「私の彼にまで手をだしていたなんて…」親友の告白に困惑した35歳女は…
「女の敵は女」
よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。
女同士の友情は感情が共鳴したときに仲が深くなり、逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、愛情が憎しみへと変化する。
この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。
だが、うまく修復できればふたりの仲はより深いものになる。
ここに、性格が正反対のふたり女がいる。
ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。
テレビ局プロデューサーの諒子は、大学の同級生・マリと再会し同居中。そんな中、学生時代に好きだった男・錠との仲が復活する。彼のダメ男ぶりに困惑しながらも仲は順調だったが、かつてマリが彼と寝ていたことを知り……。
▶前回：彼の部屋で見つけた“あるもの”に疑念を持った女。真相を確かめるべく問い詰めると…
Vol.6 嘲笑と軽蔑
ロブションのディナーのあと、マリは恵比寿ガーデンプレイスにあるライフに寄って帰るというので、諒子はひとりで帰宅した。
― よかった、ひとりになりたかったんだ。
『マリが錠と過去に関係を持っていた』
マリにとっては、なんてことないことだろう。だが、諒子はどうしても重く受け止めてしまう。
― 私の恋を応援するフリしてバカにしていたのかな…。
マリに対する不信感が募る。
諒子はその日、眠りにつくことができなかった。
◆
翌日は、諒子が携わるドラマの脚本打ち合わせがあった。
局内の会議室に、監督や制作会社の面々、そして脚本チームの錠も同席する。
マリの話を聞いたせいで、錠と会うのは少々気まずかった。
だが、現場に到着すると自然と仕事モードに切り替えられた。
会議が始まり諒子は、錠が書いたドラマのプロットに目を通して唖然とした。
「え、チーフ脚本家の構成案をベースに、原作に忠実に書いてくれれば十分だからって言ったよね？」
諒子は、感情が昂り思わず敬語が抜けてしまう。
ドラマの原作は、胸キュン系少女漫画で錠の作風ではないのはわかっているが、ここまで改変されるとは、諒子は思ってもみなかった。
「どうしても僕の色を出したいんです。でなければ脚本を書く意味がないですから」
脚本家の構成案を無視し、登場人物も増えている。アクションとギャグの要素も加わっている。
「この内容だと、局や原作サイドのOKは絶対に出ないと思う…」
諒子は、まわりのスタッフに同意を求めるも、ほかの面々は目を見合わせながら黙ってうなずくのみだ。
「じゃあ、僕は何をどうしたらいいんですかね！？」
反抗的な態度をなだめるように、諒子は言葉を選んで問題点をひとつずつ指摘した。
錠は苦い表情ではあったが、ひとまず1週間後にプロットを再提出することになった。
諒子は会議終了後、半休を取り会社から離れた自分のテリトリーである恵比寿の肉イタリアン『LOVAT』で錠とのランチをセッティングした。
美味しいものをふたりで食べて、恋人モードに切り替えたかったからだ。
だが、あのやりとりのあと、ふたりは重い空気のまま席に着いた。
ランチコースを注文したあと、口火を切ったのは錠だった。
「諒子、いいんだよ。わざわざ厳しくしなくても」
「え…？」
反論したいのは山々だったが、諒子は話題を避けるように笑顔を貼り付け、自ら明るい空気を作る。
だが、そんなことはお構いなしに錠は諒子に思いのたけをぶつけた。
「僕に対して正直に接してほしい。前に作品を読んだときは褒めてくれたよね？別に交際していることがバレても俺はかまわないよ」
「そ、それは困る…」
「どうして？ビジネスパートナーとして高めあっているカップルもたくさんいるだろ。一緒に歴史に残る作品を作ろうよ」
自分自身に忠実で、信念があるところ。学生時代は、そんな錠に大きな魅力を感じていた。
しかし現在は、仕事の場では彼より上の立場。しかも自分の上にも多くの人がいる。
間に挟まれる身にとって、彼のまっすぐさは正直、厄介だ。
― でも、そんなこと、本人には絶対に言えない…。
錠の瞳の奥はキラキラ輝いている。だが、彼を野放しにして仕事で失敗することはできない。
諒子は心を鬼にした。
「ねぇ、錠。公の電波を使って表に出すためには関係者の要望に応えながら、誰もが満足するものを出さなければ成立しないの」
