「反ワクチン派」が新型コロナの陰で台頭するワケ 日本国内で赤ちゃんのワクチン接種率が低下 - 木村正人
※この記事は2020年06月02日にBLOGOSで公開されたものです
日本でワクチン接種率が低下
[ロンドン発]新型コロナウイルスによる人やモノの移動制限により、ユニセフ(国連児童基金)などは「定期的なワクチン接種が妨げられ、8000万人以上の子どもがジフテリア、麻疹(はしか)、ポリオといった感染症のリスクにさらされている」と警鐘を鳴らしました。
日本のNPO法人「VPD(ワクチンで防げる病気の略)を知って、子どもを守ろうの会」の調査でも、小児用の肺炎球菌ワクチンやMR(麻しん風しん混合)ワクチンの接種率が新型コロナウイルス・パンデミックの余波で低下していることが分かりました。
ワクチンの航空輸送料が2~3倍に高騰
低所得国での予防接種に対する新型コロナの影響を和らげることを目的とし6月4日にロンドンで開催予定の「グローバル・ワクチン・サミット」を前に、ユニセフと世界保健機関(WHO)、GAVIアライアンスが強い危機感を示しています。
WHOなどの調査によると、データが利用できる129カ国の53%に当たる68カ国で3月以降、ワクチン接種が妨げられたり全面停止されたりしたため、1歳未満の約8000万人が影響を受ける恐れがあります。
混乱している理由は、接種が必要な年齢の子どもを持つ親が移動制限や情報不足のため外出を避けていることや、新型コロナウイルスへの感染を恐れていることなど、さまざまです。
医療従事者の多くが移動制限や病院の“コロナシフト”による再配置、感染防護具不足のためワクチン接種をおこなうことができませんでした。移動制限により航空便は激減し、ワクチン輸送が大幅に遅延。フライト運賃は通常の2~3倍にハネ上がりました。
ユニセフのワクチン供給が7~8割減
昨年、ユニセフは100カ国に24億回分以上のワクチンを供給し、世界全体の5分の1を占めました。しかし今年3月下旬以降、供給が70~80%も減少。2019年に麻疹流行を経験した5カ国以上がこの中に含まれ、数十カ国がワクチンの供給不足リスクにさらされています。
昨年、麻疹で6000人超の死者を出したコンゴ民主共和国では今年1~2月の間にB型肝炎、ジフテリア、破傷風、百日咳、髄膜炎などの幼児期の疾病に対するワクチン接種率が8~10%低下しました。
ポリオのワクチン接種率は不活化ポリオウイルスワクチン(IPV)で8.4%、経口ワクチンで5.4%減少。水痘、麻疹、肺炎球菌感染症、ロタウイルスに対するワクチン接種は1.5~4.5%も下がりました。
8万6905人の子どもが経口ポリオワクチンを投与されず、7万4860人が破傷風、ジフテリア、百日咳、B型肝炎のワクチン接種を受けられていません。10万7010人の若者が黄熱病の予防接種を、8万4676人は麻疹の予防接種を受けられませんでした。
ワクチンの供給が不足している国にはベナン、ニジェール、タジキスタン、カンボジア、モンゴル、ソロモン諸島が含まれています。
安全距離をとるため接種を一時停止
多くの国は、新型コロナウイルス・パンデミックの初期段階で感染リスクを避けるため安全距離をとる必要があるとして、コレラや麻疹、髄膜炎、ポリオ、破傷風、腸チフス、黄熱病といった感染症に対するワクチン接種を一時停止しました。
特に麻疹とポリオの予防接種が大きな影響を受け、麻疹は27カ国で、ポリオは38カ国で接種が停止されています。
GAVIアライアンスが支援する低所得国21カ国の2400万人以上がポリオ、麻疹、腸チフス、黄熱病、コレラ、ロタウイルス、HPV(ヒトパピローマウイルス)、髄膜炎、風疹の予防接種を受けられない恐れがあります。
WHOによると、2018年には世界で5歳未満の86%がジフテリア、破傷風、百日咳の接種を受けました。麻疹ワクチンの接種を1回受けた若者の割合は1980年の20%から2000年には72%に増加しました。ポリオによって障害が残った子どもの数は世界全体で99.9%も減りました。
「反ワクチン派が今後10年で支配的に」
世界中で35万人以上の死者を出した新型コロナウイルスではワクチン開発競争が加速しています。
しかし、米ジョージ・ワシントン大学のニール・ジョンソン氏ら研究チームがオンライン上の親ワクチン派と反ワクチン派の争いについて分析し、英科学雑誌「ネイチャー」に発表した論文では、今後10年のうちに反ワクチン派が支配的になるという非常に気になる予測を示しています。
