※この記事は2020年05月29日にBLOGOSで公開されたものです

「とりあえず、卵子凍結しておくわ」

新卒入社した会社の同期の結婚式で、隣の席にたまたま座った未婚の女友達と今後のキャリアプランについて話していたとき、彼女がこの言葉を発した。

28歳で転職を決意し、これから新しい職場で自分のやりたかった仕事にチャレンジする彼女は、「今は子どものことは考えられない」と私に笑顔で伝え、新しい仕事の情熱に溢れている。

あと約1年で30歳になる私達。

今は結婚や出産の予定はないけれど「いつかは子どもが欲しい」と思う女性は少なからず卵子凍結に興味を持つだろう。そして「卵子凍結しておけば、いつでも妊娠できるのでは」と思う方も少なくないはず。

私もこれまでずっと「すぐに妊娠する予定がないなら、卵子凍結しておけば大丈夫だろう」と漠然と感じていた。

だが先日、自分の身体をチェックしようと卵子の年齢をチェックする検査を行ったところ、「卵巣年齢43歳」という思いもよらない結果が出たのだ。

【関連記事】28歳独身女性の卵巣年齢が43歳。これからどうするべき?

今でも「20代のうちに妊娠しておけ!」と、どこかの偉い方や育ててくれた両親らに口酸っぱくいわれても、私は私が構築したスケジュールで人生を進むしかないと思っている。

しかしそれでも、妊娠には「タイムリミット」が存在しており、しかもそのタイムリミットは人によって違うということを実感することになった。そこで頭に浮かんだのが卵子凍結だ。つまり卵子を今のうちに凍らせておき、その後「子どもが欲しい」と思った際に使用するということだった。

産婦人科医で栄賢会梅ヶ丘産婦人科の齊藤英和先生に、「キャリアのために卵子凍結をすることの是非」について話を聞いた。

卵子は若くても身体は老化する

まず大前提として「私は、健康的な未婚女性が卵子凍結することは勧めません」と齊藤先生はキッパリと答えた。

卵子凍結を勧めない理由としては、大まかに3つあるという。

【1】身体への負担
【2】経済的な負担
【3】高齢出産後の子育て事情

以下のグラフは体外受精など生殖補助医療を行った場合のデータで、年齢別の妊娠率・生産率(出産まで至った割合)・流産率を表したものだ。

妊娠率、生産率は年齢とともに低下していくのがひと目でみてわかる。

妊娠率、生産率と相反して、年齢に応じて上がっていく紫の線が「流産率」だ。年齢が上がれば上がるほど、流産率も高くなる傾向にある。

流産のうち約8割は妊娠初期に集中しており、その原因の半数以上が染色体異常といわれている。そして、その染色体異常の大きな原因は、高齢化による「卵子の老化」だという。

齊藤先生によると、妊娠・出産・育児の適齢年齢は20代で、さらに卵子の質が一番良いのは23、24歳。30代前半から徐々に老化がはじまってくるそうだ。

では、老化を防ぐためにも、結婚の予定がない20代女性は、若いうちに卵子を凍結して残した方が妊娠の可能性が高くなるのではないだろうか。

齊藤先生にそんな疑問を投げかけたところ、「卵子の老化という点だけを考えれば、例えば40歳のとき、その時点の卵子を使い体外受精をするよりも、20代で凍結していた卵子を使った方が妊娠率は高くなります」としたうえで、こう答えた。

「しかし身体は40代です。いくら卵子の質が良くても、身体が40代になれば妊娠中の合併症のリスクや疾患も増えていきます。そういう意味で、年齢が高くなればなるほど、リスクが増すと思いますよ」

卵子凍結で卵子の老化を止めることができても、結局、身体自体の老化を止めることはできないのだ。

卵子を10年間保存した場合、数百万円かかることも

また、卵子凍結に必要な費用も決して安くない。

年齢が上がるにつれ卵子の質が低下するため、その分体外受精で使用する卵子の「数」を確保しなければ妊娠の確率を高めることはできない。そのため、年齢が上がれば上がるほど採卵しておいた方が良い卵子の個数は増える。

