コロナショックで5人に1人が失業 アメリカ在住日本人が語るレイオフの現状 - 井上貴文
※この記事は2020年05月14日にBLOGOSで公開されたものです
4月初旬、同じボストンで働く友人から一通のメールが届いた。
「勤め先から連絡があり、明日から一時帰休となりました。明日以降は会社のメール等の個人アカウントに一切のアクセスができないので、前もって挨拶したく連絡しました。」
そしてメールの末尾には以下の文言が添えられていて、こちらも心苦しくなった。
「実は一時帰休は現状無期限なので、将来的にまたこの仕事に戻る確約はありません。少しでもお仕事でご一緒できたことを嬉しく思うと共に、また近いうちにご一緒できることを今はただただ願うばかりです。」
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大で、アメリカでは過去7週間に5人に1人が失業するという未曽有の緊急事態となっている。企業は一時帰休、時短勤務、減給等の手段を講じ、なんとかレイオフを避けようとする動きも見られるが、事態は芳しくない。
今回は、前回の記事に続き、COVID-19の感染拡大によるアメリカの雇用・経済への影響について考えてみたい。
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米国労働省の5月7日の発表によると、4月第4週(4月26日~5月2日)のアメリカ全土での新規失業保険申請数(季節調整値)*1は316万9,000件となった。
3月13日の非常事態宣言以後、7週間での申請数は合計3,300万件を超え、継続受給者数は過去最多の2,260万人となった。単純計算で毎日約70万人弱が失業していることになる。参考までに、約70万人とは東京都江戸川区や足立区の人口と同規模、あるいは政令指定都市である京都市やさいたま市の人口の約半数に匹敵する。*2
リーマンショック後、2009年の水準ですら週次での申請件数が70万件を超えなかったことに鑑みると凄まじい規模だ。当時の1週間を7倍速で体感していることになる。
上記のグラフを見ると、700万件弱を記録した3月下旬から5週連続で申請数は減少し、ピークは過ぎたかのように見えるが、依然として歴史的高水準が続いている。
また、同省労働統計局の5月8日の雇用統計によると、4月末時点での労働力人口は1億5,600万人、うち失業者数は2,300万人だった。失業率は14.7%となり、1930年代の世界大恐慌以来の高水準を記録した。4月末時点で、労働人口のうち7人に1人が職を失っていることになる。また前述の新規失業保険申請数と併せて考えると、労働力人口の約5人に1人が過去7週間で一度は失業給付を受給している計算になる。
感染予防のための外出規制や営業停止命令で大きく打撃を受けた小売りなどのサービス業をはじめとして、人員整理や経営破綻が連鎖的に起きている。配車サービス大手Uberは全従業員の14%となる3,700人を解雇する計画を、かねてよりトランプ大統領がベイルアウトの可能性を示唆してきた航空業界でもGEアビエーションが全従業員の25%となる1万3,000人を削減する計画を発表した。
筆者が働く都市計画・デザイン、建築やランドスケープ業界でも、業績の下方修正等から資金調達や固定費削減を通じて手許キャッシュの確保を急ぐ企業が相次ぐ。事実、友人もレイオフや一時帰休となるなど、その影響は業界を問わず波及している。「井上(筆者)の勤め先で空いているポジションはないか?こちらでは来週大きなレイオフが発表されるようで、次の勤め先を早急に探す必要が出てきた。」といった友人からの問い合わせも連絡も増えてきた。筆者はこの記事執筆の段階では幸いにも職を失ってはいないが、「明日は我が身」と思いながら毎日の業務に従事している。
また、多くの企業は採用凍結を開始しており、今年5月に大学、大学院を卒業、修了する生徒はこれまでにない「買い手市場」に直面している。アメリカ人のルームメイトもこの5月末にハーバードの大学院を修了予定だが、日々減りゆく求人を前に、大学院進学のために借りた多額のローン返済計画を練り直さねばならないと頭を抱える。
COVID-19の感染拡大により、これまで世界経済を牽引してきたアメリカはまさに未曽有の経済・雇用危機に陥っている。経済再開後の雇用回復は困難な道のりとなりそうだ。
白人よりも非白人がさらに追い込まれる、人種格差の現実
COVID-19の感染拡大に依拠する経済活動の停滞。その影響を最も受けるのは低所得者、低賃金労働者、なかでもヒスパニック・ラテン系や黒人・アフリカ系アメリカ人といったマイノリティであろう。
過去7週間で最多の失業者数を記録したカリフォルニア州のノンエッセンシャル職業における人種・民族別の雇用状態を以下にまとめた。事実、飲食業や建設業ではヒスパニック・ラテン系の労働力が全体の過半を占めている状況だ。
米国労働省労働統計局によると、在宅勤務が可能な労働者は労働人口の3分の1に過ぎないとされる。例えば建設やカフェなどの現場ありき、対人でのコミュニケーションありきの職業に従事する人にとって「在宅勤務」は不可能に近い。
アメリカ連邦政府が中小企業向けに包括支援策を打ち出してはいるものの、ロックダウンが長期化し、人々の生活スタイルが変わりつつある状況下、雇用主としても労働力を維持することは容易なことではない。そして、その影響をもろに被る立場にいる人々こそ、先に述べたマイノリティなのである。
「白熱教室」で知られるサンデル教授。先月中旬、彼が「COVID-19と倫理」というテーマでハーバードの現役学生たちとオンライン上で議論をするZoomイベントがあった。卒業生の筆者は聴講という形で参加した。印象に残ったのは、COVID-19の感染拡大下、他者に買い物代行や配達を依頼することは倫理的に正しいかという問いだった。参加者はまず賛成か反対のスタンスを明示した上で、自身の意見を述べる。サンデル教授が得意とするディベートスタイルだ。
肯定派からは、職を失ったノンエッセンシャルワーカーたちが新たな働き口を見つけることができる、買い物代行従事者の犠牲の上に多くの人が密な環境を避け全体最適が可能になるといった意見が出た。対する否定派からは、買い物代行や配達業務に従事する人が往々にして社会的弱者であることに鑑み、自身で出向き購入することができるのであれば、他者の命を犠牲にする可能性のあるサービスは利用すべきではないという意見が語られた。
ここで大切なのは一人ひとりが「ソーシャル・エクイティ(社会的公正)」的視座を持ち、自分と他者、あるいは自分と社会といった関わりを見つめ直すことだ。そして、この「ソーシャル・エクイティ」の問いはアメリカに限らず、日本でももっと議論されるべきだ。
今必要なのは小さなポリス? - これからのガバナンスのあり方とは?
