「久本雅美の名前で50万円借金」ワハハ本舗をクビになったクズ芸人・小堀敏夫の生き様 - 松田健次
※この記事は2020年05月19日にBLOGOSで公開されたものです
「ザ・ノンフィクション/52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」(フジテレビ 2020年4月19日放送)が尾を引いている。アンダーコロナというナーバスで常時ならざる状況にあるからか、非常時と日々背中合わせのような芸人・小堀敏夫のふてぶてしくも開き直った生きざまが中々抜けきらない。
番組は小堀の日常に、昨年7月から今年3月まで長期密着。「パチスロ」「ギャラ飲み」「借金」「ネタ嫌い」などの因果なパワーパーツが次々とつらなり、その合体となる「クズ芸人」の小堀から目が離せない。切なさとバカバカしさが密密しく、芸人を扱ったドキュメンタリーでは屈指の見応えだった。
< 「ザ・ノンフィクション」公式サイトより「52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」番組紹介 >
いつもジャイアンツの帽子をかぶっているその男…小堀敏夫52歳、独身。貯金はゼロ、家賃2万8千円のアパートに住み、ガスは止められ、スーパーで割引になったとんかつ弁当と一緒にカップヌードルを食べる暮らし。
そんなどうしようもない小堀には、30年近くも続けている“仕事”がある…それが「お笑い芸人」だ。ワハハ本舗に所属し「ガッポリ建設」というコンビを組んでいる。主宰の喰始(たべ・はじめ)からは「クズ芸人」と呼ばれている。
芸人として何一つ努力もせず、毎日パチスロばかり。「仕事」と称して出かけるのは、昨今世間で話題になった芸人による「ギャラ飲み」…たとえクズ芸人と呼ばれようが、小堀にとっては「お笑い芸人」でありつづけることが大切なのだ。
小堀の所属するワハハ本舗では、仕事のない芸人を救済するために3カ月に一度、お笑いライブが開かれている。みんなの前で芸を披露し、主宰の喰にアイディアをもらいながら、本番に向けて芸を練り上げていく。小堀も参加するが、やる気は全くない。喰のダメ出しには、いつも言い訳ばかり。そんなクズ芸人・小堀を見続ける喰は「自分は人間を嫌いになれない」「クビは切れない」と言い、長年、見逃してきたのだが…
エンタの神様やあらびき団に出演するも定着できず
小堀は芸歴28年。来歴を辿ると芸人としての第一歩は落語家だった。三遊亭円丈門下で修業するが、5年ほどで落語家仲間とコンビ芸人に転向し「ガッポリ建設」を結成する。工事用ヘルメットにタンクトップにニッカーボッカーという建設現場なスタイルをキャラに、一時期、「♪なごり雪」を歌いながらワキ毛を見せるネタで「エンタの神様」などのネタ番組にハマったり、「あらびき団」でパンダーズとしてマニアウケを取るが、テレビタレントとしての定着には至らなかった。
2003年から演出家・喰始率いるワハハ本舗に在籍。ワハハは久本雅美、柴田理恵などの売れっ子を筆頭に、音ネタの芸達者ポカスカジャンや、猫ひろしやチェリー吉武のような異才も輩出。規格外の芸人をも広く受け入れるお笑い界の駆け込み寺とも言える。
このワハハに16年在籍する小堀。個々の芸人たちに向き合う喰始と、芸人でありながら芸に向き合いきらない小堀、両者のやりとりがこの密着番組の一つの背骨になっている。発端はある日のネタ見せで、小堀がその場しのぎの身辺雑記をトークした場面からとなる。
< 2020年4月19日放送「ザ・ノンフィクション」より >
喰「今の漫談で金取れるの?」
小堀「いや、ちょっと(客席の空気が)重い」
喰「必ずそういうふうにさ、これはアウェイだからとかさ(観客の)責任にするけど、お前がつまんないんだよ。何にも用意してなくていつもやる喋りじゃん。今回用の新作でも何でもないじゃんそれは。そんな姿勢ではダメだよ。何度言っても『いや、自分は心を入れ替えてます』って言うけど、信用できない詐欺師みたいなもんよ。ホント悪いカガミだね」
ネタ見せの場に集っているのは芸人の仲間達だ。彼らを前にしているのだから「客が重い」という言い方は、おそらく小堀なりの「返し」ギャグでもあったのだろう。だが、喰はネタ見せの場に正面から向き合わない小堀に鬼対応となる。喰の辛辣な小言を浴びて小堀は石化してしばし再起不能・・・とはならずの馬耳東風。それはさておきいざパチスロ。そこそこ勝ってのスロプロ的立ち位置から言い放つ――、
< 同上より >
小堀「(パチスロは)年間では100万円ぐらいプラス出してるんで。(略)あんなくだらないR-1だとかM-1だとかそんなことやってられないっすよ。(パチスロは)命かけてやってますから」
言われなくても、R-1もM-1も、お笑いにおけるあらゆる賞レースのどれも、小堀のような芸人を見向きもしないだろう。だが、誰もが認める賞レースにマウントを取って「あんなくだらない」と正面からクサし、根拠ゼロ、支持率ゼロ、好感度ゼロ、お笑いファン全方向からブーイングを浴びて然りのヒールなへらず口は、まさに「クズ芸人」の汚名にふさわしいビッグマウスだった。
「ザ・ノンフィクション」という世間には安易に理解しがたいほうの「あつまれにんげんの森」では、その人物の言動や行動が振りきれると、苦々しさを突き抜けて清々しさに反転する。この場面がまさにそうだった。
「久本雅美の名前を出すと50万円借りられる」
芸人ではあるが笑いに真摯に取り組もうという姿勢は無し。それでもワハハ本舗に在籍し続けているのはどういうワケなのか。同じ事務所の後輩・猫ひろしとの会話が強烈だった。
< 同上より >
猫ひろし「ワハハにいるメリットってなんですか?」
小堀「サラ金とかで金借りるときに・・・」
猫「借りないでくださいよ(笑)」
小堀「フリーで行くと5万円ぐらいしか借りられない。だけど久本(雅美)さんの名前出すと、50万借りられるわけですよ」
明かされるお笑い金融道。爆笑だった。おそらくは懐の深いワハハ本舗だからオンエアが出来るのだろう。他の芸能事務所なら当然カットだ。
そして小堀は行きたくない「ネタ見せ」を急きょ欠席する。それはこれまでに幾度となくあった日常のひとコマらしい。LINEで「歯が痛くて動けませんです!」などの言い訳をつづる。だが、ついにしびれを切らした喰は、「『チームワハハ本舗』の一員としては君は向いてません。ワハハ本舗の在り方に君は不向きです。この判断から、ワハハ本舗と君との関係、タレントとしての契約を今年(2019年)いっぱいとします」とクビを言い渡す。
対する小堀は「辞めるんならクビで良かったすネ。そのほうが面白いですもん。どんだけつまんないんだろう見てやろうみたいな感じになりますもんね」と屈託なく自己肯定をかましながらタバコを吹かす。このへこたれなさ、自責感の薄さ、むしろ前向き、タフネスなクズだ。
「クズ芸人にもなれないのよ。終わってんだから年齢的に」
日を置いて小堀は、喰始がいるライブ会場(新宿ゴールデン街劇場)へと挨拶に出向く。そこで喰は小堀に最後の言葉をぶつける――、
< 同上より >
喰「ホント言うとクズ芸人にしても年齢が行き過ぎてるんで、クズ芸人にもなれないのよ。もう終わってんだから年齢的に。(芸に)興味なんか持ってないじゃない何にも! 誰にも! 俺にも興味もってないと思うよ。興味を持って人と接しろと言ってるの!」
面白くない、つまらない、センスがない、など改めの余地を残す言葉ではなく、「終わってんだから」という死亡宣告。喰は演出家だ。これまで幾度となく発してきた助言や進言が小堀に刺さらずスルーされてきたことの忸怩たる思いが、ここに凝縮しているようだった。
こうして小堀は16年在籍した事務所をクビになる――。のだが、この流れを(ちょっとうがって)引き気味に眺めてしまうならば、それまでクビにならずにいた小堀にこうして一線が引かれる展開は「ザ・ノンフィクション」の密着による影響もあるだろう。喰は演出家だ。番組に撮れ高を提供すること、小堀のキャラを際立たせること、その意識も汲み取ると、この「ザ・ノンフィクション」は喰始&チームワハハ本舗による「実録的作品」という味わいも、ある。
そして小堀はワハハという大きな後ろ盾を失い、番組はラストへと向かう。小堀は芸人としての新境地を拓くため女装キャラ「クルミちゃん」を始める。なぜ女装? 芸人としては浅はかすぎて不正解だろうが、クズ芸人としては当たりに見えてしまう。
小堀は女装者のイロハをゲイバーで学び始める。しかし、その店からわずか6日で姿を消す。クズらしい足跡を散らかしつつ、このキャラで地方のスナックの営業ステージに立つ場面がエンディングとなる。
< 同上より >
――10名程の飲み客が集うスナックのステージに女装姿の小堀。片乳を出してブラジャーを手にして歌い出す。
小堀「♪たんたんタヌキの~~~」
NA(吉岡里帆)「これがクズ芸人と呼ばれた、小堀敏夫の生きる道」
小堀「♪(風もないのに)ブーラブラ(ブラジャーを頭上に掲げて左右に振る)そーれを見ていた親ダヌキ~ 風もないのにブーラブラ(ブラジャーを振る)」
M~<サンサーラ/竹原ピストル>「♪生きて~る 生きている~」
改めて繰り返すが、「ザ・ノンフィクション」では、人物の言動や行動が振りきれると、苦々しさを突き抜けて清々しさに反転する。番組はラストにかけてその乱れ打ちだった。
小堀の“愛嬌らしきもの”を確かに見せた弟子のキャラ
全編を「芸人」としての「芸への向き合い方」で捉えると、ここで抽出したワハハ本舗の演出家・喰始と相対する流れが番組の大スジだ。しかしそれは全体要素の過半ほどで、そこに、年下の実業家社長と酒席を共にして数万円のお車代をもらう「ギャラ飲み」場面や、実家に帰省し高齢の父親から金の無心を嘆かれる場面ほか、クズ味のほとばしるエピソードが折り重なる。
その中で、小堀が自身の弟子に金を借りに行った場面があるのだが、これがくだらなくて笑ってしまった。所持金がわずか92円になってしまい弟子に金を借りに行くというクズ展開。芸人としての向上心に背をむけるアウトローな小堀の弟子だから、いったいどんなリトルアウトローが現れるかと思いきや、現れた一番弟子「魔法使い太郎ちゃん」はファンタジーをこじらせたほっこりキャラで、番組のテイストが急にカラフルに塗り替わる存在感を発揮した。
「太郎ちゃん」は小太りで丸メガネの若者で、ピンクの大きなリボンを頭に飾り、クマ顔のポシェットを斜めに掛けて、魔法使いならではの竹ボウキを手にしていた。師匠の小堀に2万円を貸し、竹ボウキにまたがってトコトコと帰っていった。去っていく後ろ姿のお尻にキュートなクロネコのアップリケ。この出オチとハケオチのナンセンスに吹き出した。
太郎ちゃんは「師匠に教えてもらったヨイショとか、営業回りとか」で芸人としてなんとか食えているという。この奇天烈な弟子の登場は、それまで散漫にチラチラと見え隠れしていた小堀の「なにやら愛嬌らしきもの」をより確かに感じる効果をもたらしていた。
エグさを浄化する吉岡里帆のナレーション
そして、番組のナレーションを担当した吉岡里帆の存在も特筆だった。お笑い界の下層を這うクズ芸人の生きざまを、天上から慈しみ深く見守る聖母の距離感で包みこんだ。果たして吉岡のナレーションが番組を横切るエグみまみれのワードをどれほど浄化したか――
< 同上より >
NA(吉岡里帆)「小堀さんがもうひとつ、命をかけてやっている・・・ということがあります。昨今世間を騒がせたギャラ飲み。芸人がお酒の席を共にすることで小遣い稼ぎをするのです。この夜のお相手は美容サロンを幾つも経営する5歳年下の実業家。年下のお金持ちを良い気分にさせ、食事をご馳走になる。こうして店を何軒もハシゴします。別れ際のお車代、これがギャラ代わりです」
ギャラ飲みの詳しい説明も吉岡里帆が発すると微笑ましさを帯びた。吉岡は番組全体の放射性物質除去装置だった。
というような、助演者の厚みと献身も含めてこの「ザ・ノンフィクション/52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」は出色だった。
ラジオで語った裏話でドキュメントが完成
この「ザ・ノンフィクション」を話題に取り上げ、小堀敏夫をすぐさまゲスト出演させたのが深夜ラジオの「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」(TBSラジオ 2020年5月2日放送)だった。世間は緊急事態宣言で外出自粛の真っ只中、小堀は電話で出演。エレキコミック(やついいちろう、今立進)とラーメンズの片桐仁が、この状況下で小堀はどう生きているのか近況を尋ねた――。
< 2020年5月2日放送「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」(TBSラジオ)より >
やつい「ノンフィクション見て衝撃を受けて先週喋らせて頂いたんですけど、ネタ見せをサボってネタも作らずパチスロをやってらしたんですけど、今はちょっと厳しいんじゃないんですか?」
今立「もう全店舗(休業)ですよ」
小堀「(生活は)なんとかなってんだよね。パチンコもパチスロもね緊急事態宣言になる前に、ちょっと専門的な話になるけどいいかな?」
やつい「ちょっと聞くだけ聞かせてください」
小堀「(出玉率の)設定っていうのがあってさパチスロは。俺クラスになるとわかるの、設定が低いか(高くして)出してるなとか。もう一か月半ぐらい前かな、店が死んでるんだよね」
片桐仁「店が死んでる!?」
小堀「そこで金を入れたらもうダメなの。俺は(トータルで)プラス出してるからそこじゃもう打たない。だから打ってない。1か月半ぐらい触ってないかな」
(略)
やつい「小堀さんの主な芸人活動としてはギャラ飲みがあったじゃないですか、タンクトップの社長さんと飲むやつあったじゃないですか。あれとかちょっと厳しいんじゃないんですか?」
小堀「今はだから出来てないよね。番組(ザ・ノンフィクション)がけっこうみんな面白いって言ってくれて、あれで社長に振り込んでもらったりね。飲みもしないで」
片桐「あのタンクトップの社長が振り込んでくれたんですか?」
小堀「振り込んでくれる」
今立「飲まなくても振り込んでくれることになったんですか」
小堀「そうそうそう!」
片桐「クラウドファンディングみたいだな」
やつい「面白かったからってことですか、ご祝儀?」
小堀「ご祝儀ご祝儀。だから何とかなっちゃうんだよね。まあまあ借金返さなくちゃなんないけど。これ(コロナ)続くとキツイけどね」
そして、「ザ・ノンフィクション」の反響に言及。放送後、追い風が吹いているらしく小堀の語り口は弾んでいた。
< 同上より >
小堀「番組が終わってまだ10日ぐらいしか経ってないのに、連載が2本決まってね。そこにエレ片(の出演)でしょ。あとねAbemaTVの「長州力を笑わせろ」とかいう、クズ芸人代表とかいって俺それも出るんだよね」
やつい「売れてきちゃってるじゃないですか」
小堀「なんかクズ芸人ブームみたいなね。クズ芸人祭りっていうかね。すごいですよ、ちょいクズおやじとか、ね、そういうの流行るのかなと思って」
スタジオ「(爆笑)」
今立「(クズっぷりは)ちょいのレベルじゃないですよ小堀さん」
やつい「ちょいクズおやじで行こうとしてるんですか今?」
小堀「うん、ちょいクズおやじ。いいかなと思ってさ」
今立「レオン的なやつね」
小堀は「ザ・ノンフィクション」の中で、芸人の売れる売れないに関してこう発していた――
「(芸人を)結局辞めない最大の理由は、これね何が起こるかわかんないんすよ本当に。ボクは現場にいたから(そう言える)。絶対ムリだよこいつってヤツが何人も(表舞台に)出てきてんですよ。たいした努力もしてない芸でですよ。だから俺もあきらめることねぇなって」――。
芸ではなく生き様で、バラエティではなくドキュメンタリーで耳目を集める小堀。果たしてここからさらに何かが起きるのか? その行方にかかわらず、R-1もM-1もくだらないと言い切った彼にはこの時点で暫定的に、「N-1(ザ・ノンフィクション芸人)グランプリ」の称号をと思う。
そして、この「エレ片」では、バカバカしくも重要な知られざる真実が明かされた。
< 同上より >
やつい「(サラ金で)自分の名前だとお金が5万までで、久本雅美って出すと50万円借りられるって」
片桐「あれホントなんですか?」
小堀「ホントなんだよ! だから辞めたくなかったんだよね。でも、ホントあのシーンは残ってないけど、『おまえ何でワハハに残りたいんだよ』って、そしたら『喰さんと一緒にネタを勉強して』とか言うと思ったんじゃない? 『社長(喰さん)と一緒に勉強するのが僕は大好きなんです』って言うと思ったんだよ。テレビカメラ来てるし。そしたら俺サラ金の話しちゃってさ。(喰さんに)怒られてさ」
やつい「久本の名前出すと金借りられるんですよって言っちゃったんですね」
小堀「そうそうそう」
片桐「それウケたでしょう」
小堀「周りはウケたんだけど社長キレてさ」
スタジオ「(爆笑)」
小堀「本当に言うとそれなんだよね」
片桐「未公開シーンですね」
やつい「本当のクビの理由はそれなんですか?」
小堀「それそれそれ!」
どっちにしろたまらなく可笑しい。この「エレ片」での小堀出演は約45分という長尺となった。「ザ・ノンフィクション」を覆う独特の緊張を抜け出て、小堀のC調さ、持ち前の愛嬌が溢れた。今立が「金言の連発でしたね」と感想を述べたがまさしくだった。
もし、「ザ・ノンフィクション/52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」をすでに観たか、これから観るとしたら、この「エレ片」を必須版の本人コメンタリーとして、切り離さずのワンセットにしましょう。