「看護師って嘘だったの？」婚活中の外銀マンが女の嘘にハマってしまったワケ
スマートウォッチが全盛の今、あえてアナログな高級時計を身につける男たちがいる。
世に言う、富裕層と呼ばれる高ステータスな男たちだ。
ときに権力を誇示するため、ときに資産性を見込んで、ときに芸術作品として、彼らは時計を愛でる。
ハイスペックな男にとって時計は、価値観や生き様を表す重要なアイテムなのだ。
この物語は、高級時計を持つ様々な男たちの人生譚である。
▶前回：彼女に200万のプレゼントを贈った後、連絡が途絶え…。半年後、偶然再会し女が放った言葉とは
Vol.6 外資系金融マン・隆（34歳）の婚活事情
「加奈子さん、料理が趣味なんですか？家庭的な感じで素敵ですね」
「看護師だからですかね。健康の資本となる食べるものにはこだわりがあるんです。簡単なモノしか作れないんですけど」
隆は有楽町の『テクストゥーラ』で、マッチングアプリで出会った加奈子と食事をしていた。
外資系金融マンの隆は、そろそろ結婚を考えられる彼女が欲しいと考えて、3ヶ月ほど前アプリに登録した。スペックがいいので、アプリ内ではモテた。
だが、言い寄ってくるのは金目当ての女性ばかり。そんな女性にうんざりしていた隆は、今夜の相手も同じなら、婚活をやめようと決めていた。
そんな夜に出会ったのが、これまでの女性とは正反対な印象の加奈子だった。
彼女は美人ではないが、艶のある黒髪や仕立ての良いワンピースを着ているところなどに、育ちの良さが感じられ、好感を持てた。
― すこし地味めだけど、家庭的なようだし結婚相手には良いのかも。
そう考えた隆は、古い考え方かもしれませんが…と前置きをした上で話し始めた。
「結婚する相手は料理上手でおしとやかで…といった、理想のお嫁さん像が僕にはあるんです。だから、加奈子さんがあまりに僕の理想に近くてびっくりしています」
隆はすかさず、攻勢をかけた。すると…。
「ありがとうございます。嬉しいです。隆さんは、お仕事もバリバリされてて、頼りがいがあります。今日のお店も素敵で、なんだか夢の中にいるみたい」
隆はこれまで、派手めで自己主張の強い女性と付き合うことが多かった。
だから、加奈子のように大人しく男性を立てるタイプの女性との出会いは初めてであり、彼女の反応ひとつひとつが新鮮だった。
― もしかしたら、この人かもしれない。
隆は次のデートの約束を取り付けた。
加奈子に抱いた疑惑
「乾杯！」
隆は、アンダーズ 東京内の『ルーフトップ バー』で、大学時代の旧友である太一とお酒を楽しんでいた。
隆の婚活話が、この夜の話題だ。
何度かデートを重ね意気投合したふたりは、2ヶ月前から付き合っている。
隆は、加奈子を知るほど彼女に惹かれ、年内にはプロポーズしたいと考えていた。
「隆もいよいよ年貢の納めどきか。俺も加奈子さんに、会ってみたいな。今夜来れないのかな？」
酔って気を大きくした隆は、加奈子に誘いのLINEを送ってみた。すると、すぐに加奈子から返信が…。
『今日は仕事が立て込んでて…。でも隆さんのお友達にも会いたいし、少しの時間だけでも良ければ。
でも、今日仕事帰りなので、お洒落できてないからびっくりしないでね…』
隆は酒の肴に、加奈子がいかに理想の女性かを太一に話す。
そして、21時まであと10分というタイミングで、彼女を迎えるため1階のエントランスに向かった。
すると、真っ赤なポルシェの“マカン”が、ヴァレーパーキングにけたたましいエンジン音を響かせて入ってきた。
何気なく見ていた隆は、車から降りてくる派手な女性に目が釘付けになった。
― まさか、加奈子！？
隆は、さっと柱に身を隠す。隆に気づかない加奈子は、慣れた様子でドアマンに鍵を預け、颯爽とエレベーターへと向かう。
少し派手めなワンピースに華奢なピンヒールを身に着けた加奈子は、これまでの清楚な彼女の印象とは全くの別人だった。
気が動転した隆は、加奈子に『お店の前で待ってるよ』とLINEをし、急いでエレベーターで上がり彼女を笑顔で迎え入れた。
「初めまして。加奈子と申します」
加奈子は、太一ににこやかに挨拶をする。ファッションはいつもとは違うが、礼儀正しい加奈子の様子に普段の彼女を見いだし、隆はホッとする。
そんな加奈子に「何飲む？」と隆は尋ねた。
「あっ私、今日は車なので飲めないんです。とりあえずペリエのガス入りをお願いします。その後はノンアルのモヒートとかあります？」
席に座るや否や、慣れた様子で、店のスタッフに注文する加奈子。
そんな彼女を見ていると袖から、ちらっとダイヤの時計が見えた。
― ん？あの時計？
そこには、隆が憧れるブランドの特徴的な十字のマークがあった。
― もしや、ヴァシュロン・コンスタンタン！？
隆は、加奈子の時計を思わず二度見する。
どうやら、加奈子が着けている時計は「ヴァシュロン・コンスタンタン オーヴァーシーズ オートマティック」のダイヤ巻きのようだ。
時計界では一番歴史があるヴァシュロンは、創業1755年の老舗で“雲上”ブランドともいわれている。
隆が尊敬してやまない大手証券会社勤務の父親が、この高級時計を愛用していたのもあり、彼にとっては憧れの時計だった。
だからこそ、看護師であるはずの加奈子がヴァシュロンを選んだことに疑問を持った。
― 加奈子はいったい何者なんだ？
