※この記事は2020年05月20日にBLOGOSで公開されたものです

「国民の理解なしには進められない」

安倍晋三首相は、今国会での成立に執念を燃やしていた検察官の定年を引き上げる「検察庁法改正案」の採決を断念し、先送りした。

同改正案に対して世論の反発が強く、内閣の支持率も30%台に低下、不支持が一気に上回ったことが大きな要因とされている。だが実際には「芸能界から(法案に対しての)抗議や反発の声が上がったことが決定打となったのではないか」(社会部記者)とする見方が確かだろう。

芸能人によるツイッターのムーブメントに臆したか

「コロナウイルスの感染拡大で国民に自粛を迫っている中で、これほどの重要法案を大した説明もなく成立させることに、野党はもとより国民の間からも批判が集まるなんてことは最初から分かっていたはずで、それでも強行採決するつもりでいた。

そもそも安倍政権は、40~50%の支持率を保っていたわけですから、いちいち反対に耳を傾けるなんてことはしません。これまでも国民の反発を押し切って強行採決してきた法案は数多いし、森友・加計問題や財務省の公文書改ざん、さらには桜を見る会などへの批判も突っぱねてきた。

ところが、今回は予想もしていなかったことが起こった。それは芸能界から反発の声が上がったことです。

安倍首相も昭恵夫人も芸能人が大好きですからね。さすがに、国民からの反発なんかより芸能界からの反発の方がショックだったと思う」(前出の社会部記者)

ここでは法案の中身などについては割愛するが、この法案が見送られるきっかけとなったのは、おそらく「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグがついたツイッターでの抗議投稿だったに違いない。この投稿に芸能界から多くの声が上がった。

歌手の小泉今日子(アカウントは「株式会社 明後日」)、いきものがかりの水野良樹、氣志團の綾小路翔をはじめ、AAAの日高光啓、末吉秀太、きゃりーぱみゅぱみゅ、俳優の浅野忠信、井浦新、城田優、元AKB48の秋元才加、元プロレスラーの高田延彦、オアシズの大久保佳代子…。

演出家・宮本亞門は、ツイッターに「このコロナ禍の混乱の中、集中すべきは人の命。どうみても民主主義とはかけ離れた法案を強引に決めることは、日本にとって悲劇です」と綴り、小泉は15日の委員会審議が始まると「国会中継見ています」と、ライブ中継をしていた動画サイトを紹介する投稿をした。

しかも「小泉は委員会審議中に何本も抗議投稿をしていました」(芸能関係者)と言うから、これはまさに本気モードだ。

歌手やってて知らないかもしれないけど…

そんな中で最も注目が集まったのが、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅだった。

きゃりーは10日にツイート。もっとも、同時にアップした相関図の画像に批判が集まったことから削除した。ただその後、投稿したことと投稿を削除したことについて、

「周りの信頼している友達がこの話をしていて政治に詳しくない私のところまで話が降りてきました」とした上で、

「私も自分なりに調べた中で思ったのは今コロナの件で国民が大変な時に今急いで動く必要があるのか、自分たちの未来を守りたい。自分たちで守るべきだと思い呟きました。そして若い方でもわかりやすいように画像を掲載させて頂きました(この画像は間違えてる等の指摘も頂きました。ごめんなさい)」と説明していた。

ところが、このきゃりーの投稿に対して噛み付いたのが政治評論家の加藤清隆氏だった。加藤氏はご丁寧に、

「歌手やってて、知らないかもしれないけど、検察庁法改正案は国家公務員の定年を65歳で揃えるため。安倍政権の言いなりになるみたいな陰謀論が幅をきかせているけど、内閣が検察庁を直接指揮することなどできません、デタラメな噂に騙されないようにね。歌、頑張って下さい」

とツイートしたが、この加藤氏の投稿に対して、きゃりーは反発。

「歌手やってて知らないかもしれないけどって相当失礼ですよ、、、」

この不快感は当然だろう。きゃりーの場合は、政治とは遠いイメージの歌手だっただけで、そこで「歌手やってて…」との言い方は、加藤氏の思い上がった言いがかりにしかならない。だったら、参議院にいる芸能界出身の議員にも同じように言うべきである。

芸能人が政治的発言を避けてきた理由

「芸能人は政治に口を出すな」と言う風潮は日本では強い。

もちろん「芸能人は影響力が大きいから」と言うこともあるが、やはり最大の要因は所属事務所の事情だろう。

小泉のように個人であるなら自由に発言ができるが、きゃりーのように大手芸能事務所に所属している場合は、他のタレントのことやCMなどの契約もあるだけに、個人より事務所の意向の方が優先される。

しかし、言うまでもなく「政治」は「生活」と密接に繋がっている。選挙に行くのは権利だし、何より納税者でもある。しかも芸能人は納税額も多いはずだ。だとしたら芸能人は、どんどん発言すべきである。それが成熟した社会を築いていくのだと思う。

2年前になる。モデルでタレントのローラが自らのインスタグラムを通して沖縄・名護市の辺野古沿岸への米軍基地移設で反対の署名呼び掛けをしたことで批判を浴びたことがあった。

この時は「サンデージャポン」(TBS)でも取り上げられ、出演者の間で激論が繰り広げられた。その中でデーブ・スペクターはローラの立ち位置を「CMタレント」とした上で「リスクの高い発言をする必然性を感じない」と疑問を呈した。

さらに西川史子も「沖縄の問題は環境問題だけではない」と真っ向から対立していた。

結局、批判の多くは「だったら普天間基地はどうする」「解決策を挙げずに発言するな」「芸能人が発言すべきことではない」。で、その挙句が「不勉強過ぎる」…。早い話が「無責任な発言はするな!」というわけである。

それにしても、ここまで叩かれるのは何だったのか?

一つは彼女のインスタグラムのフォロワー数にあった。

「当時のローラはフォロワーが500万件以上もあって、日本国内では渡辺直美に続いて第2位だったからです」(芸能記者)

では、今回のきゃりーの場合はどうか?

「彼女も、ツイッターのフォロワー数は523.5万件もあるんです。発信力も影響力もある。保守系の人にとって、このフォロワー数は脅威なのかもしれません」(前出の芸能記者)

どちらにせよ、芸能界では「出る杭は打たれる」ということだろう。

芸能人が政治についてネットで発言するようになれば、これまでやりたい放題だった政治家にとっては脅威になるに違いない。

新型コロナによって社会や生活のあり様はいやもなく変わらざるを得なくなった。だとしたら、まずは政治家が意識を変えるべきだろう。