アメリカの都市計画の分野では賃貸比率は、とりわけマイノリティの脆弱性を見る一つの指標として使われる。近年、黒人・アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック・ラテン系の持ち家比率が減少する傾向にある。
以下のグラフは、持ち家ではなく、借り家に住んでいる人の割合を人種、民族別に示したものである。3月13日の非常事態宣言以後、7週間での新規失業保険申請数の合計が多く、賃貸市場への大きな影響が見込まれる5つの州を選んだ。一見して分かるように、マイノリティの賃貸比率が高い状況にある。人種、民族間格差は確実に存在する。
COVID-19の経済的影響は、住宅分野にも既に多大なる影響をもたらし始めている。失業者が急増し、収入の途絶えた人々は家賃や電気代等を払えなくなるケースが出てきた。米国政府は3月27日に発表した総額2兆2,000億ドル(約235兆円)の緊急経済対策のなかで、3ヶ月の滞納に関する延滞利息請求の禁止、4ヶ月目も契約解除禁止を指示した。
尚、同対策には住宅所有者を対象としたローン返済延長は盛り込まれたが、賃貸居住者向けの賃料免除は含まれなかった。
5月12日現在、財政の豊かな州や市が独自に提供する賃料免除策はあるが、連邦政府からは上記以上の施策は未だ示されていない。これは、日本で大阪や東京をはじめとして全国の知事が中央に先駆けて矢継ぎ早に感染症対策を打ち出す状況と似ているのかもしれない。
人々の生活をいち早く感知し、そのニーズに合った対策を強いリーダーシップで打ち出す。顔が見える、声が聞ける規模だからこそ、痒いところに手が届く。
かつてアリストテレスは国家の過度の強調により個人がないがしろにされるプラトン的世界観に疑問を呈し、理想のポリス(都市国家)とは小規模で互いの顔が分かる範囲の社会だと言った。その根幹にあったのは、小規模であることは様々な物事の見える化を促し、故に政治家がきちんと人々を導くことができるという発想だった。
アメリカには’Passive aggressive’という言葉があって、日常でも友人を揶揄する際などに使われる。直訳すれば「消極的な攻撃性」となるが、詰まるところ「間接的に言いたいことを言う」姿勢を意味する言葉だ。
アリストテレスが’Passive aggressive’な姿勢のなかで、即ち小規模の社会を提唱するなかで本当に問いたかったのは、「政治家たるもの人々を正しい方向に導きなさい」というメッセージではなかろうか。そのメッセージは中央、地方問わず今の日本の政治家に届いているだろうか。今次の全国の首長の強いリーダーシップは、ポストコロナ時代の中央と地方の関係を大きく変えるうねりとなるだろう。そう筆者は期待している。
「自由の女神」は微笑むか?
毎年、大勢の観光客が訪れることで知られる「自由の女神像」。ニューヨークのランドマークとしてのみならず、アメリカの自由と民主主義の象徴としても知られる。
実は自由の女神というのは正式名称ではない。正式名称は’The Statue of Liberty Enlightening the World’、「世界を照らす自由の像」という意味だ。その右手が天高く掲げるたいまつは世界を照らす自由のシンボルであり、左手に持つのは独立宣言書だ。また、足許には引きちぎられた鎖と足枷があり、これは一切の弾圧や抑圧からの開放を体現しているとされる。
かつてニューヨークと言えば、新天地アメリカでの成功を夢見た移民が最初に訪れる港町であった。自由の女神が立つリバティ島の目と鼻の先に位置するエリス島に当時の移民管理局があったためだ。
数週間の長く辛い航海を経てニューヨーク湾に入った移民たち。次第に大きくなる自由の女神を見上げ、彼らは新生活への夢と希望に胸を躍らせた。貧困、圧政や戦争から逃れるために移り住む彼らの瞳に映ったのは、間違いなく微笑む自由の女神だったろう。
1892年から1954年の間にエリス島で「アメリカ人」となった移民は約1,200万人を超え、その子孫は全米で1億人にものぼるとされる。現在のアメリカの人口が約3億3,000万人であるから、実に国民の3分の1の先祖が自由の女神を見たことになる。そして新たに「アメリカ人」となった移民とその子孫がアメリカ全土へと拡がり、今日のアメリカ社会・経済の発展の礎となった。
1886年の完成から今日に至るまで、人々に夢と希望を与え、その穏やかな目でアメリカの発展を見守り続けてきた「自由の女神像」。COVID-19の感染拡大が浮き彫りにしたアメリカの根深い人種・民族問題や深刻な経済格差に彼女は今何を思うだろうか。
*1 新規失業保険申請数は、労働者が離職後に初めて失業保険給付を申請した件数を週次で集計した数値。
*2 筆者が総務省の公表値と照合した。