隆が混乱していると、太一とにこやかに談笑していた加奈子が、「ごめんなさい、明日も早いので」と言って30分足らずで席を立った。
「隆に聞いてた印象とは違うけど、いい子だな。でも、どっかで見たことあるんだよな…」
太一はひとり言のように呟き、スマホで何やら検索を始めた。
そして「あっ！」と、驚きの声を上げた。
「これこれ！彼女、有名なクリニックの医者だよ！内科が専門って書いてあるな」
太一のスマホを見ると“浅沼加奈子医師”という名前と、白衣を着用し腕をくんだ加奈子の写真があった。
― 看護師じゃなく、医師！？
そこで初めて隆は、高級時計を身に着け、高級車に乗る彼女の姿に納得がいった。
「まさか…」
憔悴した様子の隆を見兼ねて、太一が励ましの声をかけた。
「何か隠していた理由があるんじゃないか？聞いてみろよ」
隆は「うん」と呟き、悶々としながらタクシーで勝どきのタワーマンションへ帰宅した。
あれから、1週間。
隆は、加奈子に連絡できずにいた。
すると、彼女から会いたいと連絡があり、隆は渋谷のカフェを訪れていた。
「連絡できすに、ごめん」
「すみません、突然呼び出して。あの夜から連絡がないので、私何か失礼なことをしたんじゃないかと心配になってしまって…」
不安そうな表情の加奈子に見つめられ、隆は覚悟を決め問いただした。
「加奈子さん。どうして嘘をついたの？先日、加奈子さんのクリニックの広告、見つけたんです」
加奈子は、ハッとした表情を見せた。
「……ごめんなさい。私、本当は看護師ではありません」
隆が理由を問うと、これまで男性に“代々医者の家系で女医”と言うと怖気づいて離れていくことが多かったからと話してくれた。
話しながら、彼女は震えているように見える。
「隆さんに好かれたくて、つい嘘をついてしまったの。ごめんなさい。私、諦めます」
加奈子は目に涙を溜め「これまでご馳走になったから」と自ら会計をして、席を立つ。
「加奈子さん、待って！」
店から立ち去る加奈子の後ろ姿を、隆は呆然と見つめた。
― 彼女に嘘をつかせたのは、俺の責任だ。
隆は自分勝手な女性の理想像を押し付け、加奈子にプレッシャーをかけてしまっていたことに気づき後悔した。
◆
次の土曜日。
隆は、レンタルした真っ赤なマカンで加奈子の自宅へ向かっていた。到着すると、一通のLINEを送った。
『加奈子さん、下で待ってます』
すると、LINEを読んだ加奈子が慌ててやってきた。
「隆さん、なんで？もう会ってくれないかと思ってたのに…」
加奈子は呆然としている。
「乗って！暖かいしドライブしよう」
隆は笑顔で加奈子の手を取り、車へとエスコートする。彼女は戸惑いながらも、車に乗り込んだ。
ドライブの途中、隆は押し黙る加奈子に自分の気持ちを伝えた。
「確かに、僕は自分より稼いでいる女性を敬遠するところがありました。
それに僕の結婚相手に対する理想像があなたを苦しませてしまったのかもしれません。申し訳ない。
でも、先日の加奈子さんの話を聞いて、反省しました。あなたはあなたらしくいてください。そして、僕と結婚してくれませんか？」
うつむいたままの加奈子の肩がビクッと動く。だが、何も言わない。その様子を見て、隆は続ける。
「実は、加奈子さんと一緒に行きたい場所があって。また、あなたをびっくりさせてしまうかもしれないんだけど」
隆は、笑いながらアクセルを踏んだ。
「ここって…」
ふたりは、銀座にある『ヴァシュロン・コンスタンタンブティック』の前に立っていた。
隆は、尊敬している父の愛用品がヴァシュロンであること、隆にとって憧れの時計ブランドであったこと、そしてそのブランドの時計を加奈子がしていたことにびっくりしたことを正直に話した。
「今日は、加奈子さんに僕に似合う時計を選んでもらいたいんです」
「でも…、そんな思い入れの深い時計を私が選ぶなんて…」
謙遜する加奈子の手を取り、隆は続けた。
「だからこそ、加奈子さんに選んでほしいんです」
真剣な隆のまなざしに、加奈子も決意を決め笑顔を見せた。ふたりで手をつなぎながら店内を見てまわる。
すると、品のある深いブルーの文字盤の時計に、加奈子の目が留まった。
「きれいな青…」、加奈子が呟く。すると、品の良いスタッフが優しい声で説明を始めた。
「こちらは、1996年に発表された“旅のスピリッツ”がコンセプトの時計となります。スポーティーかつラグジュアリーな美しい高級感のあるデザインが人気です。
さらに、防水、防磁気の高い実用性も兼ね備えているので普段使いにもおすすめです。御試着されませんか？」
実際に装着すると、高級時計らしい重厚さを感じ、隆は高揚する。
「スマートなデザインと機能を両立してる時計なんですね。アクティブな隆さんに、ぴったりの時計だと思うわ」
加奈子が微笑んだ。
「ありがとう。これを着けて、俺も加奈子に負けないような男になるよ」
おそろいの時計を着けて、手をつないだふたりは、新たな“旅の門出”を祝うため、出会った時と同じレストランに向かうのだった。
▶前回：彼女に200万のプレゼント贈った後、連絡が途絶え…。半年後、偶然再会し女が放った言葉とは
▶1話目はこちら：「いかにもって感じ」高級時計を愛用する男に女性が痛烈な言葉を浴びせたワケ
▶NEXT：11月17日 木曜更新予定
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