齊藤先生は「20代であれば、20個くらいの卵子凍結で良いかもしれませんが、40代で凍結する場合は、100個くらいないと安心はできません」と答えた。

病院にもよるが、採卵1回にかかる金額は約30万~40万円ほどで、卵子誘発剤を使ったとしても1回の採卵で約10個ほどの卵子を採ることが可能だ。

単純計算で、例えば20代で20個凍結した場合は、2回採卵で約60万~80万円がかかる。さらに40代で100個凍結しようと思うと約10回採卵が必要なため費用は約300万~400万円にのぼる。加えて、それぞれ1個あたり毎年約1万円の凍結更新料がかかる。

さらに、凍結した卵子を使って体外受精をする場合は、1回につき約30万~50万円の費用がかかる。顕微授精をする場合はもっと費用がかさむだろう。

例えば28歳の私が今年卵子20個を凍結し、10年後の38歳で妊活をはじめるとすると、

採卵費用2回分:約60万~80万円
凍結保存費用10年分:約200万円
体外受精を1回実施:約30万~50万円

つまり、38歳で体外受精を行い1回目で妊娠した場合でも、それまでにトータルで約290万円の出費があるのだ。パートナーと子どもと一緒に豪華な海外旅行に行けそうな金額である。病院によって費用は大きく異なってくるが、少なくとも安い金額ではないことは確かだ。

なお、齊藤先生によると、高い費用をかけて卵子凍結を実施したのにもかかわらず、その卵子が使われないというケースも非常に多いという。30代で妊娠する確率は約70%なので、「保険」として卵子を凍結するものの、実際には卵子凍結をしたとしてもその卵子を使わずにずっと保管している人が多いそうだ。

使用する可能性が低くとも、もし不安であれば念のために卵子を凍結しても良いかもしれない。しかし、決して安くない金額なので、20代のうちに妊娠できるキャリアを選択できないか再度検討することも大切だろう。

親の介護…高齢出産で生まれた子どもの苦悩

さらに、妊娠を先延ばしにすることで、自分だけではなく育児環境に変化があると齊藤先生は指摘する。

30代後半で妊活をはじめた女性が直面する課題が「親の介護」との両立だ。

親世代が60代後半を超え高齢者となり体調を崩す人も多くなる。「親の介護費でお金を使い、不妊治療を続けられなくなった」「介護と妊活で体力が限界になった」と、泣く泣く子どもを諦めた妊活夫婦も実際に多いという。

また親の介護は、出産する自分だけではなく生まれてくる子どもの人生にも大きく関わってくる可能性がある。

齊藤先生が50代後半の両親を持つ高校生と話す機会があったとき、その子が「自分が親の面倒をみないといけないので、大学に行かずに就職します。結婚も自分が子どもを作ることも、一切考えられません」と話していたという。

親の介護を見据えて、たった19歳で学業も結婚も諦める子どもが出てきたのだ。

そんな側面も考えると、体力的にもまだ余裕があって親も子育てを手伝ってくれそうな時期に出産を考えるのも良い選択なのかもしれない。

少しでも将来妊娠したいという思いがあるのなら

ここまで説明してきた通り、体力面、金額面、育児面を考えれば、できれば卵子凍結はせずに、20代で妊活ができるようなキャリアを構築していくことが大事だ。

この記事を読んで充分わかっていただけただろう。

しかし、頭でわかっていても今すぐに妊娠できる状態ではない方も多いのではないだろうか。

仕事を休むのも不安だし、大切なプロジェクトもあるし、自分のことで手がいっぱい、すぐに結婚できる相手もいない――。

無論、私もそのひとりだ。

そんな女性が今何をすべきかについて、齊藤先生は「妊娠・出産・育児の適齢期は20代に近づけるように、20代前半のうちに妊娠出産に関わるリテラシーを持つことが理想ですが、産みたいと思ったときに何も問題なく妊活ができるよう、一般的な健康な状態の維持と婦人科検査などをした方が良い」と話した。

具体的には以下の項目だ。

①健康的な身体の維持
健康な体重(BMI21、22ぐらい)や十分な睡眠、ストレスフリー、禁酒、禁煙等気をつける。

②子宮頸がんワクチンの接種
子宮頸がんは、以前は発症のピークが40~50歳だったが、最近では20~30歳代の女性に増えてきている。
国内では、毎年約1万人の女性が子宮頸がんにかかり、約3000人が死亡している。ワクチンを接種していればほとんど発症を抑えられるので、受けておく必要がある。

③子宮がん検診
子宮がんの検診は、ワクチンを接種していたとしても、定期的にがん検診をしておくことが大切。

④AMHの検査・乳がん検査
AMH検査(卵巣年齢を計測する検査)は、20代のうちに1回は検査しておいた方が良い。乳がん検診は、家系に乳がんの方がいるのであれば、特に定期的な検診が必要。

近々妊娠することを計画したら

⑤風疹の抗体検査
若いときに、風疹ワクチン接種はしているが、抗体価が低下している人がいるので、低値の場合は、再度ワクチン接種が必要。

⑥性病検査
性病検査は、思い当たる人だけでOK。梅毒は最近増えており、胎児にも影響を与えるので、妊娠前には検査しておいた方が良い。

⑦甲状腺の疾患検査
妊娠中に甲状腺ホルモンの過不足があると、お腹の赤ちゃんに影響を及ぼす可能性がある。治療薬を使えば安全に出産することはできるが、妊娠前に検診しておくことが大切。
※基本的に産科では、性感染症を含め妊娠初期に様々な検査を行う。

また、検査した方が良い項目は人によっても変わってくる。

例えば、乳がんの検診は必須だが、一般の検診の効果が出てくるのは40代ぐらいからといわれており、20代や30代が検診しても、効果は疑問とされている。

妊娠希望の20代でも気をつけた方が良いが、基本的には1か月ごとぐらいに自己検診し、しこりや怪しいと感じたら、医療機関へ行くことをお勧めする。しかし、血縁のある人に乳がん経験者がいれば、その方は定期的に念入りに検診した方が良いだろう。

また、BMIが高値の場合は糖尿病の可能性もあり、胎児に影響する可能性もある。その場合は空腹時血糖検査やHbA1c(※糖尿病である可能性があるかどうかを判別する検査)の検査が必要だ。

「人によって検査した方が良い項目が変わってくるので、健康を維持し心配なところがあれば産科の医師に聞くなどして、必要な検診を必要なときに受けるようにしましょう」と齊藤先生は指摘した。

また、親の近くで仕事をし子どもを産むか、子育て支援が手厚い自治体に住むべきか、福利厚生が整っている会社に転職するか、独立しておくべきか等を考えキャリアを考えておく必要がある。

キャリア面、健康面、環境面において妊娠・出産できる状態を自分で作っておくことが大切だ。

キャリアを自分で設計していかなければならない

1985年に男女雇用機会均等法が制定されてから、結婚後家庭に入り子育てに専念する女性は減った。同時に働く女性が増え、私達は社会で働きながら妊娠や出産について考えていかなければならなくなった。

齊藤先生はこのような状況について、「仕事の面では徐々に女性が働きやすくなっていますが、家庭面では未だに女性に負担がかかっているケースが多い。男女雇用機会均等法は、男女が外でも家でも平等に働けるという制度になっていません。そんな状況で女性は家庭や妊娠のことについて考える時間も体力もないかもしれませんね」と指摘した。

社会で活躍している女性の中には、妊娠や出産を理由に仕事を休職してしまったら、「役職を降ろされてしまうかもしれない」「別部署に移されるかもしれない」「クビになるかもしれない」「迷惑がかかるのかもしれない」という悩みを抱えている人も多い。

今後、仕事のスケジュールも出産のスケジュールもストレスなく選べる社会になるにはかなりの時間を要するだろう。

しかし、何も考えずに仕事にずっと目を向けていたら、いつの間にか自分の身体が子どもを産めなくなっている可能性もゼロではない。

私自身、卵巣年齢が高かったので、残っている卵子の数が少なく早期に卵子がゼロになって産めない身体になっている可能性がある。

キャリアに不安を感じながらも妊娠を希望しているのであれば、それに向けたキャリアを選択していかなければならないのだ。

これは女性として生まれた呪いかと思うくらい難しくて悲しいことかもしれないが、現代社会において「キャリアも頑張りたいけど、子どもも欲しい」と願う女性の宿命なのかもしれない。