功太と実嶺さんは会社の同僚。しかもプロジェクトチームまで一緒なんですよ？」
「たしかに、ヨリを戻すのが目に見えていますね」
「はい。正直、勝手にやってくれって感じです」
だんだんと有紗が饒舌になってくる。
「というわけで、功太のことは諦めることにします」
バックミラーで確認すると、有紗の目に、涙がたまっていた。
有紗は、失恋の傷はあれど前を向こうとしている。その姿を見て舞香は、彼女を応援したいと思った。
「実は、舞香さんのタクシーにもう一度乗ろうと思ったのには、話し合いの結果をお伝えする以外に、もうひとつ理由があって」
「はい。なんでしょう？」
「どうやら私、男を見る目がないみたいなんです」
5年付き合った男に、1年以上も二股されていたのだ。そう思うのも無理はないと思う。
「男選びのコツを教えてほしいんです」
「私に？」
「舞香さん、男を見る目がありそうだから」
「申し訳ございませんが、ご期待には沿えません。男を見る目…私も養いたいぐらいです」
「そうなんですか…」
本当に残念そうに有紗はつぶやくが、すぐにさらなる質問を投げかけてきた。
「じゃあ、浮気をしない男って、どんな男だと思います？二股するような男とはもう二度と付き合いたくないので、知っておきたいんです」
「浮気しない男ですか…」
舞香は、真剣に考えてみた。
タクシーは、すでに白金に到着している。
有紗は会計を済ませたが、降車せずに舞香と話を続けていた。舞香もそれに応え、表示灯を『回送』に切り替える。
「残念なお知らせですが、浮気しない男はいません」
舞香はきっぱりと言った。
港区でも、もちろん港区以外でも、舞香は多くの人間を見てきた。
男に限った話じゃない。女の浮気も、何度も見た。
「男も女も、人間なら誰だって浮気する可能性はある。というのが私の結論です」
「…舞香さんが言うなら、それが真実かもしれないですね」
「ただし、恋人やパートナーに“浮気させない人間”はいると思います」
「浮気させない人間…？」
「はい。これまで散々浮気してきた男性でも、その女性と付き合ったら浮気しなくなる…ということは往々にしてあります。
そういう女性になればいいんじゃないでしょうか？」
有紗は、うーん、と唸ってから尋ねてくる。
「男に浮気させない女って、どういう女ですか？」
「それについては、様々なタイプがいると思います」
舞香は、そう前置きしてから、話を続ける。
「浮気させないように、相手を束縛するという女性もいます。浮気した場合の罰を強めるという女性もいます。
その反対に、相手を自由にすることで信頼感を強調し、同時に相手に強い罪悪感を抱かせるという女性もいます。
人それぞれタイプが違うので、ひとくくりにはできません。でも、どのタイプの女性にも共通していることが1つあると、私は思っています」
有紗は静かに聞き入っている。
舞香は、あえてバックミラー越しに有紗の目を見て告げた。
「自分を大事にしている女性です」
言いながら舞香は、行きのタクシーからずっと引っかかっていたことについて、有紗に話そうと決めた。
行きのタクシーで有紗は、もともとキャリア志向だったものの、功太と付き合ったことでキャリアを諦めたと言っていたのだ。
「お客様は、行きのタクシーで『男に頼らないバリキャリの女性に憧れていた』とお話しされていました。
ご自身の憧れを、もっと大事にしたらいかがでしょうか？」
「それはつまり、今からキャリア志向になれってことですか？」
有紗は失笑する。
「何言ってるんですか、私、26歳ですよ。もう遅いです」
「まだ26歳です。たとえ36歳でも46歳でも、遅いなんてことはありません」
有紗の笑い声が止まった。
「…」
「キャリアは浮気をしません。功太さんと違って、二股もしません。お客様を裏切ることはありません」
「…そっか」
絞り出すような声で、有紗は言った。
「本当、そうですね」
「偉そうなことばかり言って、すみません」
「いえいえ、そういう話を聞きたいってリクエストしたのは、私なので」
妙な間が生まれ、2人でクスクスと笑った。
「では、そろそろ業務に戻ります」
有紗はもう大丈夫だろう、と舞香は判断した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ご乗車ありがとうございました」
後部座席のドアを開ける。有紗は、降りる前に、舞香の顔を見た。
「また、舞香さんのタクシーに乗ってもいいですか」
「ええ、もちろんです。光栄です。ぜひお待ちしています」
有紗を降ろし、舞香のタクシーはプラチナ通りを走り出す。
サイドミラーを確認すると、有紗は、降りた場所に立ったまま見えなくなるまで手を振っていた。
― キャリアは浮気しない、か…。
舞香は、あらためて心の中で呟く。
それはかつて菅家涼太に言われた言葉でもあった。
▶前回：年収2,000万のバリキャリか、年収300万の派遣か？一流企業の29歳男が選ぶ女は？
▶1話目はこちら：港区女子を辞め、運転手に転職した美女。きっかけは？
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子供を連れて家出した女性を、実家まで運ぶことに…。