「満足するかどうかは、出して見なければわからないじゃないか」
「わからないなら、今回はその勉強という意味でも、経験のある私たちに任せてくれないかな」
言いたいことの半分以下だが、できる限り穏やかに諒子は告げる。それでも錠はやはり不満げだ。
「錠は、受賞作ですごくいい話を書いていたんだからできるはず！」
「あれは、賞を狙って書いただけで、全然俺の作風じゃないし…」
「狙ってできるなら、今回もやればできるよ！」
前向きな言葉をかけると、やっと彼は納得してくれた。
だが、重い空気は変わらず。
逃げるようにスマホに目をやると、マリからLINEが届いていることに気づいた。
＜おはよー。今晩、恵比寿横丁に行ってみない？＞
恵比寿横丁といえば、かつては恵比寿で有名なナンパスポットであった。
今はどんな状況か正直わからない。20代の頃、友人に誘われて訪れたことがあるが、あまりいい思い出がないまま遠ざかってしまっている。
「まだ自分はイケる」と当然のように思っているマリは、どこからかナンパスポットだと聞きつけ、女として腕試しでもしようとしているのだろう。
引き立て役としてのオファーだと思うと、さらにゲンナリした。
― そもそも、マリとは今顔を合わせたくない…。
諒子はすぐ返信する。
＜ごめん、私、今日は疲れてるの。家でゆっくりするからひとりで行って＞
＜じゃあ、今日はやめとく。夕飯にお鍋でも作るよ＞
その返信に、諒子は大きなため息をつく。
目の前の錠は、そのため息が自分のせいだと感じたようで、ふたりの間の空気は、さらに重くなった。
「おかえりー！」
夜。帰宅すると、マリが真っ先に玄関にきて、満面の笑みで諒子を迎えた。
― 私の気持ちも知らないで…。
いら立ちを覚えるより先に、諒子はマリにリビングへと誘導された。
「見てみてー」
ダイニングのテーブルに並べられていたのは、このために買ってきたであろう専用の黒い土鍋。
白濁スープに、骨付きの鶏がぐつぐつと煮込まれていた。
「疲れているようだったから、参鶏湯作ったよ」
ナムルやキムチも用意され、恵比寿の部屋はさながら韓国だ。しかし、その気遣いは諒子の心を逆なでする。
― 美味しいご飯を作れば許されると思っているのかしら。
「…」
「もー、どうしたのよ」
マリが、諒子の顔を覗く。多分、察しのいい彼女は不機嫌な理由に気づいているだろう。
「…なんでもない、けど」
諒子は無理に表情を作る。すると、マリは顔をしかめた。
「諒子のそういうところ、ホント嫌い」
「え」
「自分が悪者にならないように、波風立てないようにする感じ？我慢して、後から誰かのせいにしてしつこく愚痴るのよね。昔からそう」
ムッとしてしまうのは、図星を突かれたからだろう。
「あ、今、ムッとしてる？」
ここまで人をいら立たせられるのは、ある種の才能だ。
諒子は思わずカチンときて抑えていたものが溢れてしまった。
「じゃあ言う。マリの男性に奔放すぎるところが我慢できないの。錠にまで手を出していたなんて、信じられないのよ。学生の頃から海斗さんと付き合っていたんじゃなかったの？」
「錠くんの件は、海斗よりも前。入学してすぐの、ノリと若気の至り」
「えっ…？でも…」
「忘れている位のことなのに、もう蒸し返さないでよ。私のことなんてほっといて。ホント、諒子のウジウジにはいつもイライラするの！」
スパッと斬られ、瞬発力のない諒子は言葉を失った。
言われてみれば、この件に関して、実はマリには何の非もない。
ただ、諒子が彼女の過去や言動にいら立ち、駄々をこねているだけなのだ。
大学入学当初、北の国から上京し大学デビューで浮かれていたマリの男性関係は荒れていた。そんな彼女の当時の緩さは十分把握しているはずなのに。
「もういいよ」
納得と意地がごちゃ混ぜになり、感情が整理できない。諒子は、話し合いを放棄して部屋に籠る。
「参鶏湯はどうするの。今晩は諒子を癒してあげようと思ったのに」
マリの金切り声がドアの向こう側から聞こえたが、自分の感情を優先したかった。
― 癒してあげようとか大きなお世話。
彼女がどこか上から目線なのにも諒子はいら立った。
「じゃあいいよ。今日は帰らないから！何があっても文句なしだからね」
扉の奥から、マリが叫ぶ。
その言葉の意味に気づくのは、1週間後のことであった。
▶前回：彼の部屋で見つけた“あるもの”に疑念を持った女。真相を確かめるべく問い詰めると…
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