今年のボージョレ・ヌーボーに危機?コロナショックがもたらしたフランス・ワイン産業への余波 - Ayana Nishikawa(西川彩奈)
※この記事は2020年05月28日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルス感染拡大により、世界的にワイン産業が大きな打撃を受けている。なかでも世界有数のワイン大国フランスでは売り上げが大幅に減少し、生産者は苦境に立たされているという。また、影響は国内に留まらない。日本でも毎年11月の風物詩となった「ボージョレ・ヌーボー」の、今年の解禁日にも影響が出る可能性があるという。
現地のワイン産業の現状を探った――。
2020年「ボージョレ解禁」の行方は…
長い冬が明け、絵に描いたような美しいワイン畑が一面に広がる春のボルドー。その美しい景観はシャトー(ワインを製造する生産者)で働く人々や訪問者を魅了し、喜びに溢れた季節となる。
しかし、今年は風向きが例年とは違った。フランス南西部、高級ワインの産地ボルドーでワインの卸売の会社「ジョリオ・ポラン」を共同経営するモード・テロさんは、「2020年は試練の年です」と漏らす。
テロさんは「今年の春の売り上げは、前年比で100%減少。輸出も一時停止中です」と続ける。程度には差があるものの、テロ夫妻の例は、今のフランス、ひいては欧州のワイン産業従事者の姿を物語っている。
その影響は、日本でも馴染みが深く毎年11月の第3木曜日に解禁される新酒ワイン、ボージョレ・ヌーボーにも及ぶ可能性があるようだ。
通常のワインはブドウが収穫された翌年の春に出荷されるのに比べ、ボージョレ・ヌーボーは収穫されたその年に出荷されるフレッシュな赤ワインだ。
今年、日本でこの解禁日を祝えるかは、今後の新型コロナの行方にかかっている。
ワイン生産者は第二波のタイミングを懸念
フランス東部ボージョレ地方、約70ヘクタールの広大な畑でワインを生産するワインメーカー「アンリ・フェッシ」。ボージョレ・ヌーボーの生産の大半を日本に輸出している。
同社の醸造責任者のローラン・シャバリエ氏は、今年の秋冬に予想されている「新型コロナ感染の第二波」が及ぼすであろうボージョレ・ヌーボー出荷への影響に、頭を抱えているという。
「主に2つの点で危惧しています。1つ目が、9月に行うブドウの収穫です。1888年の創業以来、当社では手摘み収穫を行っています。収穫期に第二波が起こった場合、人手が確保できるかが大きな心配です」
「2つ目が、輸送の問題。ボージョレ・ヌーボーは新鮮さが重要なワインです。そのため11月3週目木曜日の解禁日に間に合うよう、空輸で輸出しています。ロックダウン中には、一時期フランスから日本への航空輸送代が高騰しましたが、これが今年の11月にも起こるようなら…と不安です。航空輸送代の価格・運行は今後の状況によって変動するので、一喜一憂しています」
ワイン生産者により被害の規模は様々だが、上記の生産地以外にも、ピンク色のロゼワインで有名なプロヴァンス地方、白ワインで有名なアルザス地方など、フランス各地のワイン産業が大きな打撃を受けている状況だ。
ワイン産業の危機が都市間格差を生む可能性
もともと、仏ワイン産業にとって2020年は「試練の年」とされ、フランスのワイン輸出が約93億ユーロ(約1兆965億円、前年比+4.4%)に達した2019年から一変、暗雲が立ち込めていたのだ。
その理由のひとつが米トランプ政権による関税措置だ。昨年10月、EU(欧州連合)が航空機大手エアバスに投じる補助金をルール違反として、仏産ワインの輸入に25%の関税を課した。その後、2020年1月には仏産ワインの主要な輸出先である中国で新型コロナの感染が拡大し、中国との貿易にも影響が生じた。
さらに追い打ちをかけるかのように、3月には欧州が新型コロナのエピセンター(震源地)となり、フランスを含む欧州各国もロックダウン措置をとった。ワイン生産者にとって主要な取引先であるレストラン・カフェなどが営業を停止したことで、輸出だけでなく、仏国内・欧州域内での売り上げも大幅に低下した。
また、タイミング悪く、ドイツ・デュッセルドルフで3月に開催予定だった世界最大級のワイン見本市「プロ・ワイン」も新型コロナ感染拡大の影響で中止となり、ワイン産業従事者は新たなビジネス展開の重要な機会も失った。
