どうしても彼と結婚したい、30歳目前の女。彼の書斎に忍び込んで手にした、とんでもない物とは
「あの子…フツーじゃない！」
そんな風に言われる女たちが、あなたの周りにもいませんか？
― どうしても、あれが欲しい…
― もっと、私を見て欲しい…
― 絶対にこうなりたい…！
溢れ出る欲望を抑えられなくなったとき、人間はときにモンスターと化すのです。
東京にひしめくモンスターたち。
とどまることを知らない欲望の果て、女たちが成り果てた姿とは──？
▶前回：政財界の大物が通う、怪しげな占い師。どハマりしてしまった女経営者は、占い師に言われるがまま…
追いかける女
愛莉は焦っていた。
子どものころから、当たり前に20代で結婚すると思っていた。しなくてはいけないと思っていた。
20代で結婚しないと負け組になってしまう。
なぜだか染みついたその強迫観念に、愛莉は今苦しめられている。
しかし、愛莉には恋人がいる。
しかも、誰もが羨むような恋人が。
年齢はちょっと上、38歳。だけど、見た目年齢は32歳くらいだろうか。顔もなかなかのイケメンだ。年収は9桁に届くとか、届かないとか…。
億ションの角部屋に住む彼の唯一の欠点は、遊び人であるということ。
でも、これだけの好条件であれば、それくらい目をつぶる価値がある。そう思って2年ほど付き合ってきたのだが…。
ずっと「30歳までには結婚したい」とアピールし続けたというのに、プロポーズしてくれる素振りがまったくないのだ。
そこで、愛莉はある作戦に出る。
Phase1：誕生日3ヶ月前
「おかえり〜」
まず、愛莉は彼の家に住み着いてみた。
「お、おう」
港区超一等地にある億ションと、清澄白河にある家賃9万円のワンルーム。そもそも、彼の家にいるほうが居心地が良い。
半年前に合鍵は渡されていたから、自由に出入りはしていた。ただ、彼の家に行くときは必ず事前に約束していた。
それを、徐々に勝手に家にいる頻度を高め、最終的には住み着くことに成功したのだ。
これには1ヶ月ほどの期間を要したが、現段階では彼から特に何も言われていない。鬱陶しがられてもいない。
ひとまず、彼の生活の中に当たり前に溶け込むことはできた。
Phase2：誕生日2ヶ月前
しかし、四六時中一緒にいるからこそ、彼が本当にプロポーズの準備をしていないことが手に取るようにわかってしまった。
なんなら2ヶ月後は私の誕生日だということすら、つい最近まで忘れていたのだ。
「30歳の誕生日、指輪が欲しいな〜」
勇気を出してそう言ってみると、
「いいよ、どれがいい？指定して」
とサラッと回答が返ってきた。
でも、そういう意味じゃない。指輪という物質が欲しいんじゃなくて。いや、欲しいんだけど、私はあなたと結婚したいというのが意図であって…。
という本音をまるごとのみ込み、「ありがとう…」と返すのがやっとだった。
Phase3：誕生日1ヶ月前
愛莉は考えた。
その後も、遠回しに結婚願望をちらつかせても、彼はまったく反応を示さない。
であれば、もう直接対決だ。
「ねぇ、私の誕生日にプロポーズしてほしい」
「…」
突然家に住み着き、指輪をねだっても微動だにしなかった彼も、面と向かってのプロポーズ依頼にはさすがに驚いたようだった。
「お願い。ダメ？」
「え…、ごめん」
たじたじになる彼に、愛莉は畳みかける。
「謝らなくていいから、プロポーズして？」
「え…」
「ね？お願い？」
「えっと…」
Phase4：誕生日当日
プロポーズ依頼ですら、受けてもらえなかった。
であれば、強行手段に出るしかない。
誕生日当日、愛莉は彼におねだりした。
「ねぇ。今日、私の誕生日じゃん。行きたいとこあるの、一緒に行ってくれない？」
「お、いいよ。欲しいって言ってた指輪、そのあと買いにいこうか！」
「うん、完璧。早く出かけよう。あ、お洒落してね」
「お洒落？お、おう…。てか、どこ行きたいの？」
「ついてからのお楽しみ〜」
彼からの質問に、のらりくらりとかわしながら、彼をタクシーに乗せた。行先はアプリで指定済み。
「愛莉、30歳か。おめでとう」
「ありがとう…」
車内の愛莉は、心なしか緊張してみえる。
そして、目的地に到着した。
「え、区役所？なんで？」
港区役所の前でおろされた彼は、訳が分からない様子で愛莉を見つめる。
「いいからいいから」
愛莉は、おどおどする彼の腕を引っ張り、区役所の中へと突き進む。
「いや、ちょっと待って、何しに行くの？」
しかし、さすがの彼も歩みを止めた。
「…」
「ねぇ、なんなのこれ？」
観念した愛莉は、カバンから1枚の紙を取り出した。
それは、自分だけでなく彼の分も勝手に記入した婚姻届だった。
ぬかりなく、彼の印鑑までしっかりと押されている。この日のために彼の書斎を入念に偵察し、不在を狙ってこっそり侵入して拝借したのだ。
「私からの、逆サプライズ！！」
愛莉は、満面の笑みで彼に記入済みの婚姻届を渡す。
「…」
絶句する彼。
「ね、早く結婚しに行こう？」
「いや、ごめん。できない」
彼は、ここにきて初めてハッキリと意志表示をし、一歩あとずさりした。
「なんで？」
けれど、愛莉はまた一歩、彼に詰め寄る。
「できない！できないものは、できない！君と結婚する気はない！」
彼は三歩さがり、愛莉は三歩詰め寄り…、
彼はついに、愛莉から婚姻届を奪い、走り去った。
「やだ！！待って！！」
走り去る彼を、愛莉は全力疾走で追いかける。
「私の婚姻届！！返して！！」
周囲は唖然として、突然に全力疾走する男女をただただ眺めていた。
「待って！私と結婚して！ねぇ！！」
港区役所の前で突如繰り広げられた、婚姻届を片手にした追いかけっこ。
鬼は、婚活モンスターだ。
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▶1話目はこちら：15分前に頼んだUberより早く、食事会に駆け付ける女。彼女のまさかの移動手段とは…
▶Next：11月15日 火曜更新予定
まだまだ映えたい。インスタに取りつかれた女は…