それによると、SNSの巨人フェイスブックのユーザーは約30億人、このうち1億人近くがワクチンについて立場を明らかにしています。昨年10月時点で親ワクチン派は690万人(124のクラスター=集団=を形成)、反ワクチン派は420万人(317のクラスター)、どちらでもない中間層は7410万人(885のクラスター)。
例えば反ワクチン派の「レイジ・アゲインスト・ザ・ワクチン」は4万人。親ワクチン派のビル&メリンダ・ゲイツ財団の支持者は100万人以上でした。
しかし昨年10月から今年2月にかけて反ワクチン派は主要メディアが麻疹流行に関連して反ワクチン派を否定的に報じたにもかかわらず、新たなネットワークを築くのに成功していました。ジョンソン氏はその理由を7つ挙げています。
反ワクチン派が勝利する7つの理由
上のネットワーク図を見れば反ワクチン派(赤色)が親ワクチン派(青色)より活発に動いていることが分かる
(1)反ワクチン派は少数派で周辺意見に過ぎなかったにもかかわらず、ネットワークの中で中心的な位置を占めるようになった。親ワクチン派はネットワークの3つの領域のうち小さな2つの領域内に留まった。
反ワクチン派は中間層5000万人以上が属する最大の領域内でつながりを広めていった。このため親ワクチン派は意見の対立に気付かず、自分たちが勝利しつつあるという間違った印象を持っていた可能性がある。
(2)中間層はとても活発で、どんどん外部、特に反ワクチン派の勧誘に反応していった。受動的な中間層をどう取り込むのかが親ワクチン派が反ワクチン派との争いを制する重要な戦場になる。
(3)反ワクチン派がつくるクラスターの数は親ワクチン派の2倍以上。1つのクラスターを構成する人数は反ワクチン派の方が少ないものの、クラスターの数が2倍以上もあるため、フェイスブック上の勧誘活動は活発におこなわれた。
(4)多くの小クラスターに分散している反ワクチン派はワクチンの安全性から陰謀論、ワクチンに代わる医療や医薬品、新型コロナウイルスの原因と治療法まで幅広いトークを用いて多様なクラスターに入り込んでいった。これに対して親ワクチン派のトークは単調。
(5)2019年に起きた麻疹流行の最中、反ワクチン派の中には300%以上拡大したクラスターがいくつかあった。これに対してほとんどの親ワクチン派の成長率は50%未満に留まった。
(6)反ワクチン派の中クラスターが一番勢力を拡大。反ワクチン派の大クラスターが親ワクチン派の注意を引きつけている間に、反ワクチン派の中・小クラスターが気付かれずに成長。これまでは大クラスターほど人を集めると考えられていただけに発想の転換が必要になる。
(7)反ワクチン派は地方でもグローバルでもつながっている。
『ワクチン躊躇』の段階で予防の大切さを伝えよう
「VPDを知って、子どもを守ろうの会」事務局は筆者の取材に次のように答えています。
「今回の接種率の低下が新型コロナウイルスの感染拡大の影響だけなのか、ほかにも要因があるのかについては、医師会員の調査をおこなうなど、引き続き理事会で議論を重ねているところです」
「日本では、欧米のようなワクチン躊躇(ちゅうちょ)に対する研究があまりおこなわれておらず、当会でも、Vaccine Hesitancy(ワクチン・ヘジタンシー、ワクチンを躊躇することの意)を科学的に理解するために一昨年にニュースレターにまとめて会員や日本のメディアの方々と共有したところです」
(筆者注)ワクチン・ヘジタンシーは2019年1月にWHOが発表した「2019年の世界の健康に関する10の脅威」の一つ。
「欧米からの報道では、Vaccine Hesitancyが麻疹ワクチンの接種率低下の要因の一つとされていますが、日本ではMR(麻しん風しん混合)ワクチンの接種率は高く、日本の麻しん、風しんの流行にVaccine Hesitancyは大きな要因となっていません」
「当会の会員の多くは小児科医ですが、医療機関においてはワクチン拒否の子どもの存在は感染症対策の観点から受け入れがたいものです。したがって、小児科医の使命として、保護者に対して根気強くワクチン接種を勧奨し続けています」
「『ワクチン拒否』になる前の『ワクチン躊躇』の段階で、予防の大切さを伝え続け、少しずつでもワクチン接種がなされるように働きかけています。同時に、ワクチンを受容している保護者に対しても躊躇に転じることのないようにコミュニケーションをとっています」
「ウェブサイトでは、昨年からワクチン接種を迷っている人に向けたQ&Aを立ち上げ、フェイスブックやインスタグラムでも発信しています」
「正しいことを見極めることは、保護者にとっては難しい場合があります。保護者がわからないこと、疑問や迷いを受け入れ、繰り返し丁寧に説明しています」
「あわせてメディアに対するセミナーを開催し、メディアとともにワクチン接種の大切さを訴えています」