※この記事は2020年07月16日にBLOGOSで公開されたものです

光学機器メーカー大手のオリンパスが、デジタルカメラを中心とする映像事業を売却すると発表しました。

オリンパスといえば、キヤノン、ニコン、ミノルタ(カメラ部門はソニーが継承)などと並ぶ、日本を代表する世界に名だたる老舗カメラメーカーであり、カメラファンにならずともショッキングなニュースであることは間違いないと思います。

赤字部門の売却ということで、発表直後の市場反応は好感を示しているようではありますが、この部門売却が果たして良策なのかあるいは愚策なのか、考えてみたいと思います。

カメラ事業売却は尋常ならざる決断

オリンパスは1919年創業の百年企業であり、顕微鏡と体温計等の製造から戦後カメラメーカーに発展し、オリンパスペンで知られるハーフサイズフィルム・カメラの大ヒットで業界を代表する企業に成長したという歴史を刻んでいます。

現在でこそ内視鏡等の製造をはじめとする医療用機器事業が稼ぎ頭となっていますが、会社を一躍大企業に押し上げたのはカメラ事業に相違なく、今回売却される映像事業こそその事業に他ならないのです。

つまり、映像事業は言ってみるならオリンパスの祖業そのものであり、いかに医療関係の事業に軸足を移そうとも、「オリンパス=カメラ」のイメージは永遠のものと言えるほど定着しています。そんな祖業を売却するというのは、尋常ならざる決断であると思います。

そもそも今回の売却経緯は、映像部門の赤字経常化が引き金でした。部門の主力製品であるデジタルカメラはスマホのカメラ機能向上でニーズが急速に細り、ここ3期連続赤字かつこの10年で映像部門が黒字を計上したのはわずかに1期のみという状況で、20年3月期は103億円の営業赤字を計上し、業績の足を引っ張っていたのは間違いありません。

この状況を受け昨年から事業売却は検討されていた模様で、コロナによる市場縮小は売却の主な理由ではないようです。

祖業事業はおカネでは量れない「企業の魂」

むしろ決断に至る過程において影響が大きかったのは、筆頭株主で「物言う株主」の米バリューアクト・キャピタル・マネジメントから取締役を受け入れていたことで、彼らからの事業売却圧力が高まっていたことのようです。

売却によって会社全体としての利益の底上げが確実視され、配当含め株主利益上昇が見込まれることから、市場の好反応にもつながったように考えます。

すなわち、ファンド系株主主導の目先の利益積み増し策を反映した市場の好感と言えますが、長期的な経営視線でみた場合今回の事業売却をどのように評価するべきなのか、判断は難しいと思います。

個人的な見解を申し上げれば、長い目でみた組織運営面や長期戦略的な観点からはプラスよりもマイナスの方が大きいとみています。

その最大の理由は、売却対象事業がオリンパスにとって祖業と言える事業であり、祖業には目先の事業収益だけではなく企業スピリッツ等おカネでは量れない価値にあふれているからです。

オリンパスのカメラ事業には80年超の歴史があります。その成功の過程においては、「月収の半額で買うことができるカメラが作れないか」という発想がPenシリーズやフィルム代を節約するハーフサイズ技術を生み出し、「誰でも簡単にきれいな写真が撮れる軽量なカメラを開発しょう」という思いが35ミリ一眼レフカメラを従来の半分に軽量化することに成功したOMシリーズを誕生させてきたのです。

これら開発のスピリットは、決しておカネでは買えない企業の魂そのものとして、脈々と生き続けているのです。

テレビ事業を売却せず祖業を守ったソニー

2000年代後半以降、世界的な競争激化に苦しんだソニーは、採算が悪化していた事業の切り売りが取り沙汰されました。

結果、パソコン事業は売却しましたが、最も赤字幅の大きかったテレビ事業は売却することなく10年以上をかけてようやく黒字化にこぎつけています。その間の損失は膨大で、買い手があるのになぜ売却しないのかと株主から再三再四求められてもいました。

パソコンを売却しながらテレビを売却しなかった理由はただひとつ。パソコンは多角化戦略の中で生まれた付随事業であり売却に躊躇は不要、しかしテレビはソニーを成長の礎であるエレキ部門の中核を務めてきた事業であり、祖業であったからです。

今回のオリンパスのカメラ映像部門売却を聞いて、すぐにイメージしたのはかつてのステレオメーカー御三家のパイオニアです。パイオニアは2015年に祖業であるホームオーディオ部門を売却し、カーエレクトロニクス部門に資本を集中投下する戦略に打って出ました。

しかし、カーエレクトロニクス部門はスマホの業界参入による急激なレッドオーシャン化で価格破壊やニーズ激減の嵐に見舞われ、次なる打つ手もなく2018年、香港資本に会社を身売りするという憂き目に遭っています。

「集中と選択」は有効な企業戦略ではありますが、その過程における祖業の切り捨ては多くの場合、企業スピリッツとともに長年の技術研究成果や開発ノウハウまでも手放すことになり、優秀な技術者の流出にもつながるのです。

不可解な事業売却「物言う株主」の圧力に屈したか

オリンパスにおけるカメラ映像部門の100億円を超える部門赤字は、もしこれがなければ会社全体の営業利益約300億円が400億円に引き上げられるわけであり、確かに現状で業績に与えているマイナスは大きいです(売上自体は全体のわずか5%にすぎませんが)。

しかし、今回の事業売却の条件として発表された内容をみるに、売却前に事業の構造改革をおこない黒字化が見込める構造にした上で分社するとあり、事業縮小等で黒字化は十分可能であるとも受け取れ、なぜ祖業の売却をあえて急いだのでしょう。

過去に不祥事で叩かれた経験が災いして「物言う株主」の圧力に屈したのではないか、とすら思える不可解さを感じます。

仮にビジネスとしての将来性は見込めずとも、基礎技術研究所等として残すという選択肢もあったのではないかと、個人的には残念に感じさせられるところです。

オリンパスが今回の祖業売却で経営資源を集中させるのは、医療用機器事業です。中でも内視鏡に関しては圧倒的なシェアを誇っており、万全の「選択と集中」であったかの如く映ります。

しかし、営業利益率は10%と海外の大手平均の16%を大きく下回っているなど課題も多く、目先のコロナショックによる市場の縮小、医療関連ビジネスへの注目度上昇によるレッドオーシャン化など、決して明るい材料ばかりではありません。

祖業を軽視した先人たちの末路をみるに、今後大きな転換局面を迎えた時に、重みある祖業を手放したことが経営に致命的ダメージを与えることも、十分考えられるのではないかと思うのです。

JIPへの売却という点が救い

今回の事業売却で救いと思えるのは、売却先が国内の投資ファンド日本産業パートナーズ(以下JIP)である点でしょう。同社は、元NECのプロバイダー事業BIGLOBEや元ソニーのパソコン事業VAIOの譲渡先でもあり、それぞれ規模は縮小させながらも事業再生に成果を上げています。

JIPの下で事業再生を完了させ生まれ変わった祖業を買い戻す、もしそれができるならオリンパスにとっては最もいい形での結末となるのではないかとも思います。

ものづくり日本を支えてきた百年企業オリンパスが、祖業を手放して結果一敗地にまみれてしまったパイオニアの轍を踏むことがないことを、心より祈っています。