ナイナイ岡村炎上、著名人の「風俗通い公言」が許される日本社会の異常さ - 小林恭子
※この記事は2020年05月18日にBLOGOSで公開されたものです
お笑いコンビ・ナインティナインの岡村隆史氏が、4月末、ラジオ番組で「(新型)コロナ明けたら可愛い人がお嬢(風俗嬢)をやります」などと発言し、女性蔑視と批判を受け謝罪した。岡村氏に対しては、レギュラー出演をしてきたNHKのバラエティ番組「チコちゃんに叱られる!」からの降板と謝罪を求める署名活動が起き収束のめどはまだ立っていない(5月18日時点での署名数は2万2000筆以上)。
一方、「そこまで求めるのは酷ではないか」、「岡村氏個人の問題ではないのでは」と懸念する意見が出てきた。また、「岡村氏の発言は女性蔑視だが、つるし上げには同意しない」という声を、筆者自身、数人から聞いた。(ただ同意しないことを表沙汰にしたくないという。オンライン上の攻撃にあってはたまらないからだ)。
現在イギリスに住む筆者は、岡村氏の発言とそれに対する批判を「ちょっと違う」思いで見てきた。
芸能人の「風俗通い公言」が容認される日本社会に衝撃
念のため、岡村氏の発言を振り返ってみる。
岡村は先月24日未明の放送で、リスナーからの「(コロナの影響で)今後しばらく風俗に行けない」との悩み相談を紹介。雇用状況の悪化などの世相を示しながら、「コロナが収束したら、もう絶対面白いことあるんですよ。コロナ明けたら、短期間ですけれども、美人さんがお嬢やります」と述べた。“お嬢”は岡村が番組内で、性風俗店で働く女性を指す言葉として日常的に用いている。
さらに、「3カ月の間、集中的にかわいい子がそういうところでパッと働きます。それで、それなりの生活に戻ったらパッとやめます」と発言。「だから今我慢しましょう。今我慢して風俗に行くお金をためとき。その3カ月のために頑張って、今、歯を食いしばってふんばりましょう」とも述べた。その際、番組スタッフが大きな笑い声を上げていたことも批判を受けていた。
(BLOGOS“コロナで女性は風俗へ”発言の岡村隆史が肉声で謝罪1週間ぶりラジオで「理解や想像力欠いた」5月1日付
https://blogos.com/article/454516/)
筆者は一連の議論について、当初から大いなる違和感を抱いてきた。
それは、新型コロナウイルス感染拡大という危機が生じている中、批判の主眼が「女性の貧困化を期待し、望まずしてセックスワーカーになった女性への性的搾取を扇動するような発言」(勝部元気氏による「論座」に掲載されたコラム、5月5日付)となった点に置かれていたからだ。
「女性の貧困化を期待」、「性的搾取を扇動するような発言」であるから、確かに怒りを感じる人がいて当然だし、大きく批判されるのも無理はない。
しかし、そもそも「風俗を利用する著名人」、という部分になぜ反応しないのだろう?まして、「公の場で(深夜のラジオ番組であったにせよ)認める」ことへの異議申し立てが、なぜないのだろう?これが筆者の大きな疑問だった。
イギリス下院の調べによると、国内でセックスワーカーとして働く人は、2015年時点で約7万2800人に上る。
イギリスでは公的な場所での売春の勧誘、売春宿の所有・経営、あっせんなどは違法だ。また、未成年の買春や売春婦に強制的に性行為を行うことも違法となる。
成人同士の売春行為は違法ではないので、それだけではメディアもその公人を非難できないが、例えば「既婚者だった」、「相手が未成年だった」、「同時にほかの違法行為を行っていた」となれば、どのような職にせよ、辞職が当然視される。
法に触れない限り他人がどのような性生活を送っていようが、世間が介入する必要はないはずだが、それでも、イギリスの場合、著名人を含む公人が「性風俗に通っている(性を買った)」となれば、スキャンダルになってしまう。決して「問題ない」、「普通の行為」とはみなされない。
一方、日本はどうだろうか。岡村氏の発言についての当初の報道で、岡村氏は自分を「風俗野郎Aチーム」と自称しているという。
また、岡村は自身について「俺なんか、絶対気をつけとかんと。もし僕が(新型コロナウイルスに)感染したら、『絶対、アイツ五反田(の風俗店)行きよった』ってなるやん。そこは歯を食いしばってアレ(我慢)するしかないから」と語っていた。
(FLASH「岡村隆史、「神様は乗り越えられない試練は作らない」4月26日付)
https://news.yahoo.co.jp/articles/4bcf3f50b440c7317e668a403e64883ba67b7a72
著名人である岡村氏が風俗店をよく利用しており、それを公言していたこと、つまり「公言してもかまわない」と思っていることに、筆者は非常に驚いた。