ボルドー大学で教鞭を執り、欧州ワイン経済協会の会長であるジャン=マリ・カルドゥバ教授は、ワイン産業の低迷による同国の経済・社会への影響についてこう語る。
「統計では、輸出、そしてカフェ・レストランでの売り上げの落ち込みが明らかに示されています。現段階で、私たちの調査では、フランスで第2の主要輸出品目である『ワインと蒸留酒』産業において、10億~20億ユーロ(約1180億円~約2360億円)の輸出の減少を予測しています。これは大きな損失です」
また、カルドゥバ教授はフランス社会にも影響が及ぶ可能性があるという。
「経済活動が盛んではない農村地域において、ワイン産業は地域の経済を支える主要な産業であり、雇用の創出もしています。そのため、事態によっては結果的に都市と田舎の格差、農村地域の衰退などにも影響が及ぶ可能性があります」
消毒用アルコールの生産を始めるワイン生産者も
では今後、ワイン生産者にとって売り上げ回復の見込みはあるのだろうか。
前出のワイン経済に詳しいカルドゥバ教授は、輸出が厳しい状況の今、「国内での売り上げ回復に焦点をあてることが重要だ」と話す。
「外出禁止中にla Chaire Vins et Spiritueux de l'INSEECと欧州ワイン・エコノミスト協会が行った調査では、フランスでワイン消費の頻度が高まっていることが明らかになりました。
これは特に、アペロ(夕食の前に、お酒・軽食を友人などと楽しむ習慣)がビデオ電話を使用してオンライン上で開催されたことと、人々が経済危機による不安を抱いていることにも関連しています。
ただ、外出禁止期間中に消費されたワインは、以前から自宅の倉庫に蓄えていたボトルです。そのため、2020年下半期は各家庭がワインの在庫を補充するため、売り上げがある程度回復することが予測されます。ただ、その利益が、今年フランスが打撃を受けた輸出による損失を埋めることは難しいでしょう」
一方で、政府はワイン生産者が在庫品を大幅値下げして提供することを防ぐため、ワインを蒸溜して在庫を減らすための政策を打ち出した。100リットルあたり、70ユーロ(約8260円)が補助される予定だ。
こうしてワインを蒸溜後、生産者によって消毒アルコールジェルを作るところや、バイオ燃料に転換するところもあるという。
ワイン産業の「ニューノーマル」とは
一方で、今回のパンデミックは伝統的なワインビジネスに、「変革」をもたらしたという。
前述のボルドーの卸売会社「ジョリオ・ポラン」の生産者モード・テロさんは、こう語る。
「フランス国内のレストランやカフェが営業を再開しても、どれほど今の取引先が生き残っているかは定かではありません。それに社会的距離を保つための措置で店内の客数が制限されるようになったら、ワインの消費も確実に減ります」
「数か月前のように、従来のビジネスだけでは生き残れない。“ニューノーマル”に適応し、改革するべき時なのです」
テロさんは「新型コロナ危機は、“アップデート”や“見直し”の必要性を教えてくれた、ポジティブな側面もあります」と話す。
「ロックダウン措置の2か月間、SNSなどオンライン戦略を強化、個人宅への配達なども始め、ビジネスのあり方を多様化することができました。また、上記の取り組みをしたことで、消費者との距離がぐっと縮まりました。消費者が求める製品やサービスを、再確認できた時期でもあります」(テロさん)
前述のボルドー大学のカルドゥバ教授も、今後ワイン生産者がオンライン上で消費者との繋がりを強めることの重要性を指摘する。
「今後のワインビジネスのカギを握るのは、“デジタル”です。各ワイン生産者がオンラインを使用し、消費者と “コミュニティ”で繋がっているような感覚を生み出すのです。ロックダウン下でも輸出・販売を続けることができるワイン生産者は、遠くに住む消費者にも身近さを感じさせることができる人たちでした。私たちの調査は、こういったワイン生産者の直接販売は上手く機能していることがわかりました」
新型コロナウイルスは確実にワイン業界に危機をもたらしたが、短期間で、歴史あるワインビジネスのあり方を多様化させた。今後、より生産者と消費者の距離が縮まり、従来の枠を超えた多様なビジネスの発展に繋がっていくのかもしれない。