5月末の「ミヤシタパーク」の「渋谷横丁」。日本でも「ペントアップデマンド」で消費が拡大しそうだ(写真:ブルームバーグ)

日米など主要国の株価は、底打ちした感がある。以下はすべて終値ベースで述べるが、日経平均株価は3月9日につけた2万4718円の一番底に続き、5月12日に2万5749円で二番底を形成した。直近では2万7000円台後半を回復している。

一方、NY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均は、3月8日の3万2633ドルで一番底をつけたのち、5月19日にその水準を割り込んで3万1253ドルで一番底を更新してしまった。しかしそこから株価は持ち直し、3万3000ドル前後での推移となっている。

アメリカ株は割安とはいえないが、TOPIXはかなり割安

日米の株価指数を比較すると、3月以降は日本株が優位となっている。その背景要因としては、まず日本株の割安さが挙げられるだろう。

アメリカのファクトセット社が集計している「アナリストの1株当たり利益予想値」(先行き12カ月間の予想)を用いて、日米の予想PER(株価収益率)を株価指数で見てみよう(用いる数値は週間の平均値)。

アメリカのS&P500では、5月安値時には16.9倍まで低下しており、先週は17.6倍にやや上昇している。2014年以降、通常ではPERは15〜17倍で推移し、そこから上下にはみ出した場合は買われすぎあるいは売られすぎを示してきた。このことからすれば、現状は目くじらを立てるほど割高とはいえないが、割安でもない、というところだ。

これに対して日本のTOPIX(東証株価指数)では、先週でも12.6倍だ。この数値をアメリカの水準と単純に比べるのは妥当ではない。日本では2014年以降、予想PERは13〜16倍で動いてきた。その範囲を上下にはみ出す場合の解釈は、アメリカと同様でよかろう。ということは、日本株は今でも割安にすぎる、といえる。

足元の日本株優位の別の要因としては、3月までの世界的な株価調整局面で先んじて日本株が売却された、という面もあるのではないだろうか。今はなき東証1部ベースで海外投資家の売買額を見ると、底値近辺に相当する3月11日の週には9855億円もの大幅な売り越しとなっていた。9000億円を超えるほどの売り越し金額は、コロナショックの2020年3月27日の週の9525億円以来だった。

つまり、今年3月までの世界的な株価調整の中で、グローバルに運用する投資家たちは、日本株などは大いに叩き売って構わないが、さすがに世界の株式市場の中核ともいえるアメリカ株については「まだある程度は保有しておこう」と考えたのだろう。そのためかえって5月までの局面では、日本株についてはさらに売り込むほどは保有しておらず、投資家の投げ売りはアメリカ株に向けてむしろかさんだ、ということだったのではないか。

アメリカの市場はまだ警戒感が支配

現時点で「今年の年末辺りにかけて、主要国の株価が上昇基調をたどる」との筆者の見通しは変わらない。前述のように、アメリカ株には予想PERで見た割高さは残るが大きなものではなく、日本株は割安だ。日米の企業収益は昨年のコロナ禍からのリバウンドに比べて増益率は鈍化しそうだが、アナリスト予想の平均値(ファクトセット調べ)では両国とも2022年は2桁増益が見込まれている。

加えて、現時点での市場心理は悲観に振れすぎている。とくにアメリカ市場では、日々「インフレ懸念」「金利上昇懸念」「景気後退懸念」といった文言が、当方が懸念するほどあふれかえっている。市場心理の楽観あるいは悲観度合いを数値化しようとの試みはいくつかあり、例えばアメリカのテレビ局CNNが、サイトに “Fear and Greed Index” (恐怖と強欲指数)を掲載している。

これは7つの市場指標を合成しているもので、ゼロから100までの数値を示す。0〜25が「Extreme Fear」(極度の恐怖)、25〜45が「Fear」(恐怖)、45〜55が「Neutral」(中立)、55〜75が「Greed」(強欲)、75〜100が「Extreme Greed」(極度の強欲)とされている。

この数値は、5月27日時点では21で極度の悲観が広がっていたが、6月3日時点では株価がやや安定したこともあって、27に数値が上昇した。しかしまだFearの範囲内の下のほうに位置しており、市場に警戒感が強いことが示されている。

市場心理が悲観すぎるということは、かえってすでに株価が売られすぎており、今後は知れ渡った悪材料に株価が押し下げられるというより、意外な好材料に株高方向で市場が反応しやすい、とも解釈できる。さらに実体のマクロ経済面でも、想定外に世界経済、ひいては世界株価を「今年内は」大きく押し上げそうな要因がある。それは2つの「ペントアップデマンド」だ。

個人消費は一段と拡大へ

ペントアップデマンド(pent-up demand)のpent-up とは、「抑制された、抑圧された」という意味だ。何らかの要因で抑え込まれた需要は、たまりにたまったあと、まとまってふき出すことになる。

その1つとして想定されるのは、アメリカの個人消費だ。コロナ禍以降、連邦政府は経済政策として、家計に給付金を配った。また、失業保険給付金の上乗せも行われた。それが家計の所得を支えてきた。ところが一方で家計支出については、コロナ禍により、旅行や外食、外出しての小売店での買い物などが抑制され、ずっと抑え込まれてきた。

その結果として、家計の貯蓄率(貯蓄、つまり消費しなかった残りの金額が、可処分所得の何%を占めるか)は、コロナ禍の前はせいぜい7〜8%程度で推移していた。これが、2020年4月には33.8%、2021年3月には26.6%へと、跳ね上がりをみせた。そうした貯蓄率の大幅な跳ね上がりは一時的な面もあったが、最近の数カ月間においても2021年12月に8.7%でピークをつけるなど、貯蓄率は高めの推移を続けてきた。

つまり、コロナ禍の間に、アメリカの家計は心ならずも貯蓄を積み上げてきたことになる。そこへ、コロナ禍を潜り抜けたと判断した消費者の心理が好転することで、長い間抑制された個人消費が、貯蓄を取り崩しながら一気にふき上がる可能性があるだろう。

実際のところ、最近じわじわと貯蓄率は低下を始め、2022年4月には4.4%にまで下がっている。この現象は、アメリカの個人消費が今後一段と拡大する兆しだと解釈できる。

もう1つのペントアップデマンドは、世界全体の投資(設備投資や建設投資など)だ。IMF(国際通貨基金)の推計では、2019年の投資は0.2%増と、好景気にもかかわらず、伸びが極めて抑制された。

これは、前年の2018年に当時のアメリカのドナルド・トランプ政権が、対中報復関税を連発したことから、米中貿易戦争が台頭し世界経済が悪化するとの懸念が世界の企業の間に広がり、設備投資などが手控えられたためだろう。

そして翌年の2020年には、コロナ禍により、世界全体の投資は前年比で0.6%減少する結果となった。2021年も、まだコロナ禍の行方を見通しきることは難しかった。そのため、世界の投資額は1.0%増と、限定的な回復にとどまった。

こうして、2019年、2020年、2021年と、世界の設備投資や建設投資は、削減ないし伸びが抑制された。このため2022年後半は、企業は3年間手控えた能力増投資や設備更新投資を、まとめて一気に行う展開となる可能性があるだろう。

このような2つのペントアップデマンドがこれから大きく噴出することで、想定外に世界経済が回復力を高め、企業収益が思った以上に増益となり、株価が予想以上に上伸するリスクがあると考える。現時点で悲観に振れすぎている市場心理は、今年末辺りは楽観に振れすぎるおそれがあるだろう。

2023年は景気が反落する?

しかし、そうした経済活動の急拡大が実現しても、実力相応の長期維持可能な需要増だとはいいがたい。抑え込んだ需要の反動増が一巡すれば、来年は経済活動の実力に見合った水準まで景気が反落する展開が生じると予想される。

そうした景気の自律的な反動減に、アメリカでの金融引き締め効果が時差を伴ってのしかかることになるだろう。連銀は中立金利(景気を冷やしも温めもしない金利水準)を、2.4%程度だと推計している。

3月の0.25%幅および5月の0.5%幅の利上げによって、政策金利の下限は元々のゼロ金利から0.75%に押し上がっている。今後連銀は、6月と7月のFOMC(連邦公開市場委員会)で0.5%ずつの利上げを行う方針を示唆している。それ以降の9月、11月、12月のFOMCで経済データを見極めながら0.25%の利上げを毎回行うとすれば、年末時点での政策金利は2.5%を下限とする形となる。

つまり、中立金利を超えるのは年末近くであり、今年内については景気抑制効果はあまり生じないが、来年は本格的に景気が抑え込まれることがありえよう。

ペントアップデマンドの噴出の一巡と金融引き締め効果の本格化が重なることで、来年のどこかでは景気が悪化し、株価も下振れして、今年末辺りに楽観に行きすぎている市場心理は、来年のある時点では悲観にまた行きすぎるだろう。

そうした楽観や悲観の行きすぎを指摘することが、筆者の重要な使命の一つだと考えている。

(当記事は会社四季報オンラインにも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)