夫婦は同じ名字じゃないとだめですか?夫婦別姓から考えるこれからの家族のかたち - 石川奈津美

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※この記事は2020年06月18日にBLOGOSで公開されたものです

働くお父さんに専業主婦のお母さん、そして子どもが2人――。この4人家族モデルはいまでも「標準世帯」と呼ばれ、国の様々な統計に使われています。

このモデルが使われ始めたのは約半世紀前。当時と比べいま、「家族」という言葉の概念はもっと多様になってきています。従来の制度に問題提起する声の高まりも、そうした社会変化を映しているでしょう。「結婚したら夫婦で同じ姓にならないとなぜいけないのか」――。選択的夫婦別姓制度の議論もそのひとつです。当事者であるソフトウェア会社「サイボウズ」の青野慶久社長に話を聞きました。

「自分にとって必要のない名前がもうひとつある」

選択的夫婦別姓制度をめぐっては、2015年に最高裁で「夫婦同姓は合憲」との判断が出されていますが、その後も当事者たちによって全国の地裁で新たに訴訟が起こされています。サイボウズ社の社長を務める青野慶久社長は、国に訴える当事者のうちのひとりです。

――青野さんは2001年に結婚の際、妻の姓に夫が改姓する「妻氏婚(つまうじこん)」を選択しています。何か理由はあったのでしょうか

婚姻届を出すタイミングで妻が「変えたくない」と言ったので、「じゃあ、ぼくが変えるしかないのかな」と。私が変えても特に問題ないだろうとか、世の女性の気持ちがわかるだろうとか、軽い気持ちでした。

――戸籍名である妻の姓「西端」で呼ばれることに違和感はありますか

戸籍名を変えてから約20年たちますが、いまだに違和感は抜けません。「それ何の名前だっけ」という感覚ですね。

私の場合、社長をしているので子どもを介して知り合ったパパ友やママ友からも「青野さん」と呼ばれているので西端で呼ばれることはめったにありません。

生活をしていくうえでは「青野慶久」で十分なのになぜかもう1個、自分にとって必要のない名前を使わざるを得ないという思いです。

――法律上の婚姻ではどちらかの姓を選べるものの、改姓するのは9割以上が妻という現実についてはどのようにとらえていらっしゃいますか

姓を変えたくて変えている女性も多いので、女性が改姓すること自体は良いとも悪いとも言えません。ただ、何割かの女性は改姓したくないと思っているでしょうから、現実として「変えたくない人が変えている」ということはあると思います。

ただ、制度があることと、風土があることは別物として捉えておかないと、本質的には解決に向かわないと思っています。

風土が変わらないと解決には至らない

――風土と制度が別物というのは具体的にどのようなことなのでしょうか

つまり、選択的夫婦別姓制度ができたとして「じゃあ希望すれば姓を変えなくて済むか」というとそれはわからないということです。

制度はあっても風土が整っていなければ結局使わないと。たとえば、男性の育児休暇も同じです。制度はあるのに取ろうとすると反対されたり、転勤などいわゆる「パタハラ」を受けたりするわけです。

――風土が変わるために必要なことは何でしょうか

何十年がかりで、世代が入れ替わっていくとともに古い考えを持つ人が少なくなり風土は自然と入れ替わっていきますが、風土が変わるというのは、つまり優先順位を入れ替えるということなのでリーダシップが必要で、すぐに変えるのは非常に難しいんですね。

ただ、制度を変えることによって風土も少し動くのではないかと思っています。

制度ができれば「使ってみようかな」と思う人も増えたり、反対されても「制度があるのに何でやったらいけないんだ」という言い返しができたりするようになりますから。

選択的夫婦別姓に関しても、制度ができて実際に結婚後も名前を変えない夫婦が世の中にでてきたら、世の中の見方も変わってくる。そのためにも、まず制度を整えることが大切だと思っています。

夫婦別姓で家族の絆が崩壊するのか?

――「夫婦別姓になると家族の絆が崩壊する」という反対の声に対してはどのように感じていますか

そう思う方は、夫婦同姓を選択すれば良いだけです。いま起きている問題は、お互い改姓したくない/させたくない夫婦にまで改姓を強制し関係に亀裂を与える制度だということです。家族の絆には、むしろ悪影響を及ぼしています。

たとえば、改姓したくないというカップルが法律上の結婚自体を控えるということがまずありますよね。

現状では婚姻届けを出すには、どちらかが折れて改姓する必要があるわけですが、折れた方はずっとそれを腹立たしく「私だけがこんな苦労して…」と思うことになります。

この状況は、逆側、つまり改姓しなかった相手も全然いい気がしないものです。嫌な思いをさせたいと思って結婚するわけがないですから。そうすると、改姓しなかった側もずっと負い目を感じることになります。「申し訳ないことしたな」と思い続けないといけない。

我が家でも、妻は夫婦別姓の話題には絶対に触れたくないと言っており、家庭内ではこの話題についてはまったく話しません。彼女にしてみたら「別にあなたの姓を変えさせたいわけではなかった」という思いです。

こうした我が家のような状況に置かれている夫婦は、山のようにいると思います。

――今年2月、東京地裁に続き東京高裁でも青野さんの訴えが棄却され、控訴も準備していらっしゃいますが、世の中の動きをどのようにとらえていらっしゃいますか

高裁では残念ながら棄却されましたが、世の中の雰囲気はこの数年で本当に変わってきているなと感じています。世論でも50代以下は賛成が過半数を占めています。

政界でも、反対していた人が賛成に回ってきているという実感がありますね。わかりやすいのは与党である自民党の稲田朋美議員のように、これまで反対の急先鋒だった人が賛成と言い始めたことです。小泉進次郎議員も先日結婚され、別姓賛成と表明してくださいました。また、「同姓が嫌なら結婚するな」という国会のやじも大きく取り上げられ問題視されるようにもなりました。

私自身も自民党の内部の人にもかなりアクセスできるようになり、3月も初めて自民党内部の勉強会に参加してきました。話を聞くと「いままでは議論することすらなかった」という状態だったようです。

あともう少しだと思っています。

家族はもともと多様なもの

――今後家族において名前の意味はどのように変わっていくのでしょうか

まず、「家族」という言葉が曖昧だということを理解しておかないといけないと思います。家族によって、人によって定義が違います。

たとえばアニメの「サザエさん」。登場する磯野家ですが、サザエさん本人の名字は磯野ではなくフグ田です。つまり、サザエさんの時代は一家に違う名字の人がいてもそこまで不思議なことではなかったのです。

また、安倍晋三首相に実弟がいますが名字は「岸」です(注:岸信夫衆議院議員)。弟は生まれてすぐ、母方の実家に養子にいったんですね。

こうした事例を挙げてみても、家族はもともと多様だということです。昭和時代に一般的になった核家族的な家族のかたちは実はそんなに期間としては長くありません。そしていま、多様なニーズに応えられるよう社会が進化してきているということだと思います。

姓に関わらず、名前自体にもすごく思い入れのある人もいれば、あまり気にしない人もいます。洋服みたいなもので、自分がどう見られるか、何と読んでほしいかということです。

私は、洋服も自分が好きなものを選べるようになったように、名前も選べるようになっていけばいいと思います。

もちろん毎日法的に名前を変えることができるようになると手続きなどが大変になる、ということもあります。しかし、一生のうちに何回か変えるぐらいだったら認められるような時代が近い将来くるのではないかと思っていますね。

【更新】取材先の要望により、記事内容を変更しました。(6/18 21:00)