男性が風俗店を利用し、これを公言することを許す社会
今回の発言の重大さや女性差別を解消するためのシンボルとして、こうした動きはあっていいと思う。社会に一定の影響力を持つ人による公の場所での発言によって、仕事の一部を辞退する羽目に陥るのは「アリ」だろう。
また、性犯罪やセクハラを告発する「#MeToo運動」をきっかけに事実上、すべての仕事を失ってしまったアメリカ人俳優のケビン・スペイシー、監督のウッディ・アレンの場合とは違い、1番組からの降板が岡村氏のキャリアを全壊させるとも思えない。
ただ、これは岡村氏個人だけの問題ではない。風俗店だけに限る問題でもない。いったい、どこで線を引くべきなのか。岡村氏の降板で問題が解決できるのかという疑問がある。このため、筆者は「チコちゃん」降板を求める運動への参加には躊躇し、今のところ署名していない。
おそらく、今回の岡村氏の発言が放送されたことを知って、多くの女性はやりきれない思いを抱いたはずだ。このような発言が「面白いこと」として発言をするタレントがいて、放送OKを出した制作スタッフがいて、それを聞いて笑ったり、アドバイスとして好意的に受け取ったりするリスナーがいることがわかるからだ。
岡村氏やその発言は、氷山の一角だ。水面下に隠れている氷の大きさに、筆者はめまいがする。
「氷山」の全体は、女性差別を助長するような、女性に侮辱的な、女性を人間としてではなく、性的な「モノ」として見るような表現やこれを普通のこととする考え方である。岡村氏が「風俗野郎Aチーム」であること自体に、それほどの疑問も衝撃も感じない人がいる社会である。
例えば、ついこの間まで、コンビニエンスストアに行けば、書棚の片隅に成人向けと思われる性的画像を掲載する雑誌が置かれていた。
テレビをつければ、ミニスカートの女性が数十人で列をなし、舞台で歌い、踊っている。筆者はその光景を見るたびに、身震いがする思いがした。ヨーロッパの視点からは、幼少から10代半ばぐらいの子供を性的対象とみなす現象を連想させる。
もしイギリスの公共放送で同じことが起きたらどうなるのか
さらに身近な問題でいえば、なぜ女性が家事や育児を一手に引き受ける「ワンオペ」という言葉があるのだろう?なぜ妻は夫に家事の「手伝い」を頼まなければならないのだろう?「手伝うって、何」と思わないのだろうか?
そういったもろもろのことを考えると、岡村氏「だけ」を攻撃しても、十分ではない。
重要なのは、「気づく」ことではないかと思う。
イギリスの広告基準協議会はテレビのコマーシャルなどに厳格な規定を設けている。家族の中で、母親だけが家事をやるコマーシャルはダメ。「母親=家事をやる人」という固定イメージを増幅させてしまうからだ。
そこで、「気づく」というのは、「家事をやる人=母親」というイメージを映し出すコマーシャルを「普通」と思うのか、「普通ではない」と感じるのか。
また、NHKにあたるイギリス公共放送のBBCは、ニュース番組で「50:50」を実行している。司会者、専門家などの出演者の男女比を半々にするという試みだ。
男性が重鎮の位置に座るニュース番組を見て「普通」と思うのか、「不自然」と思うのか。
#MeToo運動がしっかりと根を下ろしたイギリスから見ると、岡村氏の発言は「女性の貧困化を期待」、「性的搾取を扇動するような発言」である上に、普段から風俗通いを公言し、このような形でリスナーに話してもよいと考える土壌があったことを示す例だ。
2020年の時点で、こうした発言が出るのは残念だが、岡村氏も制作スタッフも「許容範囲」と思ったのだろう。
岡村氏がNHKの特定の番組に出続けるべきかどうかについては、NHKの判断が聞きたい。「チコちゃん」のレギュラー出演者として、彼が適役であり続けるのかどうか。
BBCだったらどうだろう?
視聴者がそのパーソナリティを支持しなくなったら、そこでおしまいだ。もしイギリスで同様のことが発生したら(岡村氏に相当するほどのタレントが、このような発言をする可能性はゼロだが)、自ら去るだろうと思う。
ただ、イギリスと日本は違う国だ。歴史や文化、人々の考え方が大きく異なる。だから、NHKのガイドラインや視聴者の声によって、岡村氏の将来は決まってくるだろう。
<参考記事>
・岡村隆史さんの発言に対する「署名はやりすぎだ」。その声に対して、22歳の私が持つ危機感(ハフポスト日本版)
・岡村叩きにみる正義を語る悪魔(要友紀子氏note)
・岡村隆史発言に風俗店幹部が怒る理由「あんた何にも分かってない」(Diamond ONLINE)
・岡村隆史さん叩きは社会をより分断するのではないか(たかまつなな